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野依良治博士ノーベル賞受賞記念インタビュー -- 野依 良治



...........interview Ryoji Noyori

野依良治博士ノーベル賞受賞記念インタヴュー

キラルの世界を解き明かす

インタヴュアー|横山広美┼林衛

多くの分子は左手と右手のように、実像と鏡像を重ね合わせることができない。これらの分子はギリシャ語の「手cheir」を語源とし、キラル(chiral、光学異性)であるという。この片方の分子を選択的に合成する方法が、名古屋大学の野依良治博士らが実現した「不斉合成」だ。

ここではこの成果によってノーベル化学賞に輝いた野依博士に、オリジナリティの高い研究成果をどのように生み出したのか、その経緯と、日本が抱える研究・教育環境の問題点についてお話を伺った。

野依良治[のより・りょうじ]

名古屋大学大学院理学研究科教授、物質科学国際研究センター長。

2001年度ノーベル化学賞をWilliam S. Knowles博士(St. Louis, Missouri, USA)、

K. Barry Sharpless博士(The Scripps Research Institute, La Jolla, California, USA)と共に受賞。

博士が手にしてるのはBINAPの模型。中心の黄色いところがRuである。

キラルを操る、その意義

―――ノーベル化学賞受賞がいよいよ決まり、本当におめでとうございます。さて、右型、左型の区別のあるキラルな分子は、特別な工夫なくして人工的に合成した場合、左右がそれぞれ50:50で造られてしまいます。ところが、自然界では当たり前のように左右の鏡像異性体の片方だけが生成されるわけですが、野依先生たちが開発された人工的な不斉合成の場合と、合成のしくみはどう異なっているのでしょうか?

野依|DNA、RNAやたんぱく質は、片方のキラリティを持った糖やアミノ酸によって構成されています。このように生命は片方のキラリティをもつ酵素によって、必要としている片方だけを生成しているわけですが、現代社会では医薬品をはじめとする多くの人工の物質が使われています。そこでもキラルが重要であれば、片方だけを生成する人工的な触媒が必要となるのです。

生命のもつ触媒である酵素は、小さい分子を制御するのになぜあれだけ巨大な分子量が必要なのか。もっと簡単な分子で、同じ反応ができるならどちらがよいのか。われわれの分子触媒の大きさは酵素の数十分の一です。つまり、たとえ効率が数十分の一でも反応はタイです。酵素が精緻なメカニズムで働いているのはそのとおりですが、それだけでは酵素は尊敬には値しないのです。何でも自然のものがいいというのは、言いすぎではないでしょうか(笑)。

―――一八五一年にフランスの化学者、パスツールが不斉合成はできない、と言ったということですが、この概念がひっくりかえったのはいつ頃からですか。

野依|これはプラクティカルには一九八〇年までずっと正しかったですね。有効な不斉合成を行うにはふたつのことができなければなりません。

ひとつはキラルの右と左を厳密に分けること。実際には、この分別は連続的なものですが、これをたとえば100:0というように白黒はっきりさせないと実用には使えません。ふたつ目は不斉合成をおこなう反応が触媒反応であるということ。一回反応したら終わりではなく、何遍も反応する新たな触媒を探すことは、それだけでも非常に難しいことです。これらの理由から、不斉合成は長い間実現の可能性は低いと考えられてきました。

片方の鏡像体に薬効があり、もう片方に催奇性があったサリドマイド剤(次頁上図)が問題になったのは一九六〇年代でしたが、その原因がキラリティにあるとわかってきたのは八〇年代に入ってからです。医薬品におけるキラリティの重要性が認識されるようになったのはこの頃からです。九二年にはアメリカ合衆国のFDA(Food and Drug Administration)が「ラセミック・スウィッチ(ラセミ転換)」という方針を出しました。薬に有効なのは片方の鏡像体だけであろう、ならばそれだけを使うか、もしくは薬にならないもう片方が無害であると証明してから売りなさい、というものです。そのこともあって、九〇年には一方の鏡像体だけを使った薬は全体の一五%でしたが、現在では四〇%までになり、その売上額は世界全体で一五兆円に昇ります。

『美女』を追い求めて

―――一九六六年に最初の不斉合成の触媒を見つけられましたが、その当時の評価はどうだったのでしょうか。

野依|このときに偶然にみつけた不斉触媒は、銅の原子にキラルな有機分子を配位させた分子です。実は当時、僕は合成を目的に研究をしていたのではなくて、反応の機構を調べていて、偶然見つけたのです。ところが、この発見はほとんど評価されませんでしたね。

その理由はふたつあります。ひとつ目は、反応機構が一般的でない特殊な反応だったこと。ふたつ目は、右と左の識別が55:45にすぎなかったことです。50:50から少しふれたけれどもそれはプラクティカルではなかった。原理はみつけたけれど、物質としてはゴミみたいなものだったわけです。

