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自然遺産の旅 -- 冬沢 杏














奥地の集落に行くには、山道を歩いてゆくしかない。食料を運び上げる女性たち。

標高が低い斜面では、水田の裏作にカラシ菜が作られている。

ゴルカ付近から。空に浮かぶようにマナスル(8,156m)連山が見える。

手前に見える標高2000〜3000mの山地は谷底から山頂まで段々畑になっている。

ダンプス尾根の東斜面の棚田。中腹の集落はハンダウレ村で、

ダンプス村は尾根の上にある。マルディ川にはサギがいた。

登山者やトレッカーの憧れの地、地球の屋根ヒマラヤ。

そのヒマラヤを抱えるネパール。

「耕して天まで至る」と称される段々畑を耕して

多くの人々が生活を営む。面積は日本の4分の1ほど。

南北に長くはないが、ヒマラヤを頂点とする大きな標高差が

多様な気候をつくり出し、それ故生活も多様である。

そのネパールに20世紀後半から大きな変動が起きている。

森林破壊の急速な進行だ

冬沢 杏

ヒマラヤの図式

 ヒマラヤでは、人口増加にともなって森林破壊が進み、そのため、地すべりなどの災害が増加し、その土砂がガンジス川に流れ込んで下流のバングラディシュでは河床が上がり、水害の原因となっている。このような話を聞いたのは、もう二十数年前になる。

 タイのバンコクからカトマンズまで飛行機で飛ぶと、バングラディシュの上空では平野を蛇行するガンジス川のあちこちに大きな砂州ができているのが見える。インドとネパールの国境付近では、土石流が縦横無尽に谷を埋め尽くしているのが見える。カトマンズ空港に着陸のために高度を下げている飛行機は、頂上付近まで段段畑になっているカトマンズ盆地縁辺の山すれすれに飛ぶので、ところどころの崩れた斜面がよく見える。

 かくして、カトマンズに着くまでに、「ヒマラヤ森林破壊−バングラディシュ水害」説は、実証されることになる。NHKをはじめ、多くのジャーナリストやメディアが、発展途上国の環境破壊の例としてヒマラヤの例を紹介したのも当然だった。この説は北海道大学の小野有伍教授によってわかりやすい図にまとめられている。〈図1〉

 この「常識」に異論を唱えたのが、カリフォルニア大学の地理学者のアメリカのジャック・アイブスとスイスのブルーノ・メッセルリは1989年に「ヒマラヤのジレンマ」という著書で反論をおこなった。「ヒマラヤのジレンマ」では、@ネパールの人口増加はカトマンズなどの都市部や低地で著しくヒマラヤ山地では人口の増加はさほど大きくない、A段段畑の多くは、13世紀からのチベット系民族の南下とともに開かれたもので近年になって急激に増加したのではない、B山地の住民は森林の持続的利用を行っており森林破壊は大きくない。むしろ、トレッカーによるキャンプファイヤーのほうが問題だ、などの主張を行い、従来の説を真っ向から否定した。

 さて、そうなると、バンコクからカトマンズの間でみられる風景をどう説明したらよいのだろう?いままで、テレビや本で見てきた森林破壊や災害は幻なのだろうか?私たちのグループでは1998年から2000年にかけて、4回の現地調査を行った。

耕して天まで至る

 「耕して天まで至る」という言葉が最も当てはまるのはネパールの段々畑であろう。

 アンナプルナの麓にあるネパール第二の都市、ポカラはヒマラヤ観光に訪れる日本人が多いところだ。ネパールの首都、カトマンズからポカラへは、旧式の小型機が飛んでいる。機内の表記が漢字のものもあれば、スペイン語のものもある。世界各地の中古機を寄せ集めているようだ。

 晴れていれば右手にヒマラチュリやマナスルの連山が一望できる。カトマンズの北東側のエベレストをはじめ、中部のマナスル、アンナプルナ、ダウラギリ、さらにはインドのナンダデビを経てカラコルムのK2まで続く8000m級の高山はグレートヒマラヤと呼ばれる。〈写真2〉

 その手前に2〜4000mほどの山地があるが、この山地は、レッサー(小さいという意味)ヒマラヤ、あるいは丘陵・中間山地と呼ばれている。遠くからみると赤茶けたハゲ山のようであるが、目を凝らすと糸のように幅が狭い棚田と段々畑が谷底から山頂までつづいているのが見える。斜面のところどころには、数十軒の農家からなる集落が点在している。もちろん、山の上には水源はないし、ここまで木がなければ、地下水の涵養も期待できない。つまり、この農地は天水だけで耕されていることになる。

