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新しい博物誌のために 生物の飛翔を力学的に解明する -- 東 昭






特集 インタヴュー 新しいエチカ

あずま・あきら 1927(昭和2)年、神奈川県川崎市に生まれる。東京大学工学部応用数学科卒業後、川崎航空機工業(現・川崎重工)に入社。39年東京大学助教授(49年教授)に。専攻は、流体力学、航空工学。ヘリコプター、ロケットなどの設計を手がける傍ら、生物の運動を力学的に解明。著書『The Biokinetics of Flying and Swimming』は世界10カ国で出版。現在、東京大学名誉教授。著書に『航空工学』(裳華房)『航空を科学する 上・下』(酣燈社)『生物・その素晴らしい動き』(共立出版)、訳書にアレクサンダー『生物と運動』(朝倉書店)、その他がある。

東 昭氏 (東京大学名誉教授)

プライマリーに乗る東氏(昭和27年頃)。

新しい博物誌のために

生物の飛翔を力学的に解明する

空飛ぶトンボに憧れて

 東京と神奈川の境を流れる多摩川の河口に近い南 河原と呼ばれた地域。現在のJR川崎駅西口にほど近いこの一帯も、戦前はまだ湿地や草原、梨や桃の果樹園の広がる自然豊かな場所だった。ここでトンボ捕りに夢中になっていた少年は、空を飛ぶことに憧れ、後に飛行の専門家に。

 ヘリコプターをはじめとする航空工学、流体力学の権威である東昭氏(七四歳)は、同時に鳥やトンボや魚など、生き物の飛翔と泳ぎの研究で、世界的にその名を知られている。

 一九二七年、リンドバーグが大西洋単独横断飛行に成功した年に生まれた。

「飛ぶのが早くて捕まえるのがむずかしいトンボ、特にギンヤンマを捕ることに夢中になりました。トンボやツバメの飛んでいる姿がすばらしくて、自分もパイロットになって空を飛びたいと思ったんです」

 中学に入ったとき戦争が始まり、学校に練習用グライダーが配備されると、早速滑空部に。

「当時はまずプライマリーという胴体がむき出しの簡易な機体で練習するんです。最初に上がったときは嬉しかったですよ」

 ところがそのうち敗戦となってGHQより一切の飛行およびその研究・製作は禁止、大学に入る前の年まで七年間飛ぶことができなくなってしまった。パイロットにならなかったのは、ほかにも理由がある。航空兵になるために必要だった視力が極端に悪かったのだ。

「それでも飛行機をやりたくて、結局大学は、東大の応用数学科というところに入りました。その頃航空学科がなくて航空の先生はその学科にいたのです。でも、卒業して当時の川崎航空機に入社すると、戦後初の金属製飛行機の制作に関わり、そのテスト飛行に同乗してトラブルを記録する役をしました。おかげで飛ぶことについては充分満足させてもらいました。僕は乗り物に酔うんですが、不思議なもんで飛行機はまったく大丈夫なんです(笑)」

 敗戦から勤めていた頃までは、八人家族の担い手としてバイトと掛け持ちの研究だったが、熱意にはあふれていたという。

 その後、MITでの研究などを経て東京大学に移り、当時まだ確立されていなかったヘリコプターの流体力学の研究に没頭する。東さんの研究は、日本のヘリコプター技術の古典とされている。

 ヘリコプターとセスナの墜落事故や航空機のニアミスが記憶に新しいが、長く運輸省航空事故調査委員も務めた東さんに、航空機の安全性について聞いてみる。

「安全性に関するテクノロジーは、ひじょうに進歩してきていて、現在の事故のほとんどは、人間と機械の関係がうまくいかなくて起こるマン・マシン・システムの問題だと思います。

 ヨーロッパでは、機械に任せておけばいいのに人間が変なことをして事故が起こるのだという考え方が強く、アメリカでは、最終的には人間が頑張って事故を救えるのだという考え方が強くありますが、どちらにせよ人間がミスを犯しても大丈夫な仕組みにしておかないといけません。医療の分野でもそうですが、誰が操作しても間違えないようにするシステムを徹底しなくてはいけないと思います」

