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[特集] 自然・生命・人体の記憶 ― 三木成夫の生命形態学 -- 後藤 仁敏










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自然・生命・人体の記憶――三木成夫の生命形態学

後藤仁敏

生物のからだの進化史から、生命の謎を考えた三木成夫。

その異端ともいえる「生命形態学」は、他界後十数年、ますます静かな、深い広がりをみせている。

既成の体系からこぼれたものに目をそそぎ、文学的香りをもって説かれたその学問は、文理融合のすぐれた実例でもあるのだ。

既成の解剖学からの訣別

三木成夫氏は、一九二五年に香川県丸亀市に生まれ、丸亀中学(旧制)から岡山の第六高等学校をへて、戦後、東京大学医学部に入学する。卒業後、同大学大学院に進学、医学部解剖学教室の助手をへて、東京医科歯科大学医学部解剖学教室助教授となる。

 解剖学者として大成すると思われたが、東京芸術大学保健センターに医師として転出し、一九八七年に脳内出血で死亡するまで、勤務した。

 三木が、生前に出版した著書は、『内臓のはたらきと子どものこころ』(築地書館)と『胎児の世界』(中央公論社)のわずか二冊である。しかし、死後、五冊の著書が出された。彼の業績はその生前よりも死後において高く評価されている。

 三木の学問は「生命形態学」と呼ばれるが、その紹介の前に、その学問的・思想的源泉について述べよう。

三つの源泉

三木が学問的・思想的にもっとも強く影響をうけたのは、形態学の始祖・ゲーテである。彼は、大学院生時代に師事した冨永半次郎氏からゲーテを学んだ。

 彼は、ゲーテの「植物のメタモルフォーゼ」に習い、医科歯科時代の解剖実習において、学生への最終試験問題に「脊椎動物の原形が、人体の頭・蓿・胸・腹・腰の各部で、どんな変身(メタモルフォーゼ)を遂げるか」を出していた。そして、芸大時代には、「生の原形が、植物・動物・人間の三者でいかなる変身を遂げるか」を作品で表現することが、三木の生物学の課題となった。

 三木は、ゲーテ形態学を受け継いだヘッケルの反復説(個体発生は系統発生をくり返す)にも共鳴し、個体発生と系統発生の深い繋がりを究明することが三木形態学のテーマとなっている。

 三木形態学のもうひとつの源泉は、ドイツの比較解剖学である。ゲーゲンバウル以来の比較解剖学を日本にもたらした西成甫教授とその高弟・浦良治教授を三木は、深く尊敬していた。医科歯科時代に三木は、東北大学の浦教授のもとで、学位論文となったオオサンショウウオの脾臓の血管の発生の研究を行なったのである。

 三木形態学の三つ目の源泉は、アメリカの古生物学である。三木は、井尻正二氏や田隅本生氏から古生物学について学び、グレゴリー・ローマー・コルバートらの著書を読み、その内容をむさぼるように吸収して、自らの形態学を完成させた。それは、三木の形態学のテーマを、系統発生(三木によれば「宗族発生」)という地質学的時間のスケールのなかでの生物進化の追究とすることに向かわせた。

 三木形態学の根底には、これらの自然科学のほか、冨永半次郎氏から学んだ釈迦の仏教思想、千谷七郎教授と共に学んだクラーゲスの生命哲学の思想がある。今回は、それらまではふれないことにするが、三木の思想を理解するにはこれらについて深く知る必要があることを指摘しておきたい。

 ゲーテ形態学、ドイツの比較解剖学、アメリカの古生物学という三つの源泉を受け継いで成立した三木形態学の世界について、その著書の紹介を中心に以下に解説しよう。

「生命記憶」

三木が生前に著した本のうち、もっとも有名なのが『胎児の世界―人類の生命記憶』(中央公論社)である。中公新書という読みやすい大きさの本で、三木形態学の入門書として、もっとふさわしい。

 本書は、彼がこれまで進めてきた脊椎動物の比較発生学的研究をもとに、人間のからだとこころに刻まれた生物進化の歴史、すなわち「生命記憶」について述べたものである。

 I章の「故郷への回帰」では、椰子の実と正倉院御物展についての個人的体験から、日本人の先祖が「海上の道」と「絹の道」の二つの道を通ってきたことが示される。その記憶は、玄米食と母乳の味の経験から、出産の際にほとばしり出る羊水破裂と二重写しにされる古生代デボン紀の脊椎動物上陸のドラマと、水中卵から陸上卵をへて着床卵に至る進化の歴史の解説から、ついには「母なる海」の塩の結晶までおよぶ。

