NATUREINTERFACE.COM
ネイチャーインタフェイス株式会社 info@natureinterface.co.jp TEL:03-5222-3583
ネイチャーインタフェイス > この号 No.01 の目次 > P032-033 [English]

One Day with Chrono-Bit -- セイコーエプソン




P32-33

軒と庇

家の近所のあちらこちらに住宅の新築現場がある。地価がバブルのころの半値近くにさがったせいか、売れ行きも良いようである。新しい家を見ていて気づいたことは、窓に庇がないことである。いや、軒すらない家もある。コンクリートの住宅では当然かもしれないが、れっきとした木造住宅でもそういう家が少なくない。

 そもそも、昔は「軒」と「庇」は区別して使われなかったらしい。屋根の延長として外壁より外側に出ている部分を軒というようになり、窓の上についているものを庇というようになったのは、明治以降のことだという。

 日本の民家はたいてい軒が深い。1間、つまり1・8mも軒が出ているようなケースもある。軒の役割はいろいろある。まず、窓や縁側などの開口部から雨が降りこまないという役目がある。昔、ガラスが普及していなかった時代には、障子であるから雨には弱かった。油紙を使っても限界がある。大雨がふれば、雨戸を閉めるが、通常の雨ならば軒や庇があれば降りこまない。次に壁面や土台を雨から守る役目がある。もちろん、土壁は雨には弱いし、板壁だって、雨があたれば痛むし、雨が漏れてくることだってある。土台は最も痛みやすいし、湿っているとシロアリでやられてしまう。雪国では、軒がないと、屋根から落ちてきた雪が窓や縁側を直撃することになる。

 庇には、火事になったときに火の粉が室内に入ってくるのを防いだり、あるいは、上の階から避難するときの足場になるといった緊急対策の意味もある。逆に泥棒に侵入の足場を提供するという負の役目もあるが。

 軒や庇の最大の目的は、夏の日差しをさえぎることだろう。「ひさし」の語源もここにあると思われる。日本における夏至の太陽の角度は、正午で75度から80度くらいである。ただ、夏至のころは梅雨で日差しは強くないので、むしろ、8月下旬ころの残暑のほうが問題になる。正午だけでなく、午後の日差しまで含めれば、60度くらいまでの日差しをさえぎれるとよい。3尺(90cm)の軒があれば、高さ2mくらいまでの開口部なら直射を遮ることができる。庇も2尺(60cm)あれば通常の窓なら大丈夫である。通常の庇は1尺のものが多いが、これだと上半分だけになってしまう。

 この一方、冬至の太陽の角度は、30〜35度くらいなので、今度は、3尺の軒でも日差しを遮るのは開口部の上の40〜50cmくらいで、日光は部屋の奥まで入ってくる。

深い軒は、日本の民家に限ったことではない。シンガポールの昔の町並みは、ちょうど日本の雪国にみられる雁木造りのように、建物の中に歩道が取り込まれたような形となっていた。歩行者は熱帯の強い日差しや、スコールから身をさけることができた。そして、その上の階では、大きくベランダが張り出しており、それが庇となって、直射をさえぎるようになっていた。ベランダには、植物が植えられ照り返しを防いでいた。このような建物は、シンガポールだけでなく、台湾、タイなど多くの熱帯でみることができた。

 いま、シンガポールの町並みを歩いても、このような建物は少なくなってしまった。中心部では近代的なビルに立て替えられ、人々は郊外の近代的なアパートに住むようになったからである。シンガポールでは日中歩いている人をあまり見ない。真上に太陽があるので日陰がなく、しかも道路の照り返しで到底歩いていられる状態ではないからだ。

 窓ガラスが普及すれば、雨の降りこみの問題は改善される。さらにアルミサッシとなって雨仕舞がよくなり、雨戸すらいらなくなった。土台も木ではなく、コンクリートの布基礎が多いし、外壁も不燃材のサイディングで雨に強い。このような近代材料の使用が軒や庇を必需装備の座から降ろしてしまった。まだ、木サッシだったころの初期の公団住宅は、鉄筋コンクリート造でも軒がでているものが多かった。さらに古いビルでは、庇がついていたり、窓が壁面より凹んでいものも多い。

 夏の暑さは冷房があれば解決するし、そもそも、ライフスタイルが変わり、昼間は誰もいない家庭が多いから、日の差込みなどは気にされないのかもしれない。都会では、日照の確保のほうが重要で、少しでも日差しを確保したいのが本音なので、日差しを遮る軒や庇は無用なのかもしれない。

 これに拍車をかけているのが法律である。建築基準法には有効採光面積というのがあり、衛生上の理由から部屋の広さに応じて窓面積を確保しなければいけないというものである。深い軒や庇をつけるとこの有効採光エリアが減ってしまうという事情があり、隣地境界が迫っていると軒が浅くなったりする。これに加え、前面道路の斜線規制と北側斜線規制がある。前面道路の斜線規制は、正面道路の反対側の上空数メートルから斜めに引いた線を建造物が超えてはいけない、という規制である。立ち上がりの高さや角度は地区の用途規制などによって異なるが、軒を深くとるとこの規制に引っかかってしまう。北側斜線も同様で、北側の隣地境界上空数メートルから斜めに引いた線を越えてはいけないことになっている。さらに、狭小敷地では、軒や庇をとると、隣地境界と隙間がなくなってしまうという問題もある。

 また、庇をつけるくらいなら出窓にしたほうが有利だという事情もある。法律では出窓で出っ張った分は床面積には入らないからだ。

 幸い、日本では洗濯物乾し場が必需品となっているので、2階のベランダが最近の住宅では標準装備となっている。ベランダには軒がついていることが多く、また、ベランダそのものが階下では軒の役目を果たしているので、軒の効用そのものは生きている。しかし、庇はほとんど消えてしまった。

NATUREINTERFACE.COM
ネイチャーインタフェイス株式会社 info@natureinterface.co.jp TEL:03-5222-3583
-- 当サイトの参照は無料ですが内容はフリーテキストではありません。無断コピー無断転載は違法行為となりますのでご注意ください
-- 無断コピー無断転載するのではなく当サイトをご参照いただくことは歓迎です。リンクなどで当サイトをご紹介いただけると幸いです
HTML by i16 2018/08/22