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[対談] 真に革新的であること -- 竹内 謙+板生 清





[対談]

ネイチャー・インタフェイス

『真に革新的であること』

前鎌倉市長竹内謙氏+本紙監修板生清

環境自治体・鎌倉が目指すもの

板生:::一九九七年に鎌倉市の姉妹都市であるフランス・ニースで行われた竹内市長の講演記録を読ませていただきました。西洋の合理主義が地球環境破壊を進めてきたことに触れられ、これからは、古来より自然とともに生きてきた東洋の思想こそが重要だというご意見に、大変共感いたしました。そうしたお考えをベースに、「環境自治体」の創造を基本政策に掲げられ、市長就任より八年にわたり環境改善に取り組まれてきたわけですね。

竹内:::そもそも私が「環境自治体」構想を掲げたのは、新しい時代を築いていくのに、政治の側からだけで世界の改革ができるのか、という疑問がつねにあったからです。政治というのは、あくまでも片方の車輪でしかなく、やはり大きなパワーを持つのは住民にほかなりません。住民一人一人が来るべき未来に対する意識をもたない限り、新しい社会に対応する力は湧いてこない。その住民の力を吸い上げるために、地域と直結している市町村が中心になって、新しい考え方を実践し、普及していくべきだという思いから、「環境自治体」構想を推し進めてきました。ちなみに、「環境自治体」とは、「政策の全分野に環境への配慮がなされている地方政府」と定義づけています。ポイントは、「全分野」という点で、すべての政策に対して環境への配慮を行うことを意味しており、住民と一体となって環境政策に取り組んできたのです。

板生:::その中でも革新的な施策といえるものはどんなことだったでしょうか。

竹内:::革新的といえるのは、一九九八年に市役所の敷地内に全国初の公設市民運営のNPOセンターを設けたことですね。鎌倉はもともと市民活動がさかんな地域なのですが、このNPOセンターは多数の活動団体によって利用されています。また、近年では環境を意識したまちづくりに取り組む市町村が大変増えてまいりまして、国内だけでなく、海外ともネットワークを結んで、環境自治体としての活動を展開しているところです。

板生:::一鎌倉市民として、市長のご尽力に敬意を表したいと思います。そもそも、鎌倉というところは、都市と田舎の要素を併せ持つという意味で、珍しい街といえますね。

竹内:::首都圏の中では非常に特殊な街ですね。長い歴史と独自の風土・風致をもち、それが住む人の誇りとなり、この街のアイデンティティとなっているといえるでしょう。文士たちが別荘地として居を構えて以来百年余り、伝統と雰囲気のよさに魅せられて、ある程度所得の高い人たちが集まってこの街は発展してきたわけですが、やはりこうした鎌倉の風致を守っていくことが行政の、そして市民の義務でしょうね。

板生:::世界遺産登録の予定もあると聞いていますが。

竹内:::ええ。現在、学術的な調査をしている最中でして、データが揃い次第登録されると思います。とくに貴重なのが、自然の崖山を利用した中世の城塞都市の遺構ですね。それから大仏。鎌倉の大仏は青銅でつくった世界最古のものだといわれています。鋳造の方法なども徐々に判明しつつあるんですよ。

板生:::非常に楽しみですね。

アメリカの同時テロに思うこと

板生:::さて、きょうは、「環境自治体」構想を掲げられることになった、竹内市長ご自身の幼少時代からのご体験などのお話をお伺いしたいのですが。

竹内:::はい、その前に今日はどうしても触れないわけにいかない問題があります。一昨日起こりましたアメリカの同時テロについてです。大変に不幸な出来事であり、犠牲になられた方々に深い哀悼の意を表したいと思います。(注:本インタヴューはこの大事件の翌々日に収録された)

