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[巻頭対談] 情報技術の功罪をとおして未来を語る -- 月尾 嘉男+板生 清






[巻頭対談]

情報技術の功罪をとおして

未来を語る

IT社会をつくるためには多様性と柔軟性が必要だ

月尾嘉男+板生清

板生清[いたお・きよし]本誌監修

月尾嘉男[つきお・よしお]

Dialogue Tsukio Yoshio+Itao Kiyoshi

一九四二年愛知県生まれ。東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程修了。

都市システム研究所所長、余暇開発センター主任研究員、名古屋大学工学部教授を経て、

東京大学大学院新領域創生科学研究科教授。システム工学、人工知能専攻。

丹下健三研究室でボローニャなどの都市計画に参加、世界デザイン博覧会施設計画プロデューサーを務める。

デザイン分野でのコンピュータ応用の草分け。

主な著書・共著に『装置としての都市』『情報化時代のビジネス環境』『ポスト情報社会の到来』

『原典メディア環境1851-2000』などがある。

板生─月尾先生はカヌーがご趣味ですよね。

月尾─はい。隔週程度で週末は国内の海や川に出かけています。

板生─海外にも出かけられるのですか?

月尾─海外は事情が分からないのででかけません。国内でも生と死が紙一重という場面があるので、海外へ行く度胸はありません。

板生─ネイチャーインタフェイスをまさしく体現なさっておられる月尾先生に、情報技術についてお聞きするのはうれしいことです。ところでいまの日本のITについては、なにを一番の問題として捉えるべきですか?

日本における情報技術の重大局面

月尾─IT社会を実現するためには、三つの重要な分野があると思います。一つは、個人がITにアクセスできる手段をもつこと。コンピュータ、携帯電話、PDAなど、いろいろな種類がありますが、それらが個人に普及しなければいけない。二番目は、それらがすべてネットワークにつながっていなければならず、端末を接続するネットワークが要る。この二つが整備されればIT社会の基盤ができるので、最後に、それらを使ってIT社会そのものを実現しなければいけない。

それぞれの分野で、日本の人口当たりの普及を調べてみますと、コンピュータの人口当たりの普及は世界の二十番前後。携帯電話も、iモードのような、インターネットに接続できる携帯電話は日本でしかサービスしていないので進んでいるように見えますが、量的な普及では十九番目程度、インターネットも人口当たりの普及では二十番前後です。IT社会をつくるための社会基盤では、日本は先進国どころか後進国という状態です。

板生─今年の一月、森内閣が発表したeジャパン構想が進んで、今後五年間で高速インターネット大国になるべくいろいろな予算がつぎ込まれているので、追いつく可能性は十分あると思うのです。しかし、それを使って新しい社会をつくるという点で日本は弱いですね。

月尾─海外のシンクタンクのおこなったものですが、eコマースが、それぞれの国の経済をうまく牽引しているかについて、四千人ほどを対象にしたアンケート結果があります。日本は四十七カ国中三十一番です。

日本はIT社会の基盤整備も遅れているけれども、そのIT基盤を使った新しい社会をつくるという面でも遅れてしまっている。ここをどのように変えていくかということが重要です。僕は情報ハコモノ主義と言っているのですが、光ファイバー網を張り巡らすとか、情報端末を普及させるという分野には力が注がれているけれども、どういう社会をつくっていくのかというあたりが見えていない。

板生─情報投資といっても、どういうふうに効率的な経済とか社会をつくるかということに関しては、なかなか知恵が回らないという感じですね。

月尾─ええ。これから情報関係に資金を使うというときに重要な要件は、結果として多様であるということを目指すことだと思います。

これまでの国の予算の配分は、大きな枠組を決めて、そこへ集中投資するという方式でした。たとえば、ナノテクノロジーが重要だというと、そこへ資金が集中する。しかも、そのナノテクノロジーも分野を限定して、製造業の分野でナノテクノロジーの利用とか、材料の分野でナノテクノロジーの応用というような枠を決める。もちろん、限られた資金でブレークスルーしなければいけないときには、ランチェスターの法則に従って一点突破が必要ですが、最近のように、資金も豊富になった状態で考えると、個人の自由な発想に任せるということが重要だと思います。

