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科学と社会のインターフェイスのために 1) 科学技術社会論のすすめ -- 藤垣 裕子

科学と技術と社会のインタフェイスのために@

科学技術社会論のすすめ

藤垣裕子

 本誌の題名「Nature Interface」とは、自然との境界、という意味であるから、先端科学技術と自然、自然と人間、あるいは社会、などさまざまなインタフェイスが関心領域となろう。このうち、この連載では、科学技術と社会のインタフェイスにおいて発生する問題を扱う「科学技術社会論」という研究領域を紹介したい。

 その中では、先端技術分野を含めた科学技術の専門家はどのように社会にコミットしていくことができるか、また異分野はどのようにして協同可能か、および市民社会との共同によって生じる問題は何か、その解決には何が必要か、などの問いも扱うことになる。これを数回のシリーズで考えてみるのがこのコラムの目的である。

「公共空間における意志決定」

のために

 現在、科学技術と社会との接点では多くの課題が発生している。

 例えば、遺伝子組み替え食品の規制をどうするか、ヒトの胚を使っ た実験をどこまで許容するべきか、地球温暖化問題にどう対処していくべきか、といった問題である。これらへの対応には、その影響が個人や一企業というより社会全体に及び、しかも産学官のようなセクターの枠を超えて解決しなくてはならない、という意味で「公共空間における意志決定」が必要になる。

 これらの意志決定においては、科学者と市民との情報交換や対話が欠かせない。その対話においては、科学者はどこまでの情報提供をすべきか、科学者にも答えが出せない不確実な問題に直面したとき、科学者は何をすることによって社会的責任が果たせることになるのか、市民に情報提供をするときの「わかりやすさ」とは何か、現場の暗黙知と科学者の知とはどのように協力していくべきなのか、といった問いが生じる。これらの問いを考えるのが、科学技術社会論(STS:Science, Technology, and SocietyあるいはScience and Technology Studies)である。

 今日の科学技術の発達はめざましく、たとえば遺伝子組み替え食品の例にみられるように、長期的には科学者にも答えをだせない問題が発生しつつある。遺伝子組み替え食品がどこまで安全なのかについては現在、「実質的同等性」という概念を用いて、現存する食品と機能が一致すれば安全、という言い方がされている。しかし、長期にわたる摂取の健康への影響などになると、食品を対象とした疫学調査でもやらない限り、結果は予測できない。このような長期的影響が科学者にも予測できない状況で、何らかの公共的意志決定を行う必要がある、つまりその製品を市場に流通させていいのかどうかを決定しなくてはならない。これが、現代の科学技術社会論において研究対象となっている事例の一つの典型である。

 科学者が確実な予測を行えるなら、科学的妥当性に基づいた「科学的合理性」にのっとって、公共の判断もつけられよう。しかし科学者にも予測がつかない問題を公共的に解決しなくてはならないときには、科学的合理性は使えなくなる。それに代わって、「社会的合理性」というものを公共の合意として作っていかなくてはならない。公共空間における専門家の役割は、再定式化されなくてはならないのである。

何が焦点となるのか?

 これらの問いを扱っているのが科学技術社会論である。これらを研究対象とするとき、いったいどのような方法論が必要となるだろうか。

 一つは、科学的合理性と社会的合理性を腑分けするための概念を作る理論的研究である。ここでは例えば、「科学的」というものが公共空間でどのように扱われるか、「科学的」をめぐって争われる論争、人々の何気ない認識のなかに無意識に潜り込む政治性、あたかも「客観的」の様相をかぶって流通する数字や標準規格に関する政治性、なども対象となる。こうして、科学技術社会論は広義の知識政治学と重なる。

 さらには、現在の科学者の専門主義がどのような機構によって支えられているのかを記述する社会学的分析、あるいはその数量的分析(科学計量学という。原語はサイエントメトリクスscientmetrics)が重要である。

 公共空間における合意形成を問題にする際には、関連政策文書分析、社会意識調査法による現状分析、社会的合意形成プロセスの国際比較研究なども用いられる。というのは、社会的合理性の形成プロセスの透明性や公開性、あるいは市民の参加の程度、専門家委員会の委員の選定の透明性やその報告書の作成および意志決定への利用プロセスの民主性も対象になってくるためである。

