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NI Topics 1) PHSを利用したカラスの移動追跡 -- 樋口 広芳

PHSを利用したカラスの移動追跡

―東京大学大学院教授 樋口広芳―

東京を代表とする大都市は膨大な量の生ゴミを排出する。東京でいえば、年間総量は約400万トンにも達する。膨大な生ゴミは、それを餌として生活するカラスを呼び寄せ増加させてしまったようだ。因果関係からいえばカラスが漠然と増えたのではなく、人が増えすぎたところに問題の根源がある。

増えすぎたカラスは賢い鳥であるが故に様々な問題を引き起こしている。都市でのカラスと人間との摩擦は、カラスの鳥類としての行動様式が問題なのではなく、人間の生活と結びついたカラスの生活から発生するものであろう。

問題の解決の糸口をつかむためには、まず対象となっているカラスの都市における行動を把握することだが、従来は大変困難な作業であった。

東京大学大学院農学生命科学研究科の樋口広芳教授と本誌監修者の板生清教授らが確立した「PHSを利用したカラスの移動追跡」の方法が動物の行動調査方法としては実に画期的なものである。本記事では、このカラスの移動追跡を紹介しながら、都市とカラスの問題を考えてみたい。

都市のカラスの生活を追跡する困難さ

鳥の移動を追跡するには、足環や翼標識などを付けて目視する方法や、小型の送信機を鳥の背中などに装着し、手持ちの大きなアンテナを多方向に向けつつ電波が来る方向を見つけて、複数の方向の交点から位置を確定するラジオテレメタリー法などがある。

この2つの方法は都会では大変困難で調査者にとっては危険の伴うものである。その理由は目視の場合、ビルがあるため、追跡途中にカラスにビルを越えられてしまうとすぐに見失ってしまうし、ラジオテレメタリー法の場合は電波が建物にぶつかって反射し、実際の方向と全く違う方向から電波が来たりして、人間がカラスの移動に合わせて速やかに移動しなければならないため、街中での移動は危険であり困難でもある。

PHSを利用した追跡方法への挑戦

都会のカラスの追跡方の困難さにめぐり合った樋口教授は、PHSによる位置情報所得のニュースにヒントを得てカラスへのPHSの装着を思い立った。しかし、PHSの重量、すなわち軽量化の壁が待ち構えていた。

カラスの体重は平均で600〜700グラムほど。装着には、4パーセント程度の30グラム以下が望ましい。しかし、軽量のPHSといえども当時は70グラム位あたり、2倍以上の重さであった。

それから苦労すること1年間ほど。だが、この問題を解消できる協力者が極めて近くにいた。

同じ東京大学の新領域創成科学研究所で情報マイクロマシン技術の研究を進め、ウェアラブル(身につけられる)な装置を創りだし、マイクロセンサを搭載したマシンによる情報収集と通信によるネットワークの構築を目指している板生教授である。

板生教授の進めるウェアラブルな装置は、人間だけではなく動物にもつかえることを射程に入れて東京大学のネイチャー・インタフェイス・ラボラトリ(代表、板生教授)で研究発表されている。

今回の、カラスにつけるPHSについても位置を測定するセンサの新しい活用方法の一つとして、このラボラトリでとりあげられた。

PHS活用の追跡システム

こうして、樋口教授と板生教授の出会いにより、カラスにつけるPHSの軽量化がはかられ、実際に29グラムのPHSが実現した。

軽量化されたPHSを使用しての追跡システムとは、一探索システムに他ならない.

PHSによる位置探索システムとは、通信ネットワークの側に個々のPHSの位置を常に登録しておき、移動するPHSの位置を追跡するものだ。すなわち、PHSの電波を基地局でとらえ、情報センターに送り、データはコンピュータ上に地図情報として表示することができる。PHSのアンテナは、発信する電波が小さく数十メートルから数百メートルの間隔で設置しなければ位置登録することができない。このため、電柱、電話ボックス、ビルの屋上等々、至る所に設置されている。

この細かく設置されたPHSのアンテナの位置を逆探知することで、200メートル程度の精度内でカラスの現在位置を知ることができる。

最初にDDIポケットのインフラを利用する、アルプス電気、セイコーインスツルメンツの三者で軽量化を目指した端末改造の試みが始まった。この組み合わせで第一実験が行われ、DDIポケットとユーザー契約を結び使用料を安くする協力を得て実験は進んだ。その次にNTTドコモの「いまどこサービス」専用端末の「P-doco?」の改造をセイコーインスツルメンツの協力のもと、カラスの日常活動に支障のない体重の4〜5パーセント=28グラムにすることを実現した。

カラスの捕獲は上野動物園などの協力を得て行い、捕獲したカラスに実際にPHSを装着して、その負担と嫌悪の実際を飼育実験で確かめることから追跡調査は始まった。飼育実験ではカラスは思いのほか装着をいやがらなかった。

追跡開始

1999年の秋に最初の追跡が始まった。5台のPHSを使用して始めたが、カラスは初日は上野動物園内に留まっていて動かなかった。動かなければ調査にならない。2日目にカラスが大きく移動を開始した。板生研究室で追跡調査のモニターを監視していた院長の長戸理恵さんは、どんどん北に移動をしていくカラスをモニター上でキャッチした。