板生─アメリカは昨年一月、クリントン大統領の諮問機関であるPITACが中心に科学技術に関する政府案を発表し、莫大な予算をつけました。そのひとつが月尾先生の指摘されたナノテクノロジー。もうひとつは、インターネットの第二段階で数兆台のデバイスを接続するようになり、コンピュータがセンサや無線モデム、GPS端末などで現実世界とやりとりできるセンサ端末です。それらが単一チップのサイズに縮小され、日常使われる物のなかに埋め込まれてもユーザーはその存在にすら気がつかないわけです。

つまり、私が一九九一年から提唱してきたネイチャーインタフェイスという概念が現実化し、アメリカでも真剣な対応が始まったわけです。日本でも端末センサとインターネットが重要だとして、電気通信技術審議会が、ネイチャーインタフェイス85の重要開発プロジェクトのひとつとして提示しています。スーパーインターネットプロジェクトのもとで、二〇〇〇年からわずかですがネイチャーインタフェイス研究のサポートがようやく始まりました。

ところが日本では、ナノテクノロジーの時代だとして、ナノテクノロジーという技術のみに予算をつけて突っ走ってしまう。日本は技術のみでなくその応用、サービス、クリエーションを企画する人間を育てるべきです。

月尾─日本がやらなければいけないのは、年配者はなるべく判断に参加しないで、若い世代に判断をゆだねるということです。

これは極端な例かもしれませんが、アメリカが一九五七年のスプートニクショックで打ちひしがれ、何とか科学技術の分野でソ連を追い抜かなければいけないということになり、DARPA(国防省高等研究計画局)の中に情報科学の研究開発を促進するための部署がつくられた。その初代部長はJ・C・P・リックライダーというMITの認知心理学の教授でした。

そもそもコンピュータの専門家ではない人物に予算配分をゆだねたのですが、二年後に交代するときに、リックライダーは、後任に、当時、二十六歳のMITの大学院生を推薦した。これが後に有名になるアイバン・サザーランドです。例えてみれば、日本の文部科学省の科学政策局長に二十六歳の大学院生を就任させろということです。さすがのアメリカも、その時は躊躇したのですが、結局、リックライダーが推薦するならやらせてみようということになった。

結果として、彼は能力を発揮して、全米のコンピュータサイエンスの俊英に次々に予算を配分した。現在のアメリカのコンピュータサイエンスを支えている人物の大半は、サザーランドが予算をつけた人たちです。次の時代の科学だから、次の時代の若者に任せようという発想が成功した。それを参考に、日本も新しい世代に決定権をゆだねたらどうかと思う。

もう一つ、日本は追いかけるということでも、失敗している例がたくさんあります。代表的なものは、メインフレーム・コンピュータでIBMを追いかけるという政策です。

板生─日の丸コンピュータですね。

月尾─当時は多数の企業がコンピュータを開発していたのに、わざわざ六社に絞って、他の企業には大型コンピュータの開発をやらせないというような方針で進めた。

板生─松下などは撤退しましたね。

月尾─どのような結果になったかというと、たしかに、IBMが目標として存在していた時代には格差が狭まってきたが、八〇年代後半になって、目標であったIBM自体が、ワークステーションやパーソナル・コンピュータの会社に負け始め、新興企業が次々と出てきた。ところが、日本は馬車馬のごとくIBMを追いかけてきたから、そのような新しい動向がまったく目に入らない。その間に、世界はメインフレーム・コンピュータからワークステーションやパーソナル・コンピュータの方向へ移行してしまい、日本は出遅れてしまった。

板生─そうでした。ただ、いまの時代というのは、インターネットを通じてだれでも、どこでも、市場に参画できるという時代になりつつある気がします。その方向をもっとほかの分野に向ければ、二十一世紀はうまくすればおもしろい世界が展開するのかもしれません。

月尾─そのとおりです。それに関連してもうひとつの例としてスーパー・コンピュータがあります。日本が目標としたのはクレイで、大変な努力の結果、富士通やNECなどのスーパー・コンピュータが、能力的にも、商売上でもクレイを追い抜くということになったのですが、そのときにアメリカは、ある程度はクレイも支援したけれども、大幅に方向転換して、多数のパーソナル・コンピュータをネットワークで接続し、スーパー・コンピュータ以上の能力を発揮させるネットワーク・コンピューティングを目指した。ところが、日本は変化に気がつかずに、スーパー・コンピュータ路線を突進してきた。アメリカは、スーパー・コンピュータを切り捨てる代わりに、ネットワーク・コンピュータのソフトウエアを一気に高めた。結果は、そのほうが性能も向上し、板生先生がおっしゃったように、一般の市民も参加できるようになった。