生き物は、環境と生態に

合った形をもっている

 さて、工学的な研究を続けながらも、東さんは子供の頃あこがれたトンボの飛翔を忘れていなかった。ヘリコプターなどの回転翼航空機に働く空気圧を計算する方式を開発したのを機会に、それをトンボの羽ばたきの解明に使えないかと思いつく。

「東大の実験室の風洞にギンヤンマを飛ばして羽ばたきを高速度カメラで撮影し、その方式を使って解析したところ、ひじょうにうまく計算できることが分かりました。そうなると、昔見ていたいろいろな生物の飛行を、徹底的に解明したくなって。最初は趣味の研究だったのが、とうとう本業になっちゃった(笑)」

 工学的に分析してみた生き物の飛翔のメカニズムは、驚くほど理にかなっていたという。

「これは大型の陸鳥の翼の一番前に付いている初列風切羽(図1参照)です。翼は何枚かの羽で構成されていてすべて形が違います。羽の骨にあたる羽軸の位置が初列風切では前方に寄っているのに対して、後ろに付く羽ほど羽軸が後ろにずれていき、翼全体としてはアーチを描く形になって浮力を増しています。また羽軸の断面は、根元の方では円形ですが、先に行くほど四角くなり、下面には溝が走っています。これらは、下からの空気抵抗に耐え、上方からの力は柳に風と受け流す働きをします。

 羽板は羽軸から斜めに羽枝が出て、羽枝の隙間を小羽枝が網の目状に埋めています。さらに羽枝は、羽板の下側にあって、上面は滑らかに出来ています。これで上向きの流体力を支えることができます。と同時に、飛行のバランスを失うほどの風を受けたりすると羽板は隙間を作って力を逃がすことができます。また、羽枝のバラけた羽は羽繕いすればすぐに戻ります。

 こんなふうに、鳥の羽一本ですぐ一〜二回の授業ができます」

 東さんは、それぞれの生物の生態にも詳しい。生物がどのような[形]をしていて、どのような[運動(ロコモーション)]をするかということは、その生物の生活する[環境]と、そこで何を食べどのように生きているかという[生態]に関係があり、この四つは切り離せないと強調する。

「トンボとチョウは、同じように開けたところにいますが、形はまるで違います。チョウは動かない花の蜜を吸うだけですが、トンボはチョウやカを食べるので、速い運動性がなければなりません。

 でもチョウは遅いだけかというとそうではない。天敵に狙われた時には、閉じていた翼をスーっと開くとパッと飛び去ります。この時自分の重力の八倍くらいの力でその場から離脱するのですが、これは和凧と同じ、空気の[$離現象]を利用しているのです。

 凧を揚げると背面に$離といって空気の渦ができて気圧が低くなる現象が起きます。物体には気圧の低い方に空気力が働きますが、翼幅の大きい飛行機では、例えば離陸時に迎角を大きくするといわゆる失速の状態になり墜落してしまうのですが、翼幅の小さい和凧はこれを利用して揚がるのです。チョウは羽を広げることで背後に$離現象を起こし、低速でも強い力で逃げるのです。

 また、木と木の間を滑空するモモンガやムササビの飛翔(写真右上)を見ると、進化の途中にある不完全で可哀想な飛び方だと思いがちですが、彼らは若葉や木の実を食べるのに、いちいち地上に降りて隣の木に移るより空中を移動すれば省エネルギーで敵にも狙われにくいので、滑空ができればよいのです。しかもほぼ垂直の木の幹に着地するには、充分体を引き起こして速度を落としても失速しないようにしなければいけませんので、彼らの形態は最適の形をしているのです」

 東さんは、生き物が飛ぶ仕組みは「たしかに全知全能の神がお造りになったといってよいように、ほとんどのものが、その環境にふさわしく、つねに生きてゆくのに最適の形態と動きをしています」と語る。

植物の種に込められた

精妙さ

 東さんの関心は、魚やカメの遊泳、船の帆、竹とんぼ、ブーメラン、打ち上げ花火、さらには何気なく見過ごしてしまう植物の種子にも向けられている。

「これはインドネシアの蔓性植物のアルソミトラ・マクロカルパ(ガンドウカズラの一種)の種です(写真右下)。羽のような種は、蔓のからんだ高い木の上に成る椰子の実のような殻の中に四○○枚入っていて、殻の下から風に誘われて飛散するのです」

