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科学技術社会論のすすめ 3) -- 藤垣 裕子


科学技術社会論のすすめ‥3 

異分野摩擦と学際研究

                                   

藤垣裕子

異分野摩擦はどうして起こるのか?

 科学技術社会論では、科学技術と社会との接点で、専門家と市民とのコンフリクトをよく扱う。しかし、科学者、専門家と一口でいうが、科学者同士であっても、専門分野が異なると意見が食い違うことがある。ある知識が科学的妥当性をもつかどうかを判断する基準となる「妥当性要求水準」の方向性が異なるのである。これが異分野摩擦(Cross Disciplinary-Conflict)の原因である。本稿ではこの異分野摩擦について考えてみよう。

 異分野摩擦とは、各分野の研究者がその分野において業績を蓄積していくうえで、業績の(業績として認められる)妥当性要求基準(Validation-boundary)を「内化」することにより、それ以外の分野の妥当性基準を評価できなくなることから発生するコンフリクトである。

 ここで内化とは、ある妥当性要求基準を自らの判断基準として半自覚的、半無自覚的に身に付けることを意味している。専門家は自らのまわりにこういう妥当性境界をつくり、それ以外の方向性をもつものを容易に評価しない。この境界の基準は、専門誌における論文のaccept-rejectの基準によって形成されるのであるが、この論文掲載基準は明文化されているわけではない。しかし論文の受け入れ、拒否の積み重ねの結果として、そのような境界があることが半ば仮定され、かつ専門誌への投稿によって境界が集団的に形成されていく。

 この境界は、ふだんは意識されないが、他の境界に属するひとと出会って、「何か問題の立て方が、あるいは語彙が、研究のしかたが、違う」と思ったときに、がぜん意識されるようになる。そしてふだん境界が見えない(明文化されていない、あるいは意識化されていない)分だけ、境界侵犯がおこったときには、過剰に反応する。このような現象を「異分野摩擦」と呼ぶこととする。

学問分野が異なると異なるこだわりをもっている

 身近な事例として次のものが挙げられる。

 A先生は、技術経営の専門家、認知心理学者、企業の開発担当者などと学際研究チームをつくって研究開発行動の研究をしている。そこで研究開発行動についてのインタヴューを行い、そのデータを、自らの作成したコーディングスキーマ*に基づいてコーディングし、データ解析を行った。

 ところがその報告に対し、基礎心理系のB氏から、「そのデータ解析の妥当性についての強い批判が寄せられた。そのコーディングスキーマの妥当性はどのくらい検証されているのか、つまり一人の評定者が同じインタヴューデータを必ず同じコードにコード化するのかどうか(同一評定者内の再現可能性)、また同じデータを複数の評定者が同じコードにコード化するのかどうか(評定者間妥当性)を検討すべきだ」という指摘である。

 B氏の指摘にA氏は驚きを示した。彼の属する分野では、そういう種類の妥当性の根拠を示す必要性があまり高くなかったからである。

 この事例においてB氏は、同一評定者内の再現可能性や評定者間妥当性などの「手続きの妥当性」が一番大事であると考えている。これが彼の所属する分野でのvalidation-boundaryなのであり、彼はそれを内化しているのである。これに対しA氏は、「特性指向型(研究開発という対象の特性を記述しようとする)」ことが大事であると考えている。

 A氏の分野では、対象の特性記述は手続き妥当性よりも大事なvalidation-boundaryなのである。両者のコミュニケーションギャップは、このような指向の違いから生じている。

 この例は、A氏とB氏という研究者「間」のコンフリクトですんだ。しかしこれが公共の議論となるとどうなるであろうか。各研究者が自分の分野のvalidation-boundaryに固執するとどのようになるかを、科学技術社会論の事例の一つである生態河川工学の事例を挙げて考えてみよう。

必要なのは、協力に役立つデータ

 ある自治体の管轄下の河川の改修工事に際してつくられた専門家委員会において、土木工学と生態学の専門家によって、河川改修による生物への影響を調べる共同の現地調査が実施され、市民の参加協働もみられた。