このような悲劇は決してあってはならないことだと思いますが、一方で、今回の出来事は、我々人類が二〇世紀に進めてきた文明の行き着いた姿ではないだろうか、と思わざるを得ないのです。二一世紀の最初の年に、こういう不幸な出来事がおこったのは象徴的というべきではないでしょうか。もちろん、テロは断固として許すべきではありません。しかし、報復行為といった表面的な行動だけでは、この問題を根本的に解決することはできないでしょう。二一世紀をどういう世紀にしていくのか、世界中がお互いに合意しない限り、そして、それぞれの考え方を認め合う社会にならない限り、未来は暗いなぁ、という気がしています。

二〇世紀後半、米ソの冷戦が崩壊し、その後は軍事的にも経済的にもアメリカの一極支配になりつつあったわけですが、今回の事件は、アメリカが進めてきた安全保障の考え方を根底から壊してしまった。一極の巨大な軍事力で世界平和を保てると思ってきたアメリカにとっては、非常にショックな出来事だったでしょうね。

板生:::そうですね。テロは憎むべきですが、西欧社会が進めてきたグローバリズムという考え方、そしてアメリカの考え方が、あたかも世界全体の考え方であるかのようにふるまってきたことも一因かもしれませんね。一つの価値観だけをよしとして多様性を認めないとすると、いろんなところで矛盾点が出てくるものです。これは技術の世界でも同じです。

竹内:::一九〇三年に、ライト兄弟が飛行機を発明して以来、戦争の形態というのは非常に大きく変わったんですね。それまでは、あくまでも相手の目線の届く範囲でやっていました。現在放映中のNHKの大河ドラマ「北条時宗」などを見るとよくわかりますが、まず相手に名を名乗ってから、「いざ」と言って戦いを始めていたんです。ところが、二〇世紀になると、飛行機から爆弾を落とす戦争へと変貌する。これを最初に行ったのが、日本軍の重慶爆撃でした。その後、ピカソの絵にも描かれたゲルニカ爆撃へと引き継がれ、最終的に広島・長崎の原爆投下にいたったのは周知の通りです。こうして二〇世紀、世界は戦争によって大変大きな痛手と反省を経験したわけですが、二一世紀を迎え、はたして世界は平和に、そして安全になったといえるのでしょうか? 答えは否といわざるを得ません。

意外なことに、今回のテロの犯人は、ピストルすら使っていないんですね。いわば、相手の経済の道具、飛行機というグローバル経済の象徴ともいえる道具を使ったところが最も恐ろしい点です。もし、ハイジャックされた飛行機で原発に突入されたら――世界の終わりが来ることは容易に想像がつくでしょう。そういう恐ろしい現実をテレビ中継を通じて全世界が目撃してしまった。つまり、武器など持たずとも、相手の経済活動を利用することで敵に壊滅的な打撃を与えることが可能だということを示した点で、従来の戦争の概念を大きく変えた事件だといえます。

見方を変えれば、今回のテロは、自然を征服し、人間は何でもできるんだと信じてきた西洋文明に対する痛烈な批判であり、警告といえます。イスラム教の人々がアッラーの神をいただいているように、東洋には東洋の、それぞれの民族には民族独自の考え方があります。それをアメリカ一極の考え方でもって、世界を統一しようとしたところに、そもそも無理があったのではないかと思うのです。

翻って、これからのあるべき社会は、多様性を認め、自然を征服してきた西洋的な考え方を反省して、自然とともに共存することだと改めて思いました。

板生:::大変、興味深いご意見だと思います。こうしたお考えが、「環境自治体」構想の基盤にもなっているのですね。

自然に遊び、異文化に触れることが大事

板生:::竹内市長が、自然を尊び多様性を認めるという考え方をお持ちになられたのは、いつ頃からなのでしょう?

