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| ネイチャーインタフェイス > この号 No.03 の目次 > P24-27 | [English] |
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特集 新しいエチカ 池内 紀氏 新しいカフカ 曲線が直線を追いぬき滑稽さが産業を越えてしまうこと [プロフィール] いけうち・おさむ 1940年兵庫県生まれ。東京大学教授を経て、ドイツ文学者、翻訳家、作家。山と温泉を愛し、その紀行文には定評がある。著訳書として『見知らぬオトカム』(みすず書房)『ウィーンの世紀末』(白水)『ファウスト』(集英社)『はなしの名人』(角川書店)などがあり、現在カフカの個人訳全集を白水社から刊行中。 (写真=みやこうせい) ││ カフカというのは、カフカ自体が 越境者であるというか、インターフェイスであるというのか、つまりあらゆる場所、あるいは時代、あるいは神話に越境し動物にまでなってしまうわけですね。池内さんがお書きになったのを読むと、たとえば場所ということに関しては、結核にかかる以前からサナトリウムに、それこそ安いところだけど。 【池内】 サナトリウムに詳しかった人ですね。暇をつくっては北ドイツやボヘミアや北イタリアのサナトリウムに出かけていました。 ││ 一種の健康施設みたいな。 【池内】 うん。いたって二〇世紀的なもので、都市のスラム化と連動しているんです。 ││ 産業と連動しているわけですね。 【池内】 産業化する過程で、巨大な工場なり、機械なりが進んでると、人間性がゆがめられてくる。それを救うための施設として出てくるんです。カフカは産業化の現場にいた人で、勤め先は労働者の障害保険を扱ってたから、二〇世紀の科学産業という点で、一番先端の仕事をしてた 人なのですね。あの人ほど近代産業の内幕をよく知っていた人はいないんです。国と経営者とが折半して金を出して、工場の事故に対して補償する。経営者側は、なるだけ掛け金を払いたくないでしょ。だから雇用者の数はなるだけ小さくして、事故があるとなるだけ大きくして、補償をたくさん取ろうとする。 カフカの仕事は請求されてくる保険の審査をするところで、だから事故があるたびに、書類検査して、怪しいときには現場に行くわけです。 だから労働現場をよく知っていた。そういう中で人間性がいかに阻害されていくかということをまさに見てた人だから、サナトリウムに関心があったのでしょうね。医学が救済に乗り出して、ものすごく大きな健康回復センターですよね。それを作ったんです。それがあっちこっちにできたんです。 ││ でも元気なころに、そこに。 【池内】 目のつけ所が、ひじょうに面白いと思います。今で言えば健康の里とか、自然の里とか、ああいうところ。いろいろな機械化に対して、アンチ機械化の里を作ったんです。そういう中にいた人というのは文学の中では例外的です。 ││ 例外的ですね、本当に。それでディケンズの『デビット・カッパーフィールド』ですか。 【池内】 カフカの場合は『失踪者』ですね。これまで『アメリカ』と訳されていた長篇小説です。 ディケンズの場合は主人公が、善意の人にめぐり合っていく。カフカの場合は、逆に悪意の人にずっとめぐり合うという設定なんです。 ││ ディケンズのほうは、イギリスの産業革命の直後という感じですね。 【池内】 只中ですね。それで参考にしたのでしょう。アメリカを舞台にしたのは、彼はアメリカは何も知らなかったけれど、ひじょうに産業化した社会構造とすれば、アメリカが一番使いやすかったでしょうね。 ││ なおかつ、カフカは機械が好きだった。 【池内】 オートバイとか、船とか、飛行機とか、競馬とか。 そういうところがあったみたいです。小説自体は、とてもおかしな小説です。当人はクスクス、クスクス笑いながら朗読したようですよ。 ││ 読ませて聞かせると、みんな大笑いしたという話が。『変身』なんかでもじつはそうなんですね。 【池内】 身振り手振りを入れながらね。漫画にしたのもあります。カフカにとっては本望だと思うな。短篇はだいたい、一晩で書いたようです。『変身』も、当人の言い分だと一回休んで一〇時間、一〇時間。要するにだから、二晩で書くべきものだと述べています。 彼の小説観で言えば、ペンとともに進んでいくべきで、だからたえずトンネルの中を歩くように書く。前へ、前へ進んでペンとともに進んでいくべきで、方向がずれたときには、それを全部削って、元に戻って持ってくるという。
産業化の時代を予見する本能と自負