「通信間隔を短くしましょうか」長戸さんから樋口教授に電話が入った。2時間の間隔の通信を20分に縮めた。

北に移動した個体は西日暮里に移動し,そこで夜を迎えて翌日も西日暮里周辺にいた。

結果、カラスが大きく移動することが証明された。

2000年春の追跡には10グラムのPHSを用いた。無事に追跡できたのはそのうち4台だったが、面白い結果を残した。

3つのタイプのカラス

* 都会派

* 下町派

* 定住派

追跡した結果、都会のカラスには上記のように区分できる3つのタイプがいることがわかった。以下に、それぞれのタイプの特徴的な行動を記す。

* 都会派

追跡の初日には上野公園内に留まっていた。2日目の昼頃から銀座のモスバーガーのそば、その後に六本木の路地裏の美容院、3時過ぎに赤坂の交差点、再び六本木、最後にねぐらの上野に戻る。

つまり、銀座、赤坂、六本木である。まさに都会派。

* 下町派

追跡初日は上野公園。2日目に朝から北に飛び、午前6時には荒川の町屋に現れる。

汚水処理場の近くだ。汚水処理場の周辺は荒川自然公園で小さな林もある。ここに30羽近くのカラスがいた。午前中はここで過ごし、昼から足立区の西新井橋付近の河川敷に移る。下町派のカラスは公園や河川敷が好みのようだ。

* 定住派

上野公園内から移動はしなかった。ただし、公園内での移動はある。ねぐらを少し変えている。初日は正門付近。2日目は寛永寺のあたり。

追跡の結果考えられること

カラスの移動距離は直線で3キロメートルから5キロメートルほど離れた

地点を結ぶ。5キロの距離は2つから3つの区をまたぐことになる。これは、一つの行政単位である区ごとのカラス対策を考えて徹底的に行っても、カラスがねぐらを変えるのでの役に立たないことを意味する。23区全体でか、南関東域レベルで対策を立てる必然性が浮かび上がる。PHSでの追跡はこのことを我々に教えてくれた。

考えられる対策の例

先に述べたように、カラス対策を立てる必然性が浮かび上がってきたわけだが、具体的にはどのようにしていったらいいのだろうか。ここでは、個々の問題への対策を考え、そこからそれぞれに共通する問題点を集約し、根本的解決へと導いていきたい。

カラスが引き起こす問題として、一つ目は誰もが身近に目にする光景としてカラスのゴミ漁りがある。対策で特に効果のあるものとして、東京の自由が丘および三鷹市で実施されている夜間収集(午前3〜6時くらいの間に路上に出されたゴミを回収)がある。これは大きな効果を挙げ、カラスを見かけることはほとんどなくなったという。また、ポリバケツにゴミを入れて出す方法も、袋のように容易にゴミをつつき出されることがないので、効果を発揮している。

二つ目に、カラスに人が襲われたときの状況判断が重要なポイントとなる。カラスが襲ってくる場合、その付近にカラスの巣やヒナがいることが多い。襲われないようにするには、その巣を取り払ってしまうことが一番早い方法なのだが、それは最終的な手段としてとって置いて、巣の付近をとおるのを避けたり、もっと積極的な対策としてはカラスを威嚇して近づけないようにすることである(ただし、見つめすぎるとかえってカラスを刺激することになるので、一,二度ちらっと振り返る動作のみでよい)。

三つ目に、線路への置き石が挙げられる。これは、カラスが人間から与えられたパンを隠す時、線路の敷石を持ち上げた際、邪魔になった石を線路の上に置き去りにしてしまうところから発生する。この行動の原因はやはり、人間から餌を与えられることに起因しているだろう。餌を与える人間からしてみれば、ほんの些細なことに感じられるかもしれないが、それが取り返しのつかない事態を招くこともある。これは、ひとりひとりの自覚や良識の問題となってこよう。

四つ目に、カラスと航空機の衝突事故がある。航空機への衝突は、空港周辺にカラスが集まってくることにより発生する。何故カラスが集まってくるのかを考えると、空港の立地条件に関係していることが分かる。空港は海岸付近に建設されていることが多く、そこにはゴミ処分場が多い。

そうなると自然,カラスが集まってくるのは頷ける。空港を新たに建設する場合に、近隣施設に注意を払うことが肝要である。また、空港内の草丈がカラスが昆虫を採集するのに適した高さだと集まりやすい。草丈を高くすることで、カラスの数を減少させることが出来るだろう。

最後に、カラスが鉄塔に巣を作ることによって起こる停電がある。これには、いくつかの対策が考えられる。カラス自体を鉄塔に寄せつけない方法、鉄塔への巣作りを防ぐ方法、絶縁部を保護する方法、巣作りを他の場所へと誘導する方法の大きく四つに分けられる。鉄塔へカラスを寄せつけないためには、田んぼや畑でよく見かける目玉風船やカラスの模型、風車,きらきら光る円盤など視覚的効果の高いものや、カラスの嫌う爆音などの聴覚的効果を狙ったものが挙げられる。鉄塔への巣作りを防ぐ方法としては、針金や棒などの糸状のものを支持物に設置してカラスが止まりにくくしたり、ゼリー状のものを塗布したり、板を張り付けたりして巣作りが出来ないようにする。