たとえば新薬がエイズに効くかどうかをコンピュータ・シミュレーションできるソフトウエアを開発して、多数の関心がある人々にソフトウエアを渡す。そうすると、個人のパーソナル・コンピュータが空いている時間に計算をする。たしかにスーパー・コンピュータはパーソナル・コンピュータの千倍ぐらいの能力はあるが、一万台のパーソナル・コンピュータが連携すれば、一台のスーパー・コンピュータの十倍の能力をもつことになる。大事なことは、板生先生がおっしゃったように、特殊な人々が科学研究をするのではなく、多数の国民が関心をもつという仕組みをつくっていくということです。多様な情報が必要だというときには、そのような戦略が重要だと思います。

環境と情報そのものが

科学にとって重要な時代

板生─創刊号で、吉川元東大総長にインタヴューさせていただきました。そのとき吉川先生が、いわゆる科学はいままでは国家のためというか、科学のために科学があった。ところが、これからは人々のために科学はあるべきだとおっしゃった。月尾先生がおっしゃるように、とにかく一握りの人たちが知識を占有して、一握りの人たちに支配されるのではなく、大勢の人が知識も通信手段も共有する、そういう社会がやはり民主社会をつくり、一つの大きなフレキシブルな社会を形成するような気がします。

月尾─転換が必要なのは、このネイチャーインタフェイスが進めておられる分野と密接に関係するのですが、環境が科学の巨大な対象になってきたことです。そして情報自体も重要な分野になってきた。共通するのは、どちらも少数の専門家が取り組むだけでは対応できない課題ということです。

たとえば環境という対象は、あらゆる場所で条件が違う。専門家は特殊な環境、たとえば湿地とか、深海とか、高山とかだけを研究する。それは、少人数で研究する時代は必要な選択であったと思いますが、現在では、あらゆる環境の保全を考えなければならない時代になった。専門家が普通の小川を研究するとか、野原を研究するということはない。そこで、一般の人々が身近な環境に関心をもって研究する必要がある。その水準はノーベル賞級である必要はなく、毎週一回は小川の水質を計測するとか、水棲昆虫を観察するという継続的な仕事が中心である。

板生先生が吉川先生の話を紹介されたように、あらゆる人が自分の周辺を科学の目で見るということが、環境の問題では重要になってくる。

もう一つは、情報を創造する分野です。情報の基本は相違があるということであって、同じものを二番目に創っても価値がないという構造をもっています。その情報を創るのには天才も必要だが、一人では能力が限られている。そうすると、ここにも、多数の人々が参加して、多様な発想で情報を創るということが大事になってくる。

二十一世紀の人類が挑戦しなければならない問題は環境と情報だと言われていますが、どちらも対象の性質からして、多数の人々が参加する体制が重要になってくる。だからこそ科学の仕組みを変える必要が出てきた。

板生─環境問題を人々が理解できるようにするには、どのようにしたら科学というものに対して市民に興味をもってもらえるのか。ソリューションビジネスとか、ソリューションエンジニアリングなどで表されるソリューションという言葉が世の中でいま、大変期待されています。私もこの雑誌ではいかにソリューションというものをもち込めるか、ということを考えているのです。

まず、情報機器というものがどんどん小さくなっていく。机の上を占領するような大きさだったものが、いまボタンぐらいの大きさになりつつある。これだけ変わってくると、弁証法的にいっても量から質への転化で、ある意味では、もう本格的に変わってしまったわけです。一方、地球環境の保全が難しくなってきている現状があります。そういう中で、実際におこっていることを調べるための手段として何があるかと考えると、やはり情報センシング技術や、インターネット、それから情報端末だったりするわけです。

このようにソリューションとして、環境問題にうまく適合させる情報技術を提供しうる雑誌をめざしています。

もう一つ欲張っているのは、文理融合という言葉を使っているのですが、やはり、どうしても技術系の人と文系の人とがあって、たぶんレオナルド・ダ・ヴィンチぐらいのころからだんだん分かれてきたもので、それまでは人間はみんな何でもやっていた。だから、ある意味ではそういうところへもう一度戻る必要もあるのではないか。ふっと自分が自由になったときにはそこへ戻るというような、そういうような形になんとかならないと、発想が豊かになっていかないんじゃないか。文理融合、環境問題、情報技術ということを三つの柱にしよう、そういう考えに立っているんです。

