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NI report 38度線の意味するもの|鳥の渡りと非武装地帯 樋口広芳[東京大学大学院教授] 撮影|小林正明[朝日新聞映像センター 西部セクション]
野の花を見よ といったって都市という 高層ビルが林立する廃墟には野はない 野がなければ野辺の送りもできないじゃないか 礼節が失われたゆえんである 礼節とは自然を敬愛することではないか 人間も自然の微粒子にすぎない [田村隆一『灰色のノート』より]
南北朝鮮をへだてる非武装地帯は、人間の不幸な歴史がもたらした区域であるが、今日、ツル、ガン、シギなどの渡り鳥をはじめとした数多くの野生生物の重要な生息地になっている。そして南北が融和にむけて動きはじめるなかで、この南と北それぞれ2キロメートルの幅をもつ地帯が、もうひとつの意味で注目されている。自然環境保全の重要なケースとみなされるからだ。 われわれの人工衛星を利用した渡り鳥の追跡研究から、北上するツルたちにとって非武装地帯は何十日も滞在する安住の地、いわば聖域になっていることがわかった。 その自然が失われるとかれらの長距離に渡る移動はきわめて困難になる。たんに中継地点を失うのではなく、日本のみならず、中国やロシアの繁殖地の多くにも渡来することはない。 ある場所での渡り鳥の消滅は、その場所だけでの問題ではないのである。そこが通常の自然や野生生物の保全の問題と異なるところであり、だからこそ中国やロシアをはじめさまざまな国の研究者や保全関係者がかかわろうとしているのである。 数百万にものぼる鳥たちは、一方でその食習性などを通じて、渡来地の生態系が健全に維持されるうえで重要な役割を果たしている。 異なる地域、国の自然はお互いに独立しているようにみえるが、実際には渡り鳥によってつながっている。渡り鳥の保全は、たんに対象となる鳥の保全にとどまらず、遠く離れたいくつもの生態系の保全を意味し、ひいては地球環境全体の保全にもつながっているのである。 朝鮮半島を渡るツルは、日本でも韓国、北朝鮮でも、また中国、ロシアでも幸福や平和の象徴としてひとびとに親しまれている。人間による不幸な歴史がもたらした非武装地帯の自然を、そうした不幸なできごとを二度と生じさせないための象徴として、ツルや野生生物とともに保全していくことができれば、歴史的にも意義のあることだと考えられる。 [このテーマに関しては次号でより詳しく展開される。]
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