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[特別企画]  遠隔医療を可能にするロボット手術システム -- 光石 衛














ITの導入によって

本格化する遠隔医療

遠隔医療を可能にする

ロボット手術システム

地方の病院に入院した心臓病患者が、

いながらにして都会の大病院にいる心臓病の権威から

手術を受けることができる。そんな医療が現実味を帯びてきている。

医療の地域格差の解消に期待が寄せられる遠隔ロボットによる手術システムとは、

どのようなものだろうか。

またそこから見えるロボット技術の課題とは?

遠隔操作ロボットによる手術の研究をすすめる

光石衛・東京大学工学部教授を取材した。

上|東京−岡山間で行われた、直径1mmの人工血管の縫合手術。

中・下|ラットを用いた微細手術。直径0.3mmのラットの頸動脈の縫合に成功した(2000年3月)。

右|「実感伝送型遠隔ものづくりシステム」を操作する2+1次元ジョイスティック。

左|「実感伝送型遠隔ものづくりシステム」の工作機械側。

表1|情報伝送によるタイムラグ

伝走路(伝送速度)

NTT専用回線(毎秒1.5メガビット)

インターネット

インターネット  

ISDN(毎秒64キロビット)

ISDN(毎秒128キロビット)

区間

岡山(国際会議場)−東京大学

ワシントンD.C.(米国)−東京大学

筑波大学−東京大学

カールスルーエ大学(ドイツ)−東京大学   

メディア教育開発センター(幕張)−東京大学 

時間遅れ

10ms

700ms

77ms

763ms

156ms

ジョイスティックの動きに同期して

予測提示された加工の形状情報。

図1 遠隔微細手術システムの構成

図2|スレーブ・マニピュレータの構造。いくつかの回転運動が組み合わされているが、先端ですべての回転軸が交叉するので、手術の患部に接する部分はぶれないようになっている。

写真上|2次元での画面で見ながら手術部分の3次元の位置を決めるために“明るい影”を付けた(左の写真)。

図3|“明るい影”を付けると、あまり迷わず目的位置に辿りつけるが(左)、影がないと3次元の位置を決めるのに時間がかかる(右)。

写真下右|手術者が操作を行うマスタ・マニピュレータ。写真下左|フェイル・ セイフ機構と力センサを組み込んだスレーブ・マニピュレータ。

図4|情報化された医療システム

みついし・まもる

一九五六年岡山県生まれ。東京大学理学部物理学科卒業後、同大学工学部学士入学。同大学院博士課程修了後、講師、助教授を経て、現在、同大学大学院工学系研究科産業機械工学専攻教授。工学博士。知能化生産システム(センサ情報融合型システム)、ITを用いた生産システム、遠隔医療システム、実感伝送型遠隔教育システムなどの研究に従事。著書に『知能化生産システム』(朝倉書店)がある。

七〇〇キロ離れた所から直径一ミリの血管を縫う             

一九九七年九月、東京から手術用ロボットと通信回線を用いた遠隔操作で、七〇〇キロ離れた岡山県の手術室にある直径一ミリの人工血管を縫合することに成功した。

 これは光石教授らの開発した「遠隔微細手術システム(tele-micro-sugical system)」を用いた実験の成果だ。その概要を模式図に表すと次頁図1のようになる。

 システムは、(1)患者のいる手術室にあたるサージェリ・サイト(この時は岡山の国際会議場にある一室におかれた)、(2)医師が機械を操作するオペレーション・ルーム(東京大学の研究室)、そして(3)インターネットで両者をつなぐコミュニケーション・システムから成っている。

 サージェリ・サイトには顕微鏡が装備され、その画像はオペレーション・ルームの手術者に液晶ディスプレイで映し出される。手術者が、その画像を見ながら手元のマスタ・マニピュレータを操作すると、サージェリ・サイトにある、鉗子や鑷子を装着して医師の手の代わりとなるスレーブ・マニピュレータが動いて血管の縫合をおこなうのだ。この実験では、情報量毎秒一・五メガビットの回線が使用され、東京〜岡山間での画像のタイム・ラグは六〇〇ミリ秒、制御信号の時間遅れは一〇ミリ秒で、一針縫うのに要した時間は五〜一〇分だったという。

 その後二〇〇〇年三月におこなわれた実験では、〇・三ミリのラットの頸動脈の縫合にも成功している。 

 このようなロボットを用いたシステムは、遠隔地のほかに、遺伝子・ナノテクノロジーなどの微小世界、災害の現場などの危険・高温・真空の特殊環境といった、人間が入り込めない「超環境」での作業に、ますます必要になると予想されている。その際必要とされるのは、第一に、作業を行う手あるいは移動する足という「作業機能」、第二に、作業の状況や周囲の環境を知覚する「センサ機能」、第三に、知覚情報によって次の行動を判断する「知的機能」、さらに作業の情報を人間に戻したり、人の指示・サポートを受けるための「情報連絡機能」である。光石教授らの研究テーマも、こうした機械の情報化・知能化が中心となっている。

人間の感覚と機械のインタフェイス

 光石教授は、生産加工工場での工作機械や生産システムの研究をしたことから、この一五年ほど、知能化生産システムの開発に携わってきた。そうした研究の一つとして開発されたのが、遠隔操作による工作機械である。

 教授らの開発した「実感伝送型遠隔ものづくりシステム」(写真前頁中)は、コンピュータからNCプログラム(機械を動かす数値情報)を受け取って単純作業をするだけの従来型の工作機械とは異なり、センサで加工状態をモニタリングしながら機械を操作することができるオープンインタフェイスをもつことに特徴がある。