月尾─的確な考えだと思います。それぞれに関係することで、重要だと思うことを申し上げさせていただきます。

現在、世界の政治が、分権的な制度へ転換し始めている。日本でも中央集権制度が百三十年間続いてきたけれど、急速に分権に転回しはじめている。それでは分権というのは何をもたらすかというと、主権在民です。国民一人一人が政治や行政に責任をもって参加する体制になるということです。

具体的に言うと、以前は道路の建設は国が計画し、予算を準備し、工事も管理してくれた。たまには反対する人々もいたけれど、ほとんどの場合、住民は関心をもたなくても道路は建設されてきた。ところが、主権在民の時代になると、だれも道路は計画してくれない社会になり、われわれ自身が、ここに道路が欲しいとか、ここに公園が欲しいということを意思表示する必要がある。その要求が情報公開され、公開の場で討論され、最後に地方議会で必要だということになると、県庁などの行政組織は、その道路なり公園を、最も早く、最も安く実現するために努力するという仕組みになる。そうすると、われわれは、行政や政治に関心あるなしにかかわらず、社会の様々なことに関心を持たなければいけない。

実例として、徳島県知事から六名の委員が指名され、吉野川可動堰の建設の是非について検討する委員会ができた。委員長は工学部出身ですが、あとは一般の人でした。それらの委員は、建設省が複雑な式で計算した雨量や流量についての報告書を理解しないといけないことになった。それまで小説しか読んだことのなかった人が、その報告書の内容が正しいのか間違っているのかを判断しなければいけない。

板生─それは大変ですね。そういうことが、次々とこれから起こってくるわけですね。(笑)

月尾─たとえば、地球温暖化についての対策を議論するためには、温暖化について自分で理解しないといけない。中央集権の時代は、だれかに任せておけばよかったけれども、地方分権になり主権在民にまでなると、われわれは、あらゆる身の回りのことを理解するということを要求される。これは大変なことです。多くの人が苦手とする科学や技術の分野を、一般の人々も関心をもち理解しないとこれからの政治や行政は動かなくなってくる。

第二の環境についてネイチャーインタフェイスに期待したいのは、環境問題が相当に深刻な問題であるということを、多くの人々が理解するための支援をすることです。もちろん、まだ科学者の間でも意見が統一されているわけではなく、アメリカなどには、現在の地球温暖化の議論は間違っていると言っている学者もいますが、ある程度の知識がある人々が重要な問題であると理解できるような説明をするということが大事だと思います。

ITの新たな役割とはなにか

板生─二〇世紀が終り二十一世紀がスタートしたわけですが、地球環境問題、高齢化社会問題と多くの課題が出てきました。そしてそれと軌を一にするようして、情報技術において端末のマイクロ化とインターネットの拡大などの新技術が出現しました。

月尾─僕もITというのは絶妙なタイミングで出現してきた技術だと思っています。どういうことかというと、地球温暖化というような問題の原因をたどっていくと、直接は、石油や石炭などの化石燃料を大量に使うようになったことですが、さらにたどると、人間が開発した技術自体に元凶があるということに気づきます。技術というのは人間の生活の水準を向上させ、仕事の効率を向上させるという効果はあったのですが、問題は、同時に資源の消費とエネルギーの消費を増大させるという仕組みでもあったことです。これが、これまでの技術に共通する特徴です。

自動車は人間が走るよりも数十倍の速さでの移動を可能にしてくれるけれども、エネルギーは人間に比べて何百倍も使うという技術です。

この特徴は、資源や環境に余裕があった時代には問題にされなかったけれども、地球に余裕がなくなり、資源が限界に近づいてきたとなると深刻な問題になる、そのような時期に出てきた情報技術というのは、人間が手中にした技術のなかで初めて、利便性向上を実現するにもかかわらず、資源消費やエネルギー消費を減少させる可能性がある技術です。

板生─月尾先生がよくおっしゃる電子新聞の例もありますね。

月尾─そうです。紙の新聞を家まで配ってもらう場合と、電子新聞で記事を読む場合のトータルエネルギーを比較すると二十分の一です。しかも、日本で生産されている紙の十二%程度は新聞紙として使われていますし、新聞全体では五%近くが売れ残っています。

