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咀嚼とヘルスケア/運動能力を左右する噛む力 -- 斎藤 滋












p54-55

健康情報ネイチャーインタフェイス・

咀嚼とヘルスケア

日本咀嚼学会理事長 斉藤 滋

自分の死に様は自分が選ぶ時代

 近年の急速な経済の盛衰や少子・高齢化社会の到来は政治・経済・社会構造のみならず国民の意識・価値観・家庭構造を激変させております。一方、医療面でも結核等の感染疾患が激減し、生活習慣病や痴呆症等が現代の国民病(死亡原因の70%)になってきました。

 この病気の原因は現代の社会構造に連動する家庭環境の変質に起因する生活習慣の歪み(食べる・寝る・運動する・安らぐ等)であり、これを是正することは成人にとっても極めて困難であり、しかも家庭環境の変質は次代を担う子供の将来も危ぶまれています。

自分のモニターが必要な時代

 しかし、病気になったら治してもらえるという現代医学への過度な依頼心は、大切な生命を危険に晒すばかりでなく、将来が危惧される30兆円の国民医療費の収支バランスを崩壊させています。従って、21世紀の医学は治療(キュア)から予防(ケア)にパラダイムシフトせざるを得ません。これは病気を治癒させる先端医療を否定するのではなく、健康人(未病人)が自分の生活習慣によって起こるあらゆる体の異常や限界を病気が起こる前に的確に生体情報を測定する多目的生体成分・機能解析ウェアラブルコンピュータの開発が必要な時代になったといえます。この目標を達成するためにも、全生涯にわたる生活習慣の改善が必須です。

 今回はその手始めとして、食物を『よく噛んで食べる咀嚼』が生活習慣病・痴呆の予防や脳を介する全身諸機能の活性化に密接に関与する事をお話します。

噛むと満腹中枢を働かせる信号が速やかに伝わる

 食事をすると、食後1〜2時間にわたってエネルギー生産能が増加します。(これを食餌誘発性体熱反応という)。このエネルギー産生には咀嚼をしたことによって急上昇する第一相(食後40分以内)と、食物が胃に到達してからゆるやかにエネルギー産生を増加する第二相(食後40分後〜120分)とがあります。

 特に第一相のエネルギー産生は脳にある満腹中枢を働かせる信号になります。咀嚼を省略する(よく噛まない)と、たくさん食物を食べても満腹中枢に速やかに伝わらないことになり、過食による肥満の原因になります。つまり、よく噛むことはダイエット法なのです。

噛むと食べ物を効率よく消化吸収できる

 食べ物をよく噛んで小さな食塊にしておくと、表面積が大きくなって消化酵素による分解を効率よく行うことができます。

 ところで、ヒトはヒトではない生物(食べ物)を原料に自分の体をつくっています。消化には”食べ物が持っている抗原になりうる性質をこわす“という役割もあるのです。

 したがって食べ物をよく噛んで消化吸収を促すことは、抗原抗体反応によって起こる食物アレルギーやアトピー性皮膚炎の予防にもつながります。

噛むと頭の働きがよくなる

 食前食後のマウスの脳の様子を見ると(写真1)、食後は大脳皮質(外側)や脳幹(内側)にある種々の生体感覚や、運動情報だけでなく、脳全体の活動(緑色→黄色→赤色に変化するほど活発になる)が、盛んであることがわかり、特に満腹中枢や記憶をつかさどる「海馬」が活性化していることがわかります。

 食べ物をよく噛んで食べると海馬が活性化して記憶力がよくなります。つまり頭の働きがよくなることにつながります。

噛むと痴呆が予防できる

 痴呆症の程度が進むにつれて口腔機能は悪化する現象が見られます。また、咀嚼時のヒトの脳の状態を調べると、日ごろよく噛んで食べている人ほど大脳皮質の運動野(こめかみのうしろ辺りにある)が強く活性化しており、口腔機能と痴呆の関連性が推測できます。

 また、”老化を促進させたマウスの歯を削ったとたんに初期記憶障害が進行した“という実験結果もあります。

 加齢による初期の痴呆症状はよく噛むことでその進行をおさえることができるのは確実です。

噛むとあごの骨が強くなる

 骨はおもにカルシウムとリンが主成分の骨塩とたんぱく質が主成分の基質でつくられます。

 基質は骨の中にある”骨芽細胞“が主としてつくります。骨芽細胞は運動をしたりして骨に力を加えると活性化し、基質を増産します。

 手や足の骨は体を動かす運動によって強化されますが、あごの骨は噛むことで力が加わります。あごの骨量を増やしてあごの骨を強くすることは歯周病や顎関節症の予防にもなりますし、適切な発声にも関係します。

