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[特集] 渡り鳥はどこからどこへ -- 樋口 広芳




シンポジウム『野生と技術のコミュニケーション』・地球環境財団主催より

special feature...02

渡り鳥はどこからどこへ

人工衛星を利用した渡り鳥の移動追跡

HIGUCHI Hiroyoshi

樋口広芳

私たちが住む地球上には美しい自然があり、そのなかで素晴らしいいろいろな生きものが暮らしています。そういう自然、生きものの存在のありかたを探ることが、最近、大きな意義をもってきています。ひとつは基礎的な研究という興味ですし、もうひとつは自然環境や生きものを保全する上での研究。そのどちらにも、幅広く深い研究が必要になってきています。

 しかしながら、渡り鳥は、まさに地球規模で移動するために、通常の方法ではなかなか追跡することができません。

 先ほど「美しい自然があり素晴らしい生きものがいる」といいましたが、アネハヅルというツルはヒマラヤを、標高が七〇〇〇〜八〇〇〇メートルという大変高い山の峰々を渡ります。白い山肌を背景に数千羽、数万羽の鳥たちが通過していく姿は、じつに荘厳な光景です。こういったツルたちがいったいどこからどこへ、どういうふうに渡っていくのか、大きな謎のまま残されていました。

 同じように、鹿児島県の出水に、毎年一万羽以上のツルが渡ってきます。アジア大陸から渡ってくることはわかっているのですが、このツルたちもどういうふうにやってくるのか大きな謎でした。こうした謎を解く通常の手段として、私たち鳥の研究者は足輪や首輪を使いました。色のついた足輪に番号がついている。それをつけている鳥を再捕獲または再観察する。その番号をたよりに、その鳥たちがどこからどこへ行くということを調べるわけです。

 この研究には大きな意義があり、重要な情報を私たちに与えてくれます。けれども残念ながら、たくさんの時間とエネルギーを費やしても、得られる情報は、移動ということに関していえば断片的なものにすぎません。そこで、地球規模で移動する渡り鳥の、基礎的および応用的な側面からの研究の必要性に応じ、効率よく、大量の正確なデータをえるために、人工衛星を利用した追跡が開発されました。

 衛星追跡と省略していいますが、利用する人工衛星のNOAAは地球を約百分に一回周回します。その間に鳥につけた送信機から電波が発信され、衛星にキャッチされます。その電波が地上に送られ、アラスカやフランスにある世界情報処理センターで緯度と経度に転換されて、インターネットを通じてコンピュータに送られてくる、そういう仕組みです。一度送信機をつけてしまえば、あとはコンピュータ上の仕事ですので大変楽です。

 とりつける送信機には、いろいろな形状、いろいろな機能のものがあるのですが、大体マッチ箱ぐらいの大きさです。送信機固有の番号があり、それで個体を識別できる仕組みになっている。テフロン加工されたリボンでつけ、末端に留め金がついているのですが、その留め金が腐食することで脱落する、という仕組みになっています。実際にえられるデータは数字の羅列です。情報が、送信機から電波を発信して、早ければ一、二分のうちに研究者の手元に届く。ほとんどリアルタイムで、地球上を移動するあらゆる生きもの――まあ人間でももちろん構わないのですが――を追跡できる、大変画期的な仕組みです。

 大量の数字がコンピュータ上で流れてきますので、それを読みながら図上に起こしていく。それを整理するソフトをエルザというのですが、位置をそれぞれ個体別に分けて示すことができるし、この位置情報を拡大して、地点間の距離などを簡単に調べることができます。

タンチョウはヒマラヤを越え、非武装地帯へ、

クロヅルはアフガニスタンを通ってロシアへ

では、どんなことがわかったのでしょうか。出水から北上するマナヅルの例は、最初にうまくいった例ですが、出水から飛び立って朝鮮半島の方へ移動して行きます[fig.01]。途中、対馬とか五島列島に一泊することもあります。朝鮮半島の非武装地帯にしばらく滞在した後、ルートが二つに分かれて、ひとつは朝鮮半島の東海岸を北上して、中国・ロシアの国境のハンカ湖や、中国の黒龍江省の三江平原(アムール川と松花江とウスリー川の三つの川に囲まれた地域)に到着して繁殖する。もうひとつのルートは、黒龍江省のチチハル付近のザーロンというところに行きます。

一方、タンチョウ、大きくて美しい優雅なこのツルは、日本では北海道で繁殖し越冬も北海道内でおこない、長距離の渡りはしません。しかし、大陸で繁殖するタンチョウは数千キロの渡りをして中国東南部や朝鮮半島で越冬する。アムール川の中流域から飛び立った鳥を追跡したところ、一つは渤海沿岸、黄河の河口を経て、揚子江の少し北側の塩城というところまで行っていることがわかりました。もうひとつのルートもあり、それは朝鮮半島を下りて、やはり非武装地帯まで行くことがわかりました。

 最初にお話したヒマラヤを越えるアネハヅルは、日本野鳥の会が中心になって研究したのですが、ロシア、モンゴル、カザフスタンなどから南下し、ヒマラヤを越えます。インドまでの足どりが正確にわかりました。

 最近はコウノトリの渡りをロシアのアムール川中流域から追跡しました。ヘリコプターで上空から巣を探して、大きなヒナのいる巣を見つけて降りていき送信機をつける。全部で十数羽を追跡したのですが、繁殖地から飛び立った鳥が、タンチョウと同じような経路を辿って渤海の黄河の河口まで行き、タンチョウとは違って揚子江の中流域のポーヤン湖という大きな湖まで渡っていくことがわかりました。