週刊誌は一五%が返本、月刊誌は二五%。単行本は四○%以上が返本です。余分に印刷されている新聞が五%とすると、毎日一千万部を発行している新聞の場合、五十万部を無駄にしている。五十万部という数字はローカル紙どころかブロック紙の発行部数ですから、膨大な無駄です。ところが、電子新聞の場合には理論上、無駄がゼロになる。

またテレコミューティングという仕事の方法が次第に普及し始めていますが、例えば、勤労者の三〇%が通勤しなくていいとなると、年間の二酸化炭素排出量の一・三%程度を削減できると計算されている。京都議定書では六%を削減することが日本の目標ですから、一・三%という数字は大変なことです。

細かい数字はともかくとしても、ITという手段は、従来の手段とはまったく違う性質の手段だということです。それを利用することが、自然に対して人間が引き起こした問題を解決する可能性をもつことだと思います。

板生─なるほど、ITは環境負荷を軽減するという一つの大きな効用がありますね。しかしさらに一歩進めると、ITはそれを応用することによって地球がどれだけ痛めつけられているかをセンシングすることができるということができます。したがって情報というのは二重の意味で環境に対して重要ですね。

ITは多様性を消滅させるのか、

そこにこそITの出番がある

月尾─もう一点、板生先生に頑張っていただきたいと期待する課題があります。ITが文化の多様性を消滅させていくということです。

板生─ああ、なるほど。テレビが普及したときに、東京も地方もみんな同じになってしまった。ITの光と影ですね。

月尾─服装も食事も同じになってしまった。さらに重要な多様性の消失が起こっています。言葉が急速に減少しているということです。現在、世界には六〇〇〇ほどの言語がありますが、このままの状態では、百年後に三百から六百ぐらいしか残らないと主張している学者がいます。

英語第二公用語論者などには、そのほうがいいという意見もあるわけですが、現実に英語など少数の言語が優勢になっていく。

板生─先生はアンチ英語公用語ですか?(笑)

月尾─僕は過激な反対派です。(笑)

出版の世界では、世界中の書籍の出版点数のうち英語が二八%で一位ですが、インターネットの世界になって、インターネットを使用している人の母国語は何語かを調べてみると五三%が英語です。英語が半分以上になってしまった。ところが、さらにインターネットで提供されているウェブの言葉を調べると八三%が英語です。二番がドイツ語の七%、三番が日本語で四%です。この勢いでいくと、英語など少数の言葉が大変な力をもつようになる。

そのような状況は利便性だけを考えれば結構なことですが、文化にとって重要な多様性というものが、ITによって急速になくなっていく可能性がある。これはなかなか困難な問題です。世界中が自由にコミュニケーションできるためには、共通言語として英語が普及したほうがいいという考え方もある一方、文化の多様性を人間全体として維持していこうということを考えれば深刻な問題です。この問題をどのように扱っていくかが、人類にとって重要な課題になってきたということです。

板生─通貨が限られるようになって、ドルで世界を支配したと同じように、言語で、英語で世界を支配するという結果になるわけですね。

月尾─なぜ生物に多様な種があるかと言えば、生存の確率を上げるためです。そうすると、肉体的な部分は種の多様性で保障されているが、精神的な部分を保障する文化の多様性が、ITによって急速に打ち壊されている。そこに気がつき、それを守らなければいけないと思います。個人的には、機械翻訳がいいと思っています。

僕が考えるということは日本語で考えるということで、思考というのは言語に支配されている。当然、日本語でしか生まれない発想があるわけです。それを伝えるために英語を勉強してもいいけれども、それだけの労力を使うよりは、アメリカ人には英語で伝わり、中国人には中国語で伝わるという技術のほうが大事であると思います。

板生─もうひとつの情報技術の出番ですね。本日は広範囲のお話をありがとうございました。ネイチャーインタフェイスも益々物事の本質(Nature)を深く考える雑誌にしてゆきたいと思います。今後とも月尾先生の絶大なるご協力をお願いいたします。

月尾─三号まで拝見しましたが、これだけ内容のある雑誌を発行し続けるのはすごいことだと思います。これからもユニークな誌面を期待しています。

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