絶縁部を保護するにはカバーなどで包んで、巣からの落下物や巣材が絶縁体に入り込まないようにするといいだろう。巣作りを他の場所へと誘導する場合は、鉄塔の中央にカゴ状の巣の台座を作り、そこに巣作りをさせるというものがある。

先に述べたような対策をそれぞれ組み合わせることにより、カラスの問題は概ね解決できると言える。しかし、あくまでその場しのぎの対策であることも否めない。では、根本的な解決へと導くためにはどうしたらよいのだろうか。人間とカラスの間に問題が起こる理由は、カラスの数が多すぎるためだと言える。都市で生活するカラスの数をコントロールする機能があればいいのかもしれない。

しかし、その一方でカラスが増えた原因は、人間が出している生ゴミの量が増加していることにもよるので、その認識をゴミを出す側と収集する側の両者において明確にしておく必要がある。地域ぐるみで収集方法を工夫してなるべくゴミを出さないようにしたり、もしくはゴミを出したとしてもカラスに触られないようにするべきである。また、地域からカラスを追い払えたとしても、他の地域に移動している訳だから、広範囲に置ける取り組みが重要だと言えるので、ゴミを収集する側が新たな方法を導入するのも良い。例えば,ゴミの処分場までパイプラインで直接移送する方法なら、ゴミとカラスの接点は完全に消えることとなる。

今後の研究の必要

今回、PHSの軽量化とそのことにより、都会という空間で飛んで移動するカラスの追跡調査の端緒ができた。そもそも、この調査の動機は都会に住む人間と都市にすむカラスという動物の間で多数の摩擦が生じたことにある。

カラスが生活空間を拡大することで生息域を変化させながら自分たちの生存基盤を確保していくのは自然な行動であろう。ただ、そのことが昆虫等を含む都会の生物全体の生態系をある場合には急激に,ある場合はゆっくりと変化させていくことが予期せぬ歪みを生み出す可能性を孕んでいるのである。

最新の科学技術をこれらの調査に活用しながら、通常の観察では得ることの出来ない情報を得て、行政と研究もしくは研究領域との連携の糸口を探りながら乗り越えていく手法が今問われているだろう。都会のカラスにPHSを装着して行われた追跡調査の手法は今後、動物情報の収集とその解析、環境情報全般の所得と問題への対応を豊富化していく端緒を招いた。

今後は,位置情報に加えて健康状態情報や動作状態情報を組み合わせながら、体調、行動、移動速度、羽ばたき数、生死、抱卵等々を知ることができ、動物の生態がより詳しく入手できるだろう。

それは、野生動物ネイチャーインターフェイサとして実現し、さらに地形の情報、天候の情報、水質の情報、植物の情報等々の動物を取り巻く地理的、空間的環境情報が加味された生態・空間の総合的環境情報が形成されれば、生物と空間の現象を内因と外因とを詳細に区分しながらその連関性を把握し,研究の領域性を乗り越えながら、地域のまたは地球規模での対策を推し進めることが展望できるようになるだろう。それは、従来のGIS(Geographic Information System)の2〜3次元地図情報に、地点での多様な属性情報を加えて板生教授の唱える(一個からN個の)N次元の環境情報システムを構築していくことを意味する。

※カラスの追跡日記※

【長戸理恵】−NTTドコモ

上野動物園でカラスにPHSを装着し、東京大学板生研究室でその動きをモニタしていた。

第1日目、期待してカラスの動きを見守ったが、カラスは上野付近から離れる様子がなかった。

‘こんなに動かないなら地上から追ったほうがマシかも・・・?とも考えた。PHS追跡システムに対し、疑いが湧き始めた初日だった。

朝から晩まで何度見ても動きに劇的な変化が見られず、電池寿命の関係から追跡可能日が3日しかないことを考え、結局つけた事に意義がある程度の実験になってしまうのかと思った。

日没後、カラスの動きについて樋口先生に報告をし、つけた直後だからショックであまり動かないのかもしれないとのアドバイスを受けたが、やはりしょんぼりしてしまった。

次の日、朝早く研究室に入り、モニタを見て驚いた。画面の縮尺が変わっている!

昨日から何の変化もないモニタ画面に見飽きていたため、衝撃的だった。一羽のカラスが大きく動いたため、その動きを追った地図の縮尺が変わったのだった。

すぐ樋口教授に連絡を入れた。PHSはカラス追跡に“使える”、ああよかったと胸をなで下ろした。

精密機械工学専攻の私にとって、本当に刺激的な実験だった。

カラスの捕獲、PHSの装着、間近で見るカラスは以外に毛並みがよく、憎々しい存在では全くなかった。

あれから1年以上が経つが、蚊に食われながらカラスと付き合ったあの暑い夏を、ついこの間の事のように思い出すのだった。

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