││ ドイツ語で書いていたわけですけども、プラハのユダヤ人が使うドイツ語というのは。語彙が少ないと言ったら変ですけど。 【池内】 そうですね。比較的少ないでしょうね。プラハ・ドイツ語は表記の仕方もほんの少し違いますね。 ││ それでべつに書きやすいというわけじゃないですけど、それを使うのがチェコのプラハ生まれのユダヤ人がドイツ社会に伍してというか。そのなかでそれなりに生きていくための手段として。 【池内】 そうですね。チェコ人とドイツ系が同居していて、チェコ系が八割でドイツ系が二割ぐらい。その二割のうちの、プラハは非常にユダヤ人の比重が高かった。だから三重構造ですね。カフカという人は実生活は謙虚で、人間付き合いはつつましいけれど、実態はもっと強い野心があった人だと思います。自分の作品は、少なくとも生きている間は無理だとしても、いずれは認められる。きっと世の中には出るはずだ。文学というのは、こういう形で書かなければ意味がないんだという、そういうひじょうに強い自負があったと思います。そうでなければ、何の当てもなしに大作を三つも『失踪者』『審判』『城』書けるはずがない。 ││ その背景に、先程の保険調査人としての、いわゆる職能の習慣ですか。 【池内】 職能がね。大きな時代の転換があって、それを現場で見てるという自負があるので、それがどういう形で人間を変えていくかという、ある種の見通しがあっただろう。現実に数字が出る仕事でしたからね。 産業勃興期には紡績王とか石鹸王とか、自動車帝王とか、経営者はそんな名前を自称していても労働条件はひどかった。それを丹念に書いている。 面白い事実があるんです。カフカがよく行ってた北ドイツのドレスデン近郊のサナトリウムには、一九二四年だから、大正一四年、日本のお医者さんが訪ねてるんです。大正天皇の侍医だった西川義方という人です。 ││ 大正天皇の病気の関連ですかね。 【池内】 アルツハイマーでしょうね。病名があのころ分からなかった。それで侍医がヨーロッパの医療施設を訪ねてまわった。カフカとはちょうどすれ違いで写真だけ撮って、帰ってきています。 ││ そうですね。世界的になにかそういう時代なんですね。 【池内】 ちょうど西川義方はスイスのダヴォスにも行ってるんです。そのときはちょうどトーマス・マンが『魔の山』を書いていた。あれはダボスのサナトリウムが舞台なんですね。 ││ そこは高級なところですね。(笑)カフカは行けない。 【池内】 だからあのころは、いわゆる健康というのは非常に大きなテーマだった。とりわけ結核ですね。カフカも結核になったわけだけど。それは自分が招き寄せた病だと述べていますね。ようするに、自分がこういうことをやっていたらきっと結核になるという見当がついている。喀血したときに「ああ、やったか」というぐらいに日記に書いています。やっぱりという。 ││ 勤めながら夜中にかけて書くわけで、書きすぎると、頭が冴えて眠れなくなって「二つの夜がある」って、池内さん書いていらっしゃったけど。 【池内】 起きている夜と、眠れない夜という。日本だって結核文学なんていえば、堀辰雄もそうだし、梶井基二郎だってそうだし、たくさんいますよ。ただ健康と病とは非常に面白いバランスがあって、そのおかげで精神性がひじょうに高まるということはありますね。 結核って、ある時期はものすごく美しくなります。四期ぐらいとして、最後は本当にやせますが、二期と三期は女性だと竹久夢二の描いたようなね。体が透き通るようで。 ││ 健康産業がそういう時代に出てきているというのは面白いですね。 【池内】 うん、そう。社会が必然的に生み出した産業ですね。 ││ 農村の周辺であるとか、地形を変えるぐらいのすさまじい勢いの環境変化というのは、カフカの時代にもあったと思うんです。 【池内】 湯治町が、ヨーロッパでは一九世紀の後半、一九世紀の産業化の副産物ですよね。バーデン・バーデンとかエヴィアンも健康産業が生み出した発明ですよね。 ││ 人口爆発の中間地点になるんじゃないでしょうか。それまでの何千年間と打って変わって、二〇〇年くらい前ですか。 【池内】 ああ、そうですか。数値的にも、何か本当に異様な時代だということがよく分かりますね。そういう技術的な産業化の過程って、これはハードだから非常に直線的にいきますよね。文学とか思想系統は、曲線的にいくものだから、どうしても遅れますよね。ただしその遅れる中に、飛び抜けて先に、そういうことを予見している連中がいる。予見というのか、本能的なものです。「これはこうなるんじゃないか」とか、あるいは「こういう形でありえる」というイマジネーションでもって先取りしてるという。だから曲線でいくと、遅れていながら、非常に先に立っているという、そういう図式ができそうな気がしますね。
人間が消え、死と笑いが並立する世界