そこで僕はこのふたつの反省を活かそうと考えました。つまり一般性の高い反応を作り、さらにうんと識別のよい触媒を作ろうとしたのです。そこで水素化反応をはじめました。水素原子は小さく、クリーンで、安い、そして、きわめて一般的です。成功すれば原理的にも面白いし、社会的にも産業的にも非常に活用されるはずだと思ったのですが、このように思う化学者は世界に大勢いて、その中では自分は後発でした。

不斉合成の触媒は、金属原子を有機化合物に配位させた形にデザインします。触媒となる有機化合物BINAP(バイナップ、次頁下図)は六角形ばかりでできていて非常にシンプル、かつ美しい。ドイツでは「機能は美なり」と言います。僕は美しいものには機能が生まれると思っています。この美しさに憧れ、合成をめざした化学者には男性が多かったのですが、彼らにとって、これは難攻不落の美女のようなものでした。同じようにプロポーズしたのは十数グループあったのですが、しかし全部アウトでした。

というのも同じ時代のアプローチというのは、われわれの時代なら手紙を書いたり花を持っていったり、いまの若い人ならばeメールだったりで、似たり寄ったりなのです。そこで発想の転換をして、ついに七八年、BINAPを作れるようになり、八〇年にアメリカの学会誌に発表することができました。七四年にスタートして六年かかった長丁場、みんなあきれてましたね。

―――なるほど。左右両方の物質をつくり、精製を繰り返すことによって一方を得ていたキラルの世界に、革新が訪れたわけですね。ところで、八〇年に発表したときにはBINAPに配位させる金属原子はRh(ロジウム)でしたが、その後Ru(ルテニウム)に変えていらっしゃいます。これはどういった理由からだったのですか?

野依|われわれは原理的には、あらゆる分子を望むようにデザインして合成することができます。役に立つ酵素を生命体から探してくるだけではなく、自らの知識をもとに作ることができるのです。しかし、Rhを配位させたBINAPはアミノ酸の合成しかできなくて、限界があることはわかっていました。

そこで、ある程度の予測をもって、一九八六年RhからRuに換えたのです。これは大ブレークスルーをもたらしましたね。Ruにしたら炭素の二重結合に使えるようになり、そしてさらに重要なのが、炭素―酸素の二重結合に使えてキラルなアルコールができるようになったのです。これによって医薬品の開発に大きく貢献することができました。またこれは触媒としても非常に優秀で、数年後にさらに手を加えたものでは、一分子が二四〇万回以上仕事をしても、まだ死なず、一秒間に七〇回も反応しました(右頁下図の不斉触媒サイクル参照)。この反応速度は並の酵素よりも早いのです。酵素でできることは酵素でやればよいし、人工的な物に対しては触媒を使えばよいと思っています。

体制を斬る

―――ここからは学術行政や教育の問題について伺っていきたいと思います。

日本には研究の評価ができる機関がないとよく聞きます。よい評価をしていくために、社会の側が何を求めるのかが大事だと思いますがいかがでしょうか。

野依|そのとおりで、若い人はすっきりするからといって、論文のサイテーションを評価の基準にしたがるが、そんなものに意味はないのです。むしろ社会が何を求めているかが重要であって、例えば社会が東京大学にナンバーワンであることを望んでいるならば、東京大学のミッションはハーバード大学と同じ位置に立つことであります。それが医学部ならば、人を救うことがミッションであり、それぞれの機関が与えられたミッションに対してきちんと仕事をしているか、ということが重要になるのです。

―――では大学院のミッションとは何でしょうか。

野依|大学院はインターナショナルトップでなければなりません。東京大学の理学部や工学部の化学は、ハーバードやスタンフォード大学と比べたら、はなはだおそまつ、相撲でいったら三役と十両くらい違います。ここが社会の付託に応えていないところなのです。教育のシステムのまずさや、学生の意欲、能力、関心のなさなど要因は考えられますが、しかしうち(名古屋大学野依研究室)で学んだ学生は、そこで身につけた専門性について本質的に僕と同じ能力があるはずです。学生の能力を引き出すこと、それが大学院のミッションなのです。

―――産学連携の代表的なご研究であり、産業界からも先生のような研究者を育てるのがまさに大学の使命なのだとの声があがっていますが、ご自身は基礎研究を重視されていますね。

野依|いま言われている産学連携には賛成しません。なぜ日本の産業力が弱いかというと、産業におけるジェネリックな技術が出てきていない、オリジナルなアイデアが出ていないということです。だから産業界は大学に手伝えという。また政府の側もそうしなければ予算をおろさないという。しかしそれはまったくの筋違いなのです。

大学のだめなところは教育をちゃんとやっていないところであり、大学でうんといい人材を育成して社会や産業界に送り出す、それが筋というものです。そこがみんなわかっていない。