 II章の「胎児の世界」では、その生命記憶、すなわち脊椎動物の上陸史が、ニワトリの卵のなかでの血管系の発生と、ヒトの顔面の初期発生で象徴的に再現されることが明らかにされる。とくに、受胎三二日目から三八日目までのヒトの胎児の顔面のスケッチ(次ページ)は、画期的な業績であり、本書のハイライトとして圧倒的な迫力で私たちのこころを揺さぶる。

 III章の「いのち波」では、この生命記憶の根源が、ゲーテの植物メタモルフォーゼを発展させた「食と性の位相交替」として示され、宇宙リズムに呼応する内臓波動としてとらえられた後、「母なる海」への「永遠回帰」のいとなみに人類の進む道が求められる、と結ばれている。

 III章はやや観念的な傾向があり、これを嫌う人は、II章まで読まれれば、三木形態学の概要が充分に理解されるであろう。

人体に刻まれた生命の歴史

『生命形態学序説―根原形象とメタモルフォーゼ』(うぶすな書院)は、三木の死後出版された三冊目の本で、三木が医科歯科時代に書いた『高校看護・基礎医科学』(メヂカルフレンド社)の一部「解剖生理」が収められている。原著は、三木の最初の著書で、三木形態学の原形が描かれたものといえる。

 この本で、三木は、これまでのどの解剖学の教科書とも異なる順序で、人体の構造と機能を解説している。それは、アリストテレスとザビエル=ビシャーにしたがって、人体を構成する諸器官を、栄養―生殖にたずさわる植物性器官と、感覚―運動にかかわる動物性器官に二分する。そして、機能により、前者を吸収系(消化・呼吸系)・循環系(血液・脈管系)・排出系(泌尿・生殖系)に、後者を受容系(感覚系)・伝達系(末梢・中枢神経系)・運動系(筋肉・骨格系)に分けて述べている。初めに、生物とはなにか、植物と動物のちがいを述べ、最後に、人間と動物のちがいについて、ゲーテの問に答えるかたちで、それは人体に刻まれた生命の歴史について学ぶことであると、結んでいる。

「解剖生理」は、看護婦をめざす高校生のために書かれたもので、分かりやすく、三木形態学の原形を知ることができる。

 また、本書には、その後に書かれた「生命の形態学」の一部と、「解剖学総論草稿」の一部、さらに芸大の講義などのために描かれた三木成夫シェーマ原図とその解説も収められている。

自然史的な人体観

『ヒトのからだ―生物史的考察』(うぶすな書院)は、三木の死後出版された五冊目の著書で、三木が医科歯科時代に執筆した、小川鼎三編『原色現代科学事典 6人間』(学習研究社)の一部「ヒトのからだ―生物史的考察」が収められている。

 本書では、教科書という制約から解放されて、三木は自由に人体の歴史を正面から論じている。まず、生命観の変遷から、生殖のリズム、西洋と東洋の自然観のちがい、動物体制の原形について述べ、つづいて植物性器官と動物性器官に分けてその歴史を解説し、最後に、クラーゲスの人間論により、こころ(心情)とあたま(精神)の対立が人間の宿命であると述べている。

 その各章を見ても、例えば消化系が「解剖生理」では従来の教科書のように口から咽頭、食道と胃、肝臓・膵臓と十二指腸、小腸、大腸の順に書いてあったのが、本書では歴史的に古い方から、腸から肝臓と膵臓、顎と胃、頬と臼歯、舌と手という順に書いてある。また、神経系では中枢神経系と末梢神経系を分けずに、古いものから脊髄と脊髄神経、延髄と鰓弓神経、小脳と内耳神経、中脳と視神経、前脳と嗅神経、の順で書かれ、最後に人類の感覚と観得について述べている。

 原著には、カラーの図と写真が載せられており、より分かりやすかったが、本書ではモノクロになっており、残念である。

「解剖生理」と「ヒトのからだ」は、のちに書かれた「生命の形態学」の原形となっているが、「生命の形態学」が未完になっているために、初期段階ではあるが、三木形態学の体系を確立したものとして、貴重なものとなっている。