 日本をはじめ、中国南部、フィリッピン、インドネシアなど、アジアのモンスーン地帯では、山の斜面に棚田を作ることは多いが、殆どが灌漑耕作である。このように天水だけで耕作をするのは、この地域での雨量が多いからである。インド洋からの暖かい湿った風が山にぶつかるこの辺では、年間雨量は日本の2〜3倍の4000oほどあり、それが5月から9月にかけて集中的に降る。

ポカラの棚田

 日本は国土面積の狭さにかかわらず、南北に長く伸びる列島のため、北海道の寒帯気候から沖縄の亜熱帯気候まで多様な気候を持っている。ネパールの面積は日本の4割ほどであるが、ここの気候もバラエティーに富んでいる。その理由は大きな標高差にある。標高が百数十メートルほどの、南のインドに接するタライ平原は湿潤熱帯であるが、わずか150キロほど北には8000メートル級のグレート・ヒマラヤがありそこは北極や南極と同様な氷雪気候である。その中間地帯の丘陵の気温はほぼ高さによって決定される。この気候の差は、居住民族にも影響を与えている。低地では、インド系の民族が優勢であり、中間山地では、インドアーリア系のヒンズー教徒と、ビルマチベット系の仏教徒は混在している。しかし、高所へ行くと、チベット系民族が主体となる。もともと、暑い平野から登って来たヒンズー教徒には、寒い山岳気候は耐えられないのだろう。川喜田二郎は、水浴を宗教的な習慣とするヒンズー教徒には、寒くしかも水汲みが大変な山の生活はできないのに対し、寒さになれていて、また体を洗う習慣が無いチベット系はヒマラヤの生活に適合しているとしている。〈図 2〉

 ポカラ盆地の緯度は日本でいえば、沖縄に相当する。標高800mほどしかないので、冬でも暖かい。ポカラ周辺の気軽なトレッキングルートとして人気があるのが、ポカラ盆地の北端のフェディ部落からスタートして、尾根伝いに標高1800mのダンプス村まで行って帰ってくる一泊二日のコースである。このダンプス尾根の東側の谷から見上げると、谷底から尾根まで標高差にして八百メートル近い急斜面が一面の段々畑になっている。

 標高の低いところはケットと呼ばれる水田になっている。ケットには、川沿いの低地のものと、そこから上の斜面に作られた棚田がある。冬の裏作には、ケットではトウモロコシ、小麦のほか、カラシ菜(菜の花)などが作られているが、裏作をおこなわない水田も多い。カラシ菜は谷底の田では作られず、むしろ、標高がちょっと高いところで作られていた。多分、谷底よりも逆転層の上部にあたる斜面中腹のほうが気温が高いせいだろう。「裏作の増加で、冬の間に放されていた家畜(水牛、羊)が、放されなくなったので、その排泄物がなくなり、土地がやせた」という報告がある一方、「裏作は労働力不足で減っている」との矛盾した報告があるが、われわれが見た限りでは、裏作は減少しているように思われた。

 このケットの上部に集落がある。集落が斜面の中腹に作られたのは、水害をさけるという意味もあったが、低地ではマラリアの危険性があったということらしい。地中海岸のイタリアやスペインでも、古い集落は山の上にあるのも同じ理由である。なお、人口増に伴ってできた比較的新しい集落は、低地にあることも多い。このような新しい集落が土石流の被害を受けているケースを散見した。以前に長野県で土石流被害の調査をしたときに、古くからの集落は、被害が少ないのに分村では被害が多かったことを思い出した。過去の被害の伝承は防災では重要なのだ。

 集落の上のパッコと呼ばれる段々畑ではトウモロコシや雑穀が作られている。標高2000メートルを越えると、トウモロコシは作られなくなり、雑穀やジャガイモを作っているようだ。パッコでは、単作が多いが、トウモロコシと雑穀の二毛作を行っている畑もある。

 パッコよりもさらに上部には、コーリアと呼ばれる輪作をおこなう畑地がある。これは、3年、ないし5年に一度、雑穀を作るがあとは休耕されている畑地で、かつて行われていた焼畑農業のなごりとも言われている。また、集落から離れた斜面にもコーリアは作られていた。生産性が悪いコーリアは、第一次世界大戦中の労働力不足で放棄され、現在ではあまり残っていない(アディカリ、1996)といわれるが、南(2000)によれば、現在でも「マハーバラート山脈の標高500から1500m一帯では、マガル族とチェバン族が斜面全体に広がる大きく焼畑を毎年作っている」とのことである。