 二〇〇〇年九月末には、国際科学技術社会論会議と欧州科学技術論会議のジョイント・カンファレンス(4S/EASST会議)がウィーンで開かれ、上記のような公共空間での問題解決、科学技術と民主主義をめぐって、これらの方法論を用いたさまざまな角度からの分析例の紹介と議論が行われた。特に欧州のメンバーの間で、遺伝子組み替え食品の規制をどうするのか、行政主体の意志決定に対し市民が信頼できるエージェントをどのように獲得するか、あるいは欧州連合としての対応と各国の対応とのずれをどうするのか、等が議論された。これらは、「科学と外交」といった広い視野の問題提起をも含むものである。

専門家集団と社会とのズレを

解明する

 科学技術の社会への影響をめぐっては、「科学者の社会的責任」というものが問われて久しい。日本において唐木順三にはじまるその社会的責任に関する叙述はしかし、「嬉々として原子力開発に挑む科学者に反省の色はない」というような、研究への没頭と倫理観の欠如との並列の指摘が主であった。唐木の時代の責任論は主に物理学者に対するものであったが、現在は上記の例に見られるように、物理学に限らず、生命工学(バイオテクノロジー)関係の諸科学、温暖化予測に関わる科学の諸分野、と対象領域も広い。かつ、研究への没頭と倫理の欠如をただ責めるだけに終わるのではなく、社会全体としてそれをよい方向に改善するためには、どういうしくみが必要か、についての展望が必要となる。そのためには、現在の科学者の専門主義がどのような機構によって支えられているのか、そして市民と科学者の間に生じているコミュニケーションギャップが、この専門主義維持機構のどこと抵触することによって生ずるのか、などを探求しなくてはなるまい。その探求をもとに、相互理解を促進し、両者をブリッジすることも必要となってくるだろう。

 市民との関係においては、「 わかりやすければ」それでいい、わけではない。専門誌共同体のなかでの切磋琢磨から一歩離れて、その情報の一方的公開(科学者→市民)なのではなく、専門誌共同体の問題設定が、社会の問題意識とどうずれているか、を認識することも重要となろう。科学者の社会的責任論を展開しながら、その責任を果たす回路をつくってこなかった日本の社会(今、そのような回路は、行政主体の専門家委員会への参加と市民コンセンサス会議への参加と、メディアへの発信以外にはないのだ)において、他に回路を作る道はあるだろうか。

●  ●  ●

 このような問いを追求する学問が科学技術社会論である。広く知の社会的責任に関わってくるこの領域の問いは、自然科学・人文社会科学の区別を問わず、どの専門領域の仕事にも大なり小なり関係が生じてくる。気掛かりではあるが専門領域のメインタスクからは少々ずれているために今まで体系的に扱われてこなかった領域、あるいは各分野の人々が個別に論じ、相互に枠組みを共有してこなかったがゆえにいまだ見通しの悪い領域、そこに科学技術社会論のリサーチクエスチョン群がある、といっても過言ではないだろう。

 では具体的にこれらのリサーチクエスチョン群をどのように扱っていけばよいのだろうか。次回以降、まず科学技術者集団の特徴とそれによる市民社会とのコンフリクトを扱う。続いて科学・技術のなかでの異分野摩擦を考え、また専門家と市民と行政の三者関係を改善していくしくみとしてのサイエンスショップ(科学相談所)やコンセンサス会議について考えてみよう。

藤垣裕子 ふじがき・ゆうこ

一九六二年生まれ。 東京大学教養学部卒業、同大学院総合文化研究科広域科学専攻博士課程修了。Ph.D. 同大学助手、科学技術庁研究所を経て、現在、東京大学助教授(大学院総合文化研究科広域科学専攻/広域システム科学系・情報図形科学)。専攻は、STS(科学技術社会論)、科学計量学。著書に『科学を考える』(共著、北大路書房)、『科学計量学の挑戦』(玉川大学出版会)ほかがある。

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