「自然哲学」としての自然科学の回復

『人間生命の誕生』(築地書館)は、三木の死後出版された四冊目の本である。これまでの成書に収められていない三木の文を集めて、生命論・保健論・人間論・形態論に分けて編集したものである。『胎児の世界』は書き下ろしであるのに対し、本書は寄せ集めではあるが、三木の世界を知る入門書ともなっている。

 しかし、本書には三木形態学の展開を示す重要な二論文が収められている。それは、「『原形』に関する試論―人体解剖学の根底をなすもの」と「ゲーテの形態学と今日の人体解剖学―現代科学の岐路に立って」である。

 前者は、医科歯科時代の末期に、千谷七郎教授の還暦記念論文集『うぶすな』(勁草書房)に、後者は、芸大時代の初期に「理想」四九五号(理想社)に掲載されたものである。

 前者では、人体解剖学のみではゲーテ形態学のめざす原形の解明は不可能で、比較解剖学・古生物学・比較発生学の三つの方法により、人体の系統発生を追究することが唯一の道であると述べている。医科歯科時代の末期には、三木は、分析的・還元主義的な解剖学研究の現状と、学生に解剖学用語の丸暗記を強制するだけの解剖学教育のあり方に、根本的な疑問を感じるようになっていた。この文は、そのような苦悩のなかでの自らの進むべき道を探究したものである。その苦悩の結果、見い出された解剖学の方法を示す道標である。

 前者に対し、後者は、芸大への転勤直後に書かれたもので、「しくみ」の分析に明け暮れる「自然科学」としての解剖学と、「かたち」を求める「自然哲学」としての解剖学が対比される。そして、「自然哲学」としての解剖学こそ、ゲーテ形態学を受け継ぐもので、原形の追究は系統発生の探究であると述べている。彼はすでにこの時、このような解剖学の岐路に面して、断固として「自然哲学」の道を選択し、「生命の形態学」の執筆をはじめている。今にしてみれば、この「自然哲学」の道こそ、自然科学の歩むべき正しい道といえよう。

 両論文の比較は、三木形態学の大きな展開を示しており、それは彼自身の進路と大きく関わっているのである。

未完の体系

『生命形態の自然誌・第一巻・解剖学論集』(うぶすな書院)は、三木の死後、最初に出版された本である。

 本書には、三木のすべての解剖学関係の原著論文と、「綜合看護」(現代社)に連載された「生命の形態学」六篇、「解剖学総論草稿」が収められている。巻末には、三木の残した標本と観察記録図などがカラーで付けられている。

 このうち、「生命の形態学」こそ、三木形態学の集大成となるべき著書であった。しかし、残念なことにこの体系は未完のままで終わっている。すなわち、三木が生前に書き残したのは、「人体解剖学総論」との副題のついた[1]生の原形、[2]植物と動物、[3]動物の個体体制の三章と、「人体構造原論」という副題のある[4]消化系、[5]呼吸系、[6]循環系の三章のみである。この後に、[7]泌尿系、[8]生殖系、[9]感覚系、[10]神経系、[11]運動系、[12]人間と動物、といった章がつづく構成であったろう。

「生命の形態学」の総論にあたる初めの三章を、医科歯科時代の末期に書かれた「解剖学総論草稿」と比較すると、後者が現代解剖学批判とでもいうべき鋭い筆調で書かれているのに対し、前者はすでに解剖学を止揚した生命形態学の立場から自信をもって持論を展開しているように感じられる。それは、ゲーテの原形論とクラーゲスの生命哲学であるリズム論・双極論を現代科学の知識で展開し、生命の本質―らせんとリズム、植物と動物のちがいを明らかにし、動物体制の原形をみごとなシェーマで描いている。

「解剖生理」・「ヒトのからだ」との大きな違いは、生の波を「食と性の位相交替」としてとらえ、動物体制の原形を「食の相」と「性の相」に分けて、前者では栄養系が、後者では生殖系が発達するとしている点である。さらに、動物体制の原形を横断面だけでなく縦断面でも描いていること、ヒトの胎児の顔面のスケッチが描かれ、生きている化石との比較により、脊椎動物進化の過程が示されていることなど、三木が推敲に推敲をかさねてきた成果がすべて収められている。

 各論部分の三章を見ると、それぞれの系統(器官系)について、まず、動物体制の原形の横断面にその位置が示され、ついでその起源を述べ、さらにその機能分化について歴史的に古い順に解説され、最後に人類においてその系統がどのような歴史的宿命にあるか、について明らかにされている。これは、まさに数十億年におよぶ地球の歴史における人体の構造発達史とでもよぶべきものである。このような試みは、いまだに誰もおこなったことのない、壮大なテーマといえよう。