竹内:::私は鎌倉に育ったのですが、やはり、自然のなかで遊んで育ってきたことが大いに影響しているでしょうね。いわば、私にとっての先生は自然でした。たとえば、雨が降った後の川はどうなるのか。毎日川に触れていればわかりますよね。それを、夏の一日だけ川にやってきて遊ぶから、大きな事故に繋がってしまう。今の子供たちの悲劇は、たくさんあったはずの自然の先生がなくなったことだと思います。

同様に、家庭の中でも兄弟がいなくなってしまった。兄弟同士の遊びや競争の中から学ぶことがたくさんあります。しかし、現在では核家族が増加し、一人っ子が増えて、孤独なお母さんが子育てをすることで生じる問題が増えてきました。現代社会の非常に大きな問題です。

板生:::日本におけるさまざまな問題の根は、まさに、そうしたところに内在していると言えるのでしょうね。

竹内:::それと、私自身の人間形成に大いに影響を与えたのが、大学時代に入っていた探検部での体験です。私は早稲田大学に通っていたのですが、当時、探検部があったのは京都大学と早稲田大学だけだったんです。京都大学の方は、今西錦司氏を中心にカラコロムの民俗調査やアフリカのチンパンジーの調査など、アカデミズムに根ざした研究をしていましたけれど、早稲田の方はとにかく外に出るということが目的でした。企業からランドクルーザーを調達してユーラシア大陸を横断したり、南米大陸を縦断したり。京都とはりあっても仕方ないということで、早稲田はそういうことばかりやっていましたね(笑)。

しかし、この探検部での体験は決して無駄ではありませんでした。世界の人々の暮らしに触れ、異文化に触れることは非常に貴重な体験です。やはり、若いうちに外へ出ていろいろな文化に触れることは非常に重要だと思います。

板生:::なるほど、自然の中で育ち、若い頃から異文化に触れてこられたことで、非常にしなやかなバランス感覚を養われてきたわけですね。

竹内:::ラテンアメリカにしろアフリカにしろ、みなその土地の風土と自然のなかで、独自の生活を営んでいるわけですからね。それを西欧文明によって征服できると思ったら大間違いですよ。

従来のパラダイムを問い直し、真の豊かさを考える

板生:::いくら科学技術が発達しても、精神的な人間の営みは変わりません。今回のテロ事件は、現代社会の人間の心と科学技術の乖離を端的に表わしているといえるでしょう。

竹内:::まさに、バランスの問題だと思いますよ。もともと自然とともに経済が成り立っていた社会に、ヨーロッパやアメリカのコングロマリット(注:conglomerate大企業、複合企業)が便利な製品を売りつけようとやってきて、森などの自然の資源と車や冷蔵庫とを交換したことから、バランスが崩れ始めてきたのですからね。便利なものを手に入れる代わりに、自分たちの森も生活もなくなってしまった。気がつけば、コングロマリットの下請けや使いっぱしりに成り下がってしまったというわけです。はたして、どちらが幸せかという問題ですね。

板生:::科学技術の発達によって、人々は筋肉労働から解放され、快適で便利な暮らしを享受できるようになったけれど、現代社会はけっして幸せな社会とはいえません。これは、いわば麻薬みたいなものでしょう。

竹内:::まさにその通りです。たとえば、プラスチック製品なんて本当に便利ですよねぇ。軽くて水は漏らないし、バイ菌も防いでくれる。しかし今では、環境ホルモンをまき散らす環境汚染の元凶だとされています。西欧文明がもたらした快適で便利な生活の背景にどういう問題が潜んでいるのか、今一度考えなおしてみる必要がありますね。

板生:::いずれにしても、この百年間で自然環境が壊滅的なダメージを受けてしまったのは事実です。人類史を辿ってみても、数千年のスパンでみても、この百年間の環境破壊のスピードは凄まじいものがあります。そう考えると、経済性を重視してきた従来の姿勢を改めていく必要が大いにあります。私自身は、技術者の立場から、これからはハイテクを農業に活かしていくことを提案しています。