 農家は斜面の中腹にあることが多いので、耕すためには数百メートルも登ったり降りたりすることになる。したがって、農民が裸足にゴム草履で、大きな籠を背負って昇り降りしている横を重装備で固めたトレッカーが歩くという風景がみられる。トレッキングツアーでは、ポーターを雇ってツアー客の荷物を運ばせることも多いが、ポーターの多くもゴム草履である。もっとも、エベレストのそばの奥地からでてきた女の子に聞いたら、ゴム草履で標高六千メートルの峠をこえてチベットまで交易にいくそうなので、山地民にとっては、数百メートルくらいは登るうちに入らないのであろう。

森林の破壊

 ネパールの森林率は29%である。1960年代には、45%であったのが、1980年には37・4%に下がり、現在でも低下しつづけている。日本の66・2%、隣国のブータンの66%から見ればかなり低い数字である。

 ネパールでは、燃料はほとんど、タキギに依存している。カトマンズ市内では、プロパンガスも用いられているが、農村ではまず薪を使っている。ネパール全体のエネルギー需要の75%が薪でまかなわれているという。木炭はほとんど利用されていない。一人当り、年間546・2qのタキギが使われるという調査があるので、これだけでも、膨大な量が使われることになる。

 森林面積あたりの木材伐採量をアジア諸国で比較すると、バングラディシュ、パキスタン、インドについで多い。また、伐採された木材が燃料として使われる率はバングラディシュに次いでいる。つまり、ネパールでは、燃料のために過剰な採取が行われていることがわかる。〈図 3〉

 煮炊きが燃料の消費で最も大きい。ネパールでは、暖房は日本人の感覚ではかなり寒くても行われない。高山の集落では、囲炉裏で暖を取っていると思うが残念ながらまだ実態を把握していない。ロキシーとよばれる蒸留酒はネパールの名物である。特に、高山地帯では寒いためか、よく飲まれるようだ。ロキシーの原料はヒエなどの雑穀だが、この生産にも多量のタキギが使われている。100キロの雑穀からロキシーを作るのに、500キロ近いタキギを必要とするという。山間のグルン族やシェルパ族にとってロキシーの販売は貴重な現金収入源となっている。しかし、これらチベット系民族による酒類の販売に対して、ヒンズー教徒は抵抗感を持っているという報告もある。〈図 4〉

 1964年から1978年における森林の減少は、ネパール全土では、5・7%であったが、シワリーク丘陵では15・5%、タライ平原では24・4%に達した。この反面、丘陵・中間山地では、1・8%の増加すら見られる。

 森林は80年代以降さらに減少したといわれ、タライではすでに森林の6割以上が失われた。ネパールを長い間、フィールドとしてきた川喜田二郎によると、森林に対する考え方はインドアーリア系民族とビルマチベット系民族で異なるようだ。前者は森林を収奪する対象としか考えていないのに対し、後者は持続的な利用を伝統としていると川喜田はいう。これも、森林破壊の地域差の一因になっているようだ。森林の自然更新量と伐採量を比較するとタライとカトマンズ周辺で伐採量が上回り、森林破壊が大きいことがわかる。タライでは、マラリヤの撲滅に伴い、農業開発が行われた影響が大きい。他地域で食えなくなった小農の移民のほか、インドからの移民、最近では、ブータンの文化民族化政策に伴ってネパールに戻ってきた難民などの人口増加が著しい。また、インドで迫害されているムスラム教徒も流入しているようだ。

 これらの移住者は、国が指定した入植地以外で不法占拠している例も多い。バイワラ付近では、河川敷に掘建小屋を作っているケースがかなり見られた。また、これらの不法占拠者は、森林を開拓して農地を作っているため、森林破壊の大きな原動力になっている。(次号につづく)

図1:ヒマラヤの図式

(小野有五:「ヒマラヤで考えたこと」岩波ジュニア新書より)

図 2:ネパールの地形区分

集落の周辺には、タキギや家畜の餌にする葉をとるための共有林がある。森林の上側にある耕地はコーリアと呼ばれる休閑耕地で焼畑の名残ともいわれる。

図3:アジア各国の伐採量と燃料化率。

多くの国で森林資源の多くが燃料に利用されていることがわかる。

図4:森林自然更新量/薪伐採量(県別)

カトマンズ周辺とタライ東部では、薪伐採量が自然更新量を超えており、森林破壊が進んでいる。

タキギを運ぶ少女。

不法占拠キャンプ:バイワラ付近の河川敷で。土石流が起きると犠牲者が出やすい。

不法占拠キャンプ:シアリーク丘陵にて。周辺の森林を開拓して農地を作っているが、土石流を引き起こしていた。

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