 なかでも、[6]循環系は、かつて自分が属した浦一門の血管系の比較発生学的研究を紹介しつつ、それを生命形態学の立場から意味づけ、体系化している。とにかく、三木はここまで書いて、しばらく休みたいと思ったのであろう。

 じつに、「生命の形態学」こそは、「三木がそのもてるものすべてを投入し、自信をもって世に送ろうとした畢生の大作になるはずのもの」(平光司氏による)であった。

 三木のライフワークとなるべき「生命の形態学」が未完に終わったことは、ある意味で人類史的な損失といえよう。私たちは、わずかに残された草稿と他の初期の著作から、その体系を想像することしかできないのである。

 なお、『生命形態の自然誌』は、三木の全著作集として企画されたもので、続いて『第二巻・保健論、母性・保育論集』、『第三巻・形態論、生命論集』が出版される予定である。しかし、続巻の刊行が、いまだに実現できないことはきわめて残念なことである。

北の「あたま」と南の「こころ」

「生命の形態学」の執筆は中断されたが、三木はそれ以後、『胎児の世界』をはじめ、多くの著作を残している。そのなかで、『海・呼吸・古代形象―生命記憶と回想』(うぶすな書院)は、生命論・保健論・保育論関係の多くの遺稿を集めた著書で、三木の死後出版された二番目の本である。

 一般向けに書かれた文が多く、『生命形態の自然誌』よりも、ずっと読みやすく分かりやすい。

 なかでも、「南と北の生物学」は三木が晩年に書いた最後のまとまった著作で、「正論」(サンケイ新聞社)一七二号から一七六号にわたって連載されたものである。

 ここでは、彼は、自分の動物体制の原形の横断面で示したシェーマを、都市の構造に敷衍し、ニューヨークや東京、さらには故郷の讃岐(香川県)と土佐(高知県)の関係にまで言及している。すなわち、脊椎動物では、背側に体壁系が、腹側に内臓系が位置するが、都市では体壁地区が山の手(北)に、内臓地区が下町(南)にあることに似ているという。さらに「脳死」と「心臓死」、子宮死の意味について論じ、北の「あたま」と南の「こころ」、ゲーテの南下(イタリア紀行)と人類の北上が対比される。そして、近年、人類の生存を脅かしつつあるエイズウィルスは、南の「ゴンドワナの霊」が、北のローラシアの最後の「知性」に訴えようとしている「血の叫び」ではないか、と述べている。

 この文を読むと、これまでにない自由な発想で自説を展開している三木の得意げな顔がありありと浮かんでくる。本論稿は、三木形態学の社会科学的および文化人類学的な新しい発展をしめすものといえよう。

 しかし、三木自身による三木形態学の発展はここで終わり、三木はこの文が印刷された五カ月後に、突然に脳内出血で逝去したのであった。

三木形態学の奥深さと広がり

三木自身による三木形態学の発展は、三木の死によって終わりを告げるが、三木形態学の発展はそれで止まったのではない。

 三木の死後、すでに五冊の本が出版され、三木の業績を特集した雑誌も三冊ほど出されている。さらに、「三木成夫記念シンポジウム・発生と進化」も今年で一〇回目を数えている。

 三木形態学は、今後、多くの人びとによって、さまざまな分野で、継承され、発展されていくにちがいない。

後藤仁敏[ごとう・まさとし]

1946年生まれ。東京教育大学理学部地学科卒業、東京教育大学大学院理学研究科地質学鉱物学専攻修士課程修了。歯学博士。

口腔解剖学、地質学、古生物学を専攻し、サメ類の歯の形態・組織・発生・進化、歯の古生物学的研究を行う。

現在、鶴見大学歯学部助教授。著書に『恐竜の世界をたずねて』『魚類の時代』『古生物学各論 4 脊椎動物』

『歯の比較解剖学』『新・ヒトの解剖』『唯臓論』『歯のはなし・なんの歯この歯』ほかがある。

左から

『ヒトのからだ―生物史的考察』(うぶすな書院)

『海・呼吸・古代形象―生命記憶と回想』(うぶすな書院)

『生命形態の自然誌・第一巻・解剖学論集』(うぶすな書院)

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