 実物を目の前で飛ばすと、スーッと美しく滑空した。

「殻に入っている四○○枚を調べてみると、羽の形がみんな少しずつ違いますが、種子の位置はどれも一番いい重心の位置に来るようになっていて驚かされます。赤道直下から二○度くらいの緯度では、大気が温められて上昇気流があるので、それに乗って遠くまで仲間を広げる仕組みになっているのです。

 それに対して、これは日本や北米のような北の方に育つカエデの種(図2、3)です。先ほどのアルソミトラ・マクロカルパが毎秒○・三Dくらいで落下するのに対して、こちらは毎秒一Dで種を軸にきれいに回転しながら落ちます。偏西風の強い風の吹く場所で種子を遠くまで運ぶために、このような回転翼を持っています。ふだんは木にしがみついていて、風の強い日にだけ飛び出すのです(写真左)。

 また、ウバユリの種子は三角形をしています。面白いことに、昔から舞台で飛ばす紙吹雪は必ず三角形に切ってあるんです。これは三角形のほうがランダムに散らばるためです。

 その植物の環境と、そこで何がしたいかによって、形とロコモーションが違う。それぞれに、ひじょうにみごとな理屈があるんです」

 現在、東海大学の学生たちと共同で、植物の種子を片端から分析しているところだという。

研究するのは面白いから

 ところで、こうした自然界の飛翔のメカニズムが分かると、飛行機や夢の人力飛行などにも大いに利用できるのではないだろうか? そう聞くと東さんはニヤリとして言った。

「それが、鳥や昆虫で得られた成果を、飛行機に応用しても使えないんですよ」

 一つの理由は大きさの違いという。鳥のなかで空を飛ぶことのできるのは質量でいえば十五biくらいまで、斜面や崖などを利用せず、水平な地上や水面から飛び立てるのは一○bi以下。またハチドリのように空中で長時間ホバリングできるのは二○i以下という。人間や飛行機ではまったく条件が異なるのだ。

「トンボやカなどにとっては、私たちと空気がまったく違うものなのです。体表面積が小さくなると空気抵抗も小さくなりますが、慣性力の重力はもっと小さくなるので、相対的に粘性が大きくなります。トンボにとって空気は、粘っこい蜂蜜のようなものなので翅の断面は、飛行機のそれのようには、流線形でないほうが飛びやすいのです。メダカも小さいので、粘っこい水中では、泳ぎを止めると直ぐ止まってしまうのも同じ理由です」

 軍事目的の小さな偵察ヘリや競技用の模型ヘリなどはあるが、応用できるのはその程度なのだそうだ。

「何か目的があってやってるんじゃない。面白いからやってるだけなんです(笑)。

 うんと小さな飛行物体をつくることを提案しています。普通の昆虫の翅は二対ですが、カなどの双翅類は後翅が平均棍という音叉ジャイロになっていて飛ぶときのバランスを保っている(図4)。この仕組みを使い、場合によってはカの振動ジャイロそのものを使って飛行物体をつくれば、昆虫の大きさのものが出来るんです。面白いでしょう?」

 これぞ研究、なのである。森羅万象の驚きを読み解く生き物の動きの探求。自然科学本来の醍醐味が、少年のような東さんの口調から伝わってきた。

生き物は、生活する環境と生態にふさわしく、

つねに最適の形と動きをしています。

シオカラトンボの飛翔。(写真=栗林慧/ネイチャー・プロダクション)

図1 初列風切羽の構造

木から木へと滑空するエゾモモンガ。

(写真=目黒誠一/ネイチャー・プロダクション)

殻から離れて空中を飛ぶアルソミトラ・マクロカルパの種子。

(写真=栗林慧/ネイチャープロダクション)

図2 カエデの種に働く空気力と遠心力

図3 自由回転で落下する翅果

カエデ ユリノキ アオギリ  ツクバネ ボダイジュ

翅の付いた種(翅果)には、植物によって様々な形があるが、どれも種を中心に美しく回転する構造になっている。

平均棍

図4 ガガンボの平均棍

風に乗って回転しながら飛ぶカエデの種子。

(写真=埴 沙萠/ネイチャー・プロダクション)

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