竹内:::農業や漁業、林業など、風土の中で営まれてきた産業は非常に大事にしなければならないと私も思います。今みたいに自給率が五〇%以下などという現状は、どう考えてもおかしい。そもそも、経済成長という考え方自体が私にはよくわからないんですよ。GDPがすべての価値観であるかのような考え方自体が間違っていると思います。だから、最近、言われているように、一つの仕事を人と半分ずつ分け合うという、ワークシェアリングという考え方には大いに賛成なのです。それこそ「晴耕雨読」で、精神的にゆとりのある生活を送る方が豊かな人生だといえるのではないでしょうか。そういう意味では、最近の若い人が選択しているフリーターという生き方なんて、悪くないんじゃないですか。自分のやりたいことのために必要なお金だけを稼ぎ、後の時間は好きなことをする。いいじゃないですか。

板生:::まあ、なかには社会のシステムに組み込まれるのが怖いといった、消極的なフリーターもいますが、いい企業に入って出世するのがいいとされてきた従来の価値観を揺るがす存在であることは確かですね。

竹内:::だいたい、儲けるだけ儲けようという、これまでの在り方こそ見直されるべきなのですから。少しくらい不便だけれど、安くて小さい車でもいい、そのかわりエネルギーも少なくてすむといった具合に、一人一人がそういう心持ちにならない限り、地球温暖化なんて食い止めることはできないと思いますよ。

そして、それを率先して実践できるのが、地方自治体なのだと私は思います。しかも大きな牽引力を持つのは、大都市ではなく、二〇万人以下の中都市です。現在、鎌倉市を含め、世界各国の六〇〇の自治体が加盟している「国際環境自治体協議会( ICLEI)」を見渡しても、リーダーシップを発揮しているのは、ドイツのフライブルグやハイデルベルグ、カリフォルニアのデービスなどの中都市です。ハイデルベルグでは、CO2の削減目標を三〇%に設定しており、実際に、太陽光発電が石油・石炭エネルギーを上回るほどの実績をあげています。こうしてみても、地球環境問題というのは、地域から地道にやっていくのが、一番の早道だということがわかります。

板生:::お上が押し付けても限界があるということですね。

竹内:::細かくルールをつくることがかえってよくないんですよ。ちょっと振り返ってみても、昔は生ゴミなんて各家庭の庭に埋めて処理していたでしょう。 可燃ゴミも風呂の焚き付けに使って、灰は庭木の肥料になっていました。それが現在では、一戸建てが少なくなったこともあるのでしょうが、煙を出しちゃダメだということになって、ゴミの収集システムができた。ところが、その方がむしろ環境への負荷は大きくなってしまったのです。

板生:::環境問題は、都市化と大いに関係がありますね。田舎だったら、生ゴミなんて穴をほって埋めればいい。ところが、現在の技術開発は、都市化の方向へどんどん進んでいます。たとえば、狭い家をいかに広く見せるか、といったことに力が注がれているのです。

竹内:::技術開発は、それはそれで必要なことだとは思うのです。ただ、便利さを追求するあまりに、原理原則を忘れてしまってはいけないということです。

そうしたなかで、今私が注目しているのがOMソーラー方式の住宅です。これは、風と太陽光のエネルギーを使った住宅なのですが、なんのことはない、昔の住宅の知恵がそのまま活かされた住宅なんですね。もちろん、屋根には集熱パネルを載せ、モーターを使って、床下に蓄熱できるしくみになっています。そうした意味では、現代の科学技術を大いに活用している。原理原則さえ忘れなければ、科学技術は大いに活用されるべきだと思います。

板生:::技術はあくまでもツールであり、振り回されてはいけないということですね。市民生活の中にどのように協調共存してゆくべきかということを追求して、この「ネイチャーインタフェイス」誌が存在しているわけですが、鎌倉にこの活動の一拠点を置くことができるという確信をもてました。今後ともよろしくご理解、ご支援くださるようお願いいたします。本日はお忙しいところ、誠にありがとうございました。

[二〇〇一年九月十三日 鎌倉にて]

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