 技術は日進月歩で進んでいます。電池の寿命が最初は三か月ぐらいしかもたなかったのですが、いろいろ設計を変えたり電池の質がよくなったりで、秋の南下と春の北上を、同じ個体で追跡できるようになりました。その結果、ある場所で生まれたコウノトリが南下し、春に北上しますが、もとの場所に戻らない。皆、違うところへ行っている。違う場所に行って次の年の夏を過ごす、ということがわかりました。

 クロヅルは、パキスタンからアフガニスタンなどの政情不安定な地域を通過し、ロシアの南部まで行ってそこで繁殖する、ということがわかりました。

 コンピュータの地図上で追うことによって、美しいツルの渡りの光景を頭の中で思い描くことが簡単にできます。

渡り鳥に国境はない、もちろんパスポートも

衛星追跡は渡りの経路、渡りの日数といったこと以外に、渡りが時間の経過のなかでどのようにおこなわれているかについても、貴重な情報をもたらしてくれます。たとえば朝鮮半島の非武装地帯の板門店、鉄原。それから北朝鮮の東海岸の金野、それから中ロの国境にあるハンカ湖。こういう渡りの中継地になっているそれぞれの場所で、ツルたちがどれぐらいの時間を過ごしたかということがはっきりわかりました[fig.02]。

 たとえばある鳥は、全渡り日数二八日のうち、鉄原で過ごした日数が七五パーセントになっている。そんなふうに見ていきますと、たとえば一〜五番の鳥は、割合として六〇パーセント以上ぐらいを非武装地帯の地域のどちらかで過ごしているということがわかります。

 渡り鳥に国境はないと私たちはよく言います。たしかに国境というのは人間が政治的に定めたもので、生物学的には何の意味もありません。もちろんツルたちは、パスポートもビザも持たずにいくつもの国をまたにかけて渡ります。国境は生物学的に何の意味も無いのですが、今日、他の国と同じように朝鮮半島でも自然開発が行われている中で、立入りが規制され、経済活動ができない非武装地帯こそが、渡り鳥にとって大変重要な場所になっている。そういうメッセージを、この結果は与えています。

 

渡り鳥の行動学的な追跡から環境保全まで

少し違う問題ではありますが、ツルは親子単位で渡っていくので、一羽の親と一羽の子どもに送信機をつけて放すと、親子の距離を調べることができます。その距離がどこで離れるか。つまり、親子がどこで親子離れをするかということが調べられる。たとえば鹿児島県の出水から北上するマナズルでは、三月中旬までは親子の距離はそれほど離れていない。ところが、中国黒龍江省の繁殖地につくやいなや、距離が急速に広がって、そこで離れたことがわかります。このような行動学的な追跡もできます。

 また、ツルやコウノトリといった、希少種の生息環境を保全する上で、鳥たちがいったいどういう場所を使っているのか、どういうところを中継地として選ぶのか、渡りの経路はどういう環境が選ばれているのかなどを調べる上で、衛星画像の上に衛星追跡した地点を落として環境解析することが大変重要な役割を果たしています。

 コウノトリは、アムール川の流域沿いに渡って行きます。大きな河川沿いの湿地帯が大変重要であるということですね。

一方中国に入りますと、事態は一変します。中国に入ると自然の湿地が大変少なくなります。草原や農耕地、そういったところを渡らざるをえない。かなり厳しい状況に鳥たちが追いこまれてきているということです。

  

これまでの話は、電波を発して位置をとる、気象衛星NOAAにつみこまれたアルゴスシステムという情報収集・測位システムによって進めてきた研究をご紹介しました。しかし、グローバル・ポジショニング・システム(GPS)、最近はカーナビなどにもよく利用されていますが、衛星の方から電波を発信して、それを受信することによって移動経路を追跡するという試みも出てきています。このGPSを利用するその手法については、後半の福田明先生の特集をお読みください。 

 今後どういったことを展開していこうかということですが、画像と衛星追跡をいろいろと組み合わせながら環境特性を明らかにして、渡りがどのように決まってきているのか、ある場所が失われると渡りはどのように変わるのか、変わり得るのか、ということを調べていこうと思います。

 衛星追跡の研究はただ単に面白いからやっているわけではありません。対象種やその生息環境の保全を目指した研究です。まだ十年ほどしか経っていませんが、すでに、衛星追跡の結果やそれ以外の情報を利用して、自然公園ができるとか、北朝鮮の二つの地域では国設の自然保護区ができたりしています。また、中国の三江平野では私たちの研究を大いに利用して保全の策定計画が進められています。いろいろなかたちで利用されて、通常の方法ではとても明らかにすることができないような、強力なメッセージを与えることができるようになってきています。

 もちろんこういった研究は一人の研究者だけでできるものではありません。さまざまな機関や、さまざまな国、地域との共同研究として進めています。そしてこうした情報を、さまざまな分野の研究とも組み合わせながら、今後大いに発展させ、野生生物の保全のために役立てていきたいと思っています。

樋口広芳[ひぐち・ひろよし]

1948年生まれ。宇都宮大学農学部卒業。

東京大学大学院農学系研究科博士課程修了。農学博士。

東京大学農学部助手、米国ミシガン大学生物学部および動物学博物館客員研究員、

(財)日本野鳥の会研究センター所長を経て、現在、東京大学大学院教授(生物多様性科学専攻)。

著書「鳥たちの生態学」(朝日新聞)、「カラス,どこが悪い!?」(共著・小学館)など多数。

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