 このように、これまで席を同じにすることのなかった異分野の科学者である土木工学と生態学の専門家が一つの専門家委員会に参画して研究をすすめたのだが、それぞれのデータ収集のしかた、河川改修工事施工後の変化の予測などにおいて、異なる専門家の意見を集約することの難しさが実感された(廣野ほか、一九九九年**)。

 特に、専門領域の異なるもの同士で各自の「正解」に固執した場合、仲裁案の成立が阻害される傾向のあることが指摘されている。ここで、個別領域における「理想的解」にこだわることは、個別の分野のvalidation-boundaryにこだわって異分野摩擦を起こすことに相当する。ここで生態学における理想的解とは、それまでの生物学的基礎データのように、「手つかず」の自然を前提とした、すなわち理想的環境下での基礎データのことである。土木工学側の理想的解とは、生態学的配慮のない、土木プロパーのデータである。

 これに対し、生物学と土木工学の異分野間の協力においては、人工改変下の生物的データ、つまり生物学的基礎データを環境に関する他の情報と関連づけ、生態系保護に効果的な工事法を土木工学側が考慮できるようなデータを用意しなくてはならないのである。

 このように、異分野間の協力においては、各分野がその分野の「理想解」の蓄積にこだわると異分野摩擦が発生する。その克服のためには各分野のvalidation-boundaryの見直しが必要である。

異分野摩擦研究がもたらすもの

 さて、では各分野のvalidation-boundaryの見直しとは、具体的に公共の問題解決にとってどのような帰結をもたらすのか。

 その例として、労働省などによる作業関連疾患に関する調査の例を挙げよう。筆者もかかわったこの調査では、疫学者、産業心理学者、循環器系疾患の専門家、内分泌疾患の専門家、運動生理の専門家、精神科医、など、やはりこれまで席を同じにする機会の少なかった異分野の科学者たちの共同作業が行われた。初期の会合において、それぞれの個別分野のvalidation-boundaryにのっとった発表が行われ、私はネズミの実験で取られた神経内分泌物質のデータと、人間の行動尺度をもとに統計学的にデザインされた精神科疾患発生率のデータとの間の研究ギャップの大きさに、途方にくれた経験がある。

 しかしここでの共同においても、各分野におけるストレス測定法の精度を競うのではなく、つまり各専門家が属する専門誌共同体に必要なvalidation-boundaryをもつ測定法にこだわるのではなく、具体的な職場ですぐ利用できる簡便な評価法を開発することが要請され、そのような形での異分野協力が行われていった。これがvalidation-boundaryの見直しとそれを超えることによる公共の問題解決である。

「これまでの学問の壁を飛び越えて結合する」ことは、多くの学際研究においてめざされてきた。これは、各分野のvalidation-boundaryの壁を見直すことを指す。学際プロジェクトに参加するということは、当該分野において暗黙の前提とされていた「科学的」の基準の違い、言い換えればその分野の基礎データ取得の際に前提とされていた基準の違いを、他分野のひととの交流において自覚することである。この自覚を促進するためにも「異分野摩擦」あるいはvalidation-boundaryといった概念は役立つだろう。

 異分野摩擦研究は、異なる専門分野の研究者間の共同をどのように実行するか、学問の知識蓄積と知識の使われる現場をどう結ぶか、専門家と一般市民をどう結ぶか、研究と行政の現場をどう結ぶか、というbridge-workとして役立つのである。

*コーディングスキーマとは、インタヴューなど口述された内容を、分類・分析する際に用いる分類基準のことを指す。

**『科学』1999年3月号「生態工学は河川を救えるか」廣野喜幸・清野聡子・堂前雅史、岩波書店

藤垣裕子 ふじがき・ゆうこ

一九六二年生まれ。東京大学教養学部卒業、同大学院総合文化研究科広域科学専攻博士課程修了。Ph.D. 同大学助手、科学技術庁研究所を経て、現在、東京大学助教授(大学院総合文化研究科広域化学専攻/広域システム科学系・情報図形科学)。専攻は、STS(科学技術社会論)、科学計量学。著書に『科学を考える』(共著、北大路書房)、訳書に『科学計量学の挑戦』(玉川大学出版会)ほかがある。

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