写真2は我々の祖先である縄文人(丈夫なあご、智歯までしっかり噛んでいる)と現代人(虚弱なあご、智歯はあごの中に埋没している)のレントゲン像。

噛むと顔の筋肉と骨が鍛えられ、しわの予防になる

 高齢になると現われる顔や口元のしわの原因の一つに、顔の筋肉および骨の衰えがあります。噛むためには顔全体の筋肉とその筋肉を支えている顔やあごの骨を動かすので、高齢者でも若々しく見えます。

噛むと虫歯が予防できる

 唾液ノは口の中のばい菌を流す役割があります。唾液は噛まなければ分泌されないので、よく噛んで食べるほど虫歯予防に効果があります。

噛むと味覚神経が敏感になる

 唾液には、味覚神経を敏感にする”ガスチン“という酵素が含まれ、食品中の亜鉛と結合することで味覚を敏感にすることが知られています。ソムリエがワインのテイスティングをするときにかたいパンなどをかじるのは、唾液で口の中を洗って味覚をとぎ澄ますためです。

噛むとがんが予防できる

 唾液に含まれるラクトペルオキシダーゼには、発がん物質によってできる活性酸素を減弱させる働きがあります。

噛まない噛めない現代人

 弥生時代の女王卑弥呼や各時代の食事を再現し、一食当たりの咀嚼回数と食事所要時間を測定してみました。その結果、下図に示すように現代人は咀嚼回数・時間共に数分の一に減っていました。更に、注目していただきたいのは、戦後僅か半世紀の間に現代人は半分以下しか噛まなくなった事は歴史的異変と思います。

 食事は単なるグルメ趣向や栄養の補給だけではなく、しっかり噛むことの大切さは各家庭での食の躾や食文化の中に健康に関わる貴重な経験則として伝承されてきました。しかし、現在、日本の孤食化傾向(一人での食事)一つを見ても、家庭は健全な心身育成(しつけ)の場としての役割を崩壊させているようです。21世紀の健康づくりは先ず“口元”からスタートしてみませんか!

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運動能力を左右する

噛む力

 「歯を食いしばることで力が出る」とは昔から言われてきたこと。「火事場のクソ力」的状況、あるいはここ一番! という時に、無意識に奥歯を強く噛み締めている事がよくある。

 かつて読売ジャイアンツにいた王貞治氏(現・福岡ダイエー監督)が現役の選手だった頃、バッターボックスに立つ度に歯を食いしばってスイングをしていたため、歯が磨り減りボロボロになった、という話は有名だ。

 あるいはボクサーが、マウスピース(マウスプロテクターともいう)をするのは、顔面に受けたパンチの衝撃が、歯に伝わるのを防御する、そのことで頭部へのダメージを瞬間的に少なくする、という理由からである。

 このように歯を食いしばる、あるいは噛むという行為が、スポーツ選手の瞬発力に大きく関わっているということから、日常的な咀嚼機能を計測するために開発されたセンサ(ウェアラブルセンサ)が、スポーツ医学において大きな意味を持つようになってきた。ではそのウェラブルセンサとは、一体どんなものであるのか……。

咀嚼および噛み締めのさまざまな計測方法から、ウェアラブルセンサ開発まで

 人間の身体は、背骨、首の骨が頭部に、つまり頭部が体幹に完全に固定されないため、頭部を自由に動かすことができる。ところがスポーツ選手にとって、その機能は身体の動きと視線とが一体となることが必要な運動体として不安定な状態を生む。そこで運動能力をより高めるため、必然的に首の筋肉や背筋を鍛える必要がある。

 一方、奥歯を噛み締める、しっかり噛むということは、頭部と体幹に対して、背骨、首とともにもう一つの支えとなり、筋力と運動能力に非常に関係があることが分かっている。そこで咀嚼機能を計測するウェアラブルセンサが、運動能力測定に意味を持つというわけだ。そしてその開発の目的は、ということになるのだが、それは図1に示すように噛み締め力の計測による体力の推定にある。

 咀嚼および噛み締めの計測は、(1)直接口腔内にセンサを装着して計測を行う方法と(2)筋の活動や顎の動きから間接的に計測を行う方法がある。図2はその計測法のちがいによる分類を示している。