││ そうですね。そういう予見という意味では、『審判』がゲシュタポを連想させて。(笑) 【池内】 ナチスの構造とぴったり全部合うのよね、あれ。不思議ですね。 ││ あと『流刑地にて』が。 【池内】 強制収容所とか、処刑機械とか、アイヒマンのようなナチスの将校。カフカにはむろん、そんなつもりは全くなかったんでしょうけど、何かを予感して書いたんでしょうね。 ││ 演劇とか映画にも興味をもっていた。 【池内】 うん、映画は好きだった。あのころの新しいメディアですね。もちろんモノクロの短いもの。 随分見ていたみたいです。カフカに『巣穴』という未完の小説があるんですけど、外敵から身を守るために、不思議な巣穴をつくった生きものの話。完全無比なはずなのに、でも侵入してくる敵に対しては、脅え続けている。 ││ つまり入り口と出口が一挙に通底してしまうゆえの恐怖でしようか?うまくは整理できないんですけども、カフカが見つめていたものというのは、旧来のコミュニティーが崩壊して、なおかつ新しいコミュニティーも成立しがたい工場という世界が出現し、そのなかでの新しい生活ということでしょうか? 【池内】 勤め先というのは、官僚体制の末端です。ハプスブルク体制というのはものすごい官僚組織を作り上げた。それはもう書類社会の見本です。その中で仕事をしていた人だから、書類社会の一番の現場と、それのアンチテーゼに当たる、効率と新しい技術との接点、それを往復していたという、何か普通の文学者ではあまりないような状況にいたんですよね。 僕なんかやってて、今の社会と非常によく似てるものですから面白いし、つまりそのなかで表現するということを、あの人なりに考えたんでしょうけど。何百年も続いた官僚体制と、一切そういうものと絶縁した技術社会との、それを文学で表現しようとすると、一方にはおかしいと言うしかしょうがない。滑稽としか言いようのないものと、それから技術が進めば進むほど、人間が消えていく、死に近づくわけ。だから笑いと死が同居した文学を作ってみようというような部分が、彼が考えていたことなんです。絶えず死と笑いが一緒になっている。 うん、同時進行していくという。だから若いときは笑いが強くて、晩年と言っても四〇幾つで死んだ人だけど、死が強くなる。死の気配がしてくる。同じ長編でも、最初の二つはほぼ同時にやっています。二番目の長編『審判』なんか、最初と最後を同時に書いちゃうんです。インターネットみたいなもの。最初のやつを全部裏返しにして、同時に終わりにしちゃう。 主人公が三〇歳の誕生日に逮捕されて、三一歳の誕生日の前夜に処刑される。朝起きたときに、逮捕される。夜の寝る前に処刑される。朝起きたときはシャツのまま、それで服を着ろといわれる。夜処刑される前は服をちゃんと着ていて「脱げ」と言われるんです。全部、逆にして終わっている。ノートに書いてますから、それではっきり分かる。最後を先に書いてから最初を書いたかもしれないぐらい、同時に書いている。 最初『失踪者』の作品で失敗したものだから、終わりようのあるやつにしようというのでやったんでしょう。やればやるほど、終わりにならなかった。あれは面白いですよね。 これまでものすごい深遠な解釈をされてきたんですけど、前から何でこんなに単純なことを言わないんだろうと思っていました。僕なんか研究者というよりも、むしろ楽しんでる人間ですから。カフカは、ずっとプラハにいた人ですが、一九二三年はわざわざベルリンで生活していました。病気だから、ひどい状況だった。ものすごいインフレがあって、天文学的数字になっちゃう。 ││ そうですね。第一次大戦で。何か一兆倍とかになる。 【池内】 そんなときにわざわざ、ベルリンで生活している。好んで生活したに違いない。でなければ考えられないもの。何の必要もないのに、あそこに行って、わざわざ下宿をして、やはり書いていましたから、夜ずっと起きているものだから灯油をたくさん使うので朝、町中歩き回っ て買い集める。ほんとにつつましい生活でしたよ。サラリーマンだったから、無駄を一切しないという。人妻のミレーナさんとやっと会えたのに。ウィーン郊外の安いホテルで過ごしたりしてね。 ││ それこそ、あれですか。連れ込みでも木賃宿みたいなところに泊まるんですか。 【池内】 ミレーナさんに言わせると、「フランツはいい人だけど」、ドイツ語で言う「ケチだ」という言い方をしていますね。 年金といっても一番低いレベルでした。そんな時期にわざわざベルリンに行ってるんです。 これはこんなチャンスだからというので体験したんだと思いますよ。日常の数字が、全部意味がなくなっちゃうんだもの。あれぐらい自分が書いてる小説を実証する状況はないわけ。 ││ リアルワールドが戯画化されたというか。漫画のような世界になってるわけですね。 【池内】 うん。自分が書いてたのがまさに現実になってるわけ。恋人と一緒でしたね。カフカという人は、何か魅力があったんでしょう。「この人はしょうがない」と思いながら、本当に世話をしたくなるような。1
カフカが愛用した『カフェ サヴォイ』・現在は看板のみ 労働者障害保険局 プラハ郊外のユダヤ人墓地
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