NATUREINTERFACE.COM
ネイチャーインタフェイス株式会社 info@natureinterface.co.jp TEL:03-5222-3583
ネイチャーインタフェイス > この号 No.02 の目次 > P095 [English]

NIクラブ エッセイ 水の因果 -- 山田 久美子

●ESSAY●

水の因果

山田久美子

 意識が戻るとナウシカは地の底の空洞に横たわっていた。そこには浄らかな水を湛えた地下の湖が広がり、傍らにはときおり頭上の地層から煌きながら降ってくるものがあった。その砂のようなものを手のひらに受け止め、やがて彼女は、木々やさまざまな生物が、死んでからも土となり地層となり命の水や空気を浄化しているのだと気づく。

 ナウシカとはもちろん「風の谷のナウシカ」である。印象的なこのシーンは単なる作り物のイメージではなく、宙水(ちゅうみず)といわれる地下水の一種を美しく描いたものだという。伏流水が地下を流れる川だとすると、宙水は地下にある池といったところだろう。

 全国にあるといわれているが、特に関東地方の武蔵野台地の地下に多数発達しているという。江戸の昔から、武蔵野台地の開拓者たちは、この宙水を貴重な水源として使ってきた。植物などの死骸としての土壌が作物を産み、水の循環と浄化が絶妙に絡まりあって農業や人の暮らしが営まれてきたのだ。

 さて私たちヒトは、死んでからも環境の浄化に貢献しているだろうか。生きているうちは、それほど立派な環境保全運動をしても、そこそこの文化的な生活を享受しているかぎり、大きな負荷をかけている計算になるはずだ。せめて死んでからくらいは、と思いたいところだが、残念ながら日本では死んでからも環境を破壊し続けているのが実態である。墓地の大規模造成で、貴重な平地林が無残に切り倒されたり、山が削られたりして、生態系はずたずたにされてきているからだ。亡者となってもなお子孫の未来を蝕んでいるとしか言えないのは残念である。

 また現在、土壌や河川はヒトの垂れ流した大量の有害化学物質を浄化しきれなくなっている。わが国では地下水からトリクロロエチレンやテトラクロロエチレンなどの発ガン性有機溶剤が、日常的に検出されているし、河川水では各種の工場排水が原因の、高濃度のダイオキシン類汚染が続々と明るみに出ている。これらの汚染の行き着く所を推測すると、暗澹たるものがある。

 ヒトの体は太古の海を閉じ込め袋である。ところがこの海にもまた汚染物質の蓄積が進んでいるのは、周知の事実である。さらにその中にある宙水ともいえるのが羊水であるが、胎児にとっては閉じられた浄らかな安寧の海であったはずの羊水も、すでに聖域ではなくなってきている。農業の代謝物質などが微量ながらも検出されているという。せい帯血からもダイオキシン類が検出されている。すさまじい数の有害化学物質の流入に対して、母親の血液中の有害物質から胎児を守るはずの〈血液−胎盤関門〉でさえ、それらを遮ることができなくなっているのだ。

 母親が知らず知らずのうちに水や食物、大気などから摂り込んでしまったダイオキシン類やPCB,農薬などを、胎児には胎盤を通じて、また生後には乳児に母乳中に濃縮された形で追い討ちをかけるようにして与えてしまうのである。

 20世紀後半にかけて、数万種類とも数十万種類とも言われる化学物質を、意図的にあるいは非意図的に人類は作り出してきた。しかし利便性の追求に偏って生態系やヒトに対する安全性の検証も疎かにしたまま、大量使用と環境への大量放出をしてきたことは誰もが認めるところだろう。特に21世紀へと引きずってきてしまった深刻な問題として、先に述べたダイオキシン類やPCB、多くの農薬類など難分解性の有機化学汚染物質(Persistent Organic Pollutants 略してPOPs)による地球規模の汚染がある。

 これらPOPsは、いったん生成し放出されるときわめて分解しにくいため、いつまでも環境中に残留し水や大気・土壌を長期にわたって汚染し続ける。生物の体内に取り込まれ濃縮されたり蓄積されたりして、免疫系の異常や生殖傷害を引き起こすことがわかってきた。また、汚染は発生源近くの地域に汚染がとどまらず、土壌の流出や、気流・海流に乗って地球上のいたるところに到達し新たな汚染地域を作るというのも、POPsの特徴である。途方もない量と種類の科学物質に対して、それでは今どうすればいいのか。ひとつの方策として予防原則といわれる新しい概念がある。予防原則尾は、これまでのように科学的論争にけっちゃうがつき有害性が立証されて初めて禁止などの規制をかけるのではなく、ある化学物質に有害性があると疑われた段階で、その有害性による将来的な被害の甚大であることを予測して、予防的に規制などの対策を取るという考え方である。一旦拡散し、人体や生態系にダメージが与えられると取り返しがつかないからである。

 『奪われし未来』の著者の一人であるダイアン・ダマノスキ氏はある講演でこう語っている。「私たちは有害化学物質をコントロールできると思っていましたが、それはとんでもない間違いでした。それらを完全にコントロールするのは不可能です。それならば、使わないように、そしてひとつひとつなくしていくほか道はないのです。」

 そしてナウシカは、毒の胞子を持つ生態系を愛撫しながら言う。「有毒だからといって嫌われていたおまえたちが、本当はその体の中に毒を取り込んでくれていたのね」。

 せめて私たちの子孫が毒を体に溜め込まずにすむような地球を残したい。いくつものパンドラの箱を開けてしまって途方に暮れている私たちには、この二人の聡明な女性の言葉の中に、かすかに光る道標があるように思われてならない。

NATUREINTERFACE.COM
ネイチャーインタフェイス株式会社 info@natureinterface.co.jp TEL:03-5222-3583
-- 当サイトの参照は無料ですが内容はフリーテキストではありません。無断転載は違法行為となりますのでご注意ください
-- リンクなどで当サイトをご紹介いただけると幸いです。公的公式にリンクされる場合はお知らせください
HTML by i16 2018/10/23