 具体的には、工作機械に、加工時に発生する力を検出する多軸力センサ、TVカメラ、マイクロフォンが搭載され、加工状態を時々刻々とモニタリングできるようになっており、離れた場所にいる操作者は、三次元に動く操作桿・ジョイスティック、または机の上の指を動かすことによって作業をするのである。

 遠隔加工の場合問題となることの一つは、表1に示されているように、通信を伝わる際のタイム・ラグである。それを補う仕組みの一つとして、ジョイスティックの動きから加工の状態を予測して(実際にはまだ加工される前に)画像に表示する仕組みが考案された(写真右下)。また正しく加工されているかどうか判断するためには音の情報が重要だという。そのため、加工で生じる力を音に変換して操作者に伝える仕組みがつくられた。これも実際の加工現場の音ではなく、生じる力から予想される加工音を提示するのである。また、操作者に触覚を伝えるためには、ジョイスティックの中にモーターを取り付け、加工状態が振動として操作者に伝わるようにした。

安全で正確な医療のための技術へ                    

 以上の例からも分かるように、遠隔操作で正確な作業をするためには、実際に作業をしている時に感じる視覚・聴覚・力覚・触覚・温覚などの実感があることが重要なのだという。

 さて、このような技術の応用として七〜八年前から取り組みを始めたという先の遠隔微細手術システムにも、安全に正確な手術を実現するためのさまざまな仕組みが組み込まれている。

 図1に示したスレーブ・マニピュレータ(次頁下右)とマスタ・マニピュレータの動作の比率は、二〇対一(例えばマスター・マニピュレータを一〇センチ動かすとスレーブ・マニピュレータが五ミリ動く)になっており、微細な手術でもゆとりをもって進められるようになっている。

 スレーブ・マニピュレータには三軸力センサが組み込まれていて、そこで得られた力の情報はやはり音情報に変換されたり、オペレーションルームで手術者が操作するマスタ・マニピュレータに力として戻され知覚することができる。音に関しては、人間の聴覚が音の強弱よりも周波数の変化に敏感なことから、周波数の変化として提示されている。また、サージェリ・サイトの顕微鏡は、手術者の視線や顔の動きを捉えた小型CCDカメラの情報をもとに顕微鏡の視線方向と拡大率を制御するようになっており、液晶ディスプレイも手術者が常に正面から見ることができるように制御されて動くようになっている。

 ところで手術者は、二次元の画面を見ながらどのようにして、縫合する血管のような目的の位置を確認するのだろう。そのためにはスレーブ・マニピュレータの先端に「明るい影」がレーザーで照射されている。この影があることで三次元の位置を決定しやすくなるという(写真上左・図3)。

 もう一つの問題として、遠隔操作システムでは、タイム・ラグの存在のために制御系が不安定になり、機械が壊れてしまうこともあるという。患者の安全と機械の破損を防ぐため、ハードウェア的な「フェイル・セイフ機構」がスレーブ・マニピュレータに組み込まれ、一定以上の荷重が加えられた時は、安全な方向に待避し、システム全体を停止させるようになっている(写真下左)。

遠隔操作技術の可能性

 このような遠隔操作技術には、以下のような可能性があると光石教授は語る(図4参照)。

(1)患者の負担が軽減 身体に小さな穴を空けるだけで行う低侵襲手術や無菌手術は基本的に遠隔操作になり、この技術が役立つ。また、画像や触覚を送受信しての診断が可能になれば、高齢者や妊婦、乳幼児などが来院する負担が軽減される。

(2)医師の負担が低減 医師が細かい手術を行う危険・負担を軽減する。また、HIVや肝炎などの感染を防止する。さらに、複数の場所にいる医師が参加するチームワーク医療が可能になり、より適格な治療に役立つとともに、医師の孤独感も低減される。

(3)地域医療格差の是正 人口の少ない地域にいても、優秀な医師の診断、治療、アドバイスが受けられる(従来の法律は、医師と患者の対面診療を基本としていたが、九七年、厚生省より情報機器を用いた診療について規制緩和の方針が出された)。

(4)救急医療の充実 遠隔診断や手術ができれば初期治療が適切に行われやすくなる。患者がどこにいても病歴にアクセスできるデータベースがあれば威力を発揮するが、これにはプライバシーの保護の問題を解決しなければならない。

(5)手術用高速シミュレータの開発と医学教育の高度化

 術前・術中に患者の状態をシミュレートする高速シミュレータができれば、遠隔手術のタイム・ラグを補償したり、手術内容の検討をしたり、また研修医らの手術手技の習得に用いることができる。

 ところで、遠隔操作による医療の実用化に向けた現状はどうなっているのだろうか。

「遠隔での血管の縫合などは私たちが初めて実現しましたが、実用化された医療ロボットではアメリカのベンチャー企業が一歩勝っている状態ですね。日本でも実用化に向けた種々の試みがなされている状況です。

 経済性のほうは、データをISDNやブロードバンドで送るくらいならそれほど問題はなくなるでしょう。むしろ、遠隔医療の場合、現在の点数制では、ある手術をして何点という制度になっていますから、その場で手術をしなくても医療施設の収入が支えられるような医療制度の確立などの社会的サポートが必要です。

 機械自体の課題としては、デザインを医師や患者さんが安全を感じてくれるようなデザインにしていくことです。いかにも機械機械していては実際に使ってもらえないですからね」

 しかし、一番の問題は個人情報についてのセキュリティなのだという。

「ネットワークの安全性についてはもちろんのこと、極端な例ではディスプレイの情報でも五〇メートルくらい離れた所から見えてしまうそうです。これについてはまだこれからの問題です」

 こうしたなかでとりあえず実用化が可能なのは、超音波(エコー)診断の機械のようだ。この秋からは、大学病院と系列の診療所を結んで、双方がコミニュケーションをしながらの診断を始めようとしている。

 

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