そして大学は基礎研究の場であります。僕の研究のモットーは「研究は瑞々しく単純明快に」だから、感性をもってサイエンスの研究をします。学問は、自己の精神の高まりのためにやるというのが基本にあるから、そのために研究は瑞々しくなければだめだと思っているのです。学術とはゼロから一を生みだすことが最も重要で、これに対して企業、産業技術は七を八にする、そういう傾向があります。僕はゼロから一はもちろん、将来的に八、九、一〇と波及効果のあるものをやっていきたいと思っています。

―――政府によるいわゆる「ゆとり教育」の結果、理科をほとんど学ばずに高校を卒業し、理科一科目で理科系大学を受験したり、多くても理科二科目の履修でやはり理科系大学に入学する学生が増加していますが、これについてはいかがでしょう?

野依|相対評価ばかりで、きちんとした資格試験が行われていないところに問題があります。きちんとした資格を身につけたたくさんの希望者がいるから、その中で選抜試験をする、本来ならばそうあるべきなのです。そんなことをしたら受験生が少なくなるというが、それの何が悪い、と僕は思う。

一番の問題はそういった資格のない人が、教授や助教授になっているということです。優秀だから助教授になるのではなく、より「まし」なものをとっているだけです。そうなったら負のスパイラルは止まりません。みんな学生が悪いというが、英語も、まして日本語もろくに書けないのが教授をしていて何をしとるんだと感じます。これは最近の話ではなく、日本は昔からずっとレベルは高くなかった。まず現実がどうかということを明らかにして考えなければなりません。一番の問題は、現職の先生が現状を把握、理解していないことにあります。自分も反省するところがあるがしかし、自虐的になってはいけません。最終的には誇りをもって仕事をしなければならないのです。

―――先生がノーベル賞を受賞したことで、また多くの若者が勇気づけられたと思います。将来を担う若者たちと先生のご研究の未来について一言お願いいたします。

野依|日本が二十一世紀G7の一翼を担っていくなら、国際的な競争力と協調性を兼ね備えていくことが大事だと思います。若い人は高い志をもって、自分たちで責任をもって生きていくこと、それが大事です。私も志を忘れずに、できる限り研究を続けていきたいですね。  [二〇〇一年一〇月一五日 名古屋大学にて]

取材を終えて……

暗いニュースが続いた中でのノーベル賞受賞の知らせは、日本中を大いに沸かせた。野依先生は連日の取材攻勢でご多忙の中、駆けつけた我々にユーモア溢れるお話を歯切れ良くしてくださった。地元名古屋でも中日新聞が特集を組むなど、盛り上がりを見せている。タクシーの運転手さんも、野依博士のお人柄に感激したとのことだ。

「『nature』、『nature』と言うな」取材終了後、その場に残っていた取材陣への野依博士の言葉である。我々はイギリスの科学誌『nature』に掲載されることを、優れた研究の代名詞のように使う。しかし優れた研究だから評価され『nature』にも掲載されるのであって、『nature』に載ったから優れているのではない。ここの論理を間違えてはならない、とおっしゃるのだ。

同じ化学≠粽物理≠専攻している研究者であっても、その中での専門が少し異なると互いにやっていることの重要性を理解することは困難になる。それほど研究というのは細分化、専門化されつつあるのだ。その中で我々は、『nature』やプレステージの高いジャーナルに投稿された事実以外のいったい何を元に、その研究のオリジナリティ、重要性を判断すればよいのだろうか。鏡像(光学)異性体のことを学んでいた一般市民や科学者は数多いだろう。しかし、「不斉合成」、この言葉を一体どれだけの人々が知っていただろうか。

日本に住む我々がこの国のサイエンスを誇りに思うためにも、ゥ国の&]価機関、ジャーナリズムの力量の必要性を感じている。 [横山広美・サイエンスライター]

サリドマイドの2つの光学異性体の構造

左の分子と右の分子は鏡に映すと同じになる。これらは鏡像異性体、もしくは光学異性体と呼ばれる。右側の(R)-(+)-サリドマイドは鎮静作用を持つが、左側の(S)-(−)-サリドマイドは催奇性を持つ。市販されたサリドマイドはこの両方が50対50で入っていたため被害がおこった。現在ではこの両方の分子が体内で互いに入れ替わるという報告もなされており、研究が続けられている。

(地球環境研究センターニュース、Vol.11 No.1より改変の上引用)

不斉触媒とそれによる不斉合成反応のサイクル

野依博士が開発された不斉触媒によって“不斉合成”が実現した。この不斉触媒は、金属原子をひとつもったキラルな触媒である。A、Bなどの反応物質と触媒反応をし、キラルな物質を生成する。優れた触媒は劣化せずに何度も反応する。

野依ネットワークの図をもとに作成。

http://www-noyori.os.chem.nagoya-u.ac.jp/

interview Ryoji Noyori

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