 その計測方法を、さらに詳しく述べれば、(1)の直接的な方法としてPhoto-occlusion Oral sensorが挙げられるが、これはセンサを口腔内に保持しなければならず、咀嚼の計測は不可能である。また噛み締めの計測においても呼吸などの妨げになるため、フィールドでの身体運動時の計測には不向きである。

 (2)の間接的な方法だが、これには顎の動きを計測する方法と、顎運動をつかさどる咀嚼筋の活動に着目する方法がある。このうち顎運動の計測は、咀嚼や発声に伴う顎の動きや閉口状態と噛み締め時の判別が困難なため、咀嚼、噛み締めの計測には適当ではない。

 そこで咀嚼と噛み締めの計測が可能なウェアラブルセンサ開発には、これまでの筋電図による計測が、汗によるインピーダンスの変化や表情筋の影響を受けるといった難点があったことを考慮し、咀嚼や噛み締めの動作によって生じる咀嚼筋の機械的変形に着眼することからスタートした。

 ここで図3を見てもらいたいが、センサ開発にあたっては、こめかみにある側頭筋の前部筋束の機械的変形に注目していることがわかるだろう。

 咀嚼動作や歯を噛み締める時に、特にこめかみ部の前部筋束部が大きく収縮する。つまり前部筋束は、咀嚼、噛み締めの動作を大きく反映しており、その位置するこめかみ部は、センサの装着部位として、身体運動時であっても比較的邪魔にならず、装着性の面でも優れているというわけだ(図4)。

最適な計測方法を見つけ出す

−センサの選択

 身体運動時の計測方法では、頭部そのものの動きが計測結果に大きく影響する。

 まず小型加速度センサは、安静時の噛み締め状態や、脱力状態に計測される微小な振動で、比較的周波数の高い振動成分の測定には最適だが、マクロな筋変形においての噛み締めといった低周波な変位の計測に関しては、安静な状態でも同様に低周波数帯にある頭部の動きといったノイズとの判別が難しい。また咀嚼時においても頭位を安定させる必要がある。

 次に低周波な振動成分に対してより有効なセンサとしてジャイロ等も考えられるが、やはり頭部の動きの影響は免れない(図5)。

 そこで計測においては頭部全体の動きを排除する必要がある。その方法として有効なのが、圧力センサを側頭部分にヘアバンドで固定し、ヘアバンドの張力を測定する方法や、側頭部にひずみケージを直接張り付ける方法などが想定できるが、これらは圧力、ひずみを検出しているため、変位との関係が明確にならず正確性に欠ける。

 また額部との相対変位を計測する方法として、レーザー変位計が考えられるが、現状ではウェアラブルセンサとしては、重たすぎるという欠点と、側頭部が眼球に近いため、眼に悪影響を及ぼす危険性がある。

 そこで、高精度な角度センサであるポテンションメータで、相対変位を角度として検出し、側頭部の変形を計測するという方法が最も最適であるという結論に達した。この方法は、図6のようにポテンションメータを右側頭部に固定することで、額部分にその本体を接触させ、咀嚼や噛み締め時の回転角を検出し、その回転角に比例した出力を電圧として得ると、図7のようなセンサ出力と咬合力の関係が計測されるというものである。

 ポテンションメータでの計測の結果、側頭筋の変位は、発声などの下顎位変動による影響を受けること、しかしながら、下顎位変動と噛み締めの動作の筋収縮レベルの違いから、発声などの下顎位変動と咀嚼・噛み締め動作の判別が可能であること、噛み締め時のセンサ出力と咬合力に対数相関があることなどが分かった。

ポテンションメータの計測による、スポーツ選手の運動能力評価への応用

 身体運動時の咀嚼と噛み締めの計測は、ポテンションメータによるものが最も適していることが分かっていただけたと思う。その特徴として、噛み締めの状態を経時的変化、つまり身体運動時のどの時点でどの程度の強さで噛み締めを行ったかを計測することができるため、噛み締めとさまざまなスポーツ動作の関係を明らかにできるということが挙げられるだろう。また本センサの出力は、経時的な噛み締めの認識を行うことができるのみならず、その出力の最大値と咬合力には相関関係があるため、咬合力の変化を推定することもできる。

 前述の王貞治氏の場合は、経験的に語られた話だが、本センサによる計測から、噛み合わせが運動能力にどのような影響を及ぼしているかを科学的に評価することが可能となった。それによって今後、各種スポーツ選手の能力測定への応用が期待できる。

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