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[特集] クジラは大海原をどのようにして利用しているか -- 大隅 清治



シンポジウム『野生と技術のコミュニケーション』・地球環境財団主催より

special feature...07

クジラは大海原を

どのように利用しているか

人工衛星を利用したクジラの生態・行動解析

OSUMI Seiji

大隅清治

解明されていないその生態

海は広大な世界だが、そこに暮らすクジラはたいへん生活圏が広く、これを長期間にわたって追跡するには種々の困難がある。また海水という特殊な環境によってもたらされる課題も多い[表1]。ここでは、クジラの移動の研究の過去と現在、またその課題について述べてみたい。

 クジラの移動の型を分類してみると、時間周期的な移動、位置の移動、垂直(深度)の移動がある。また時間周期的な移動では、日周期、月周期、年周期の移動がある。これはクジラの種類によって異なり、例えばヒゲクジラの仲間は年周期で地球規模の移動(回遊)を行っていることが知られている。こうした移動には、繁殖海域と採餌海域の間を移動する型と、沿岸と沖合の間を移動する型があり、日周期移動には後者の型が多いと言われている。

 いずれにしても、クジラの移動については未知の部分が多く、シロナガスクジラ一つをとってみても、その繁殖海域がどこであるのかすら未だによく分かっていないのが実状である。

衛星標識を用いたクジラの追跡

では、クジラの移動を調べる手段にはどのようなものがあるのだろうか。それをまとめたのが表2である。

 一九二〇年代から八〇年代まで、標識苴をクジラの体に打ち込み、後にその個体が捕鯨などで捕獲されることで2点間の情報が得られる「標識調査」が続けられていた。図1のAの航跡は、夏の南極海でこの方法により標識されたミンククジラが、冬にブラジル沖の捕鯨場で再捕された例である。しかし八六年に商業捕鯨のモラトリアム(一時停止)が実施されてから、この方法は使えなくなった。

 現在、世界の海域のさまざまな鯨種に実施されているのは「自然標識」を利用した調査である。ザトウクジラの尾びれの模様は個体ごとに異なる。このため尾びれの写真を撮り、後に写真と照合することで個体の識別を行うのである。図1のBには、南極海で自然標識されたザトウクジラが、北緯2度の沿岸域で再発見された例を示した。

 さてこうした方法に加えて最近注目されているのは、クジラに電波発信器を取り付け、人工衛星を介して受信・分析する人工衛星利用標識である。この方法での課題をまとめたのが表3だが、その一つが、電波標識となる発信器をどのようにクジラに取り付けるかである。これにはクジラを捕獲する方法としない方法がある。捕獲する方法には、背鰭にたすき掛けをする、ボルトで留める、サンクションカップを付ける、接着などの方法で発信器を取り付けるが、実際に捕らえて装着できるのはイルカなどの小型鯨類に限られ、大型のクジラでは難しい。

 捕獲しないで装着する方法は、アメリカ・オレゴン州立大学のブルース・メイト(Bruce Mate)のグループなどが、発信器を取り付けたピンをボウガンで射入する方法を行っている。またあまり行動の敏捷でないクジラの場合は、竿の先に機器を取り付け、ボートで接近して射し込むという方法も行われている。

 日本でも、早くから電波標識法が試みられてきた。図1のC、Dは八五年と八六年に東海大学のグループが紀伊半島の太地で発信器を付けたバンドウイルカを、人工衛星で7日間追った事例である。このうち一頭のイルカは黒潮を横切って南の方まで移動したことがわかる。

 先述のブルース・メイトは人工衛星を用いた追跡調査を活発に行っている。発信器は、位地情報と深度情報の2つが得られるようになっていて、発電装置はリチウム電池、使用している衛星は、気象衛星のNOAA,TIROS-Nで、受信系としてはアルゴスのシステムを用いている。この発信器から定期的に発せられる電波が、一回のクジラの浮上で3回受信されれば、150メートルくらいの精度でクジラの位地を確認することができるのである。

 図1のE、Fは、ブルース・メイトがアメリカ東岸のファンデー湾で標識した2頭のセミクジラの移動経路である。南下した1頭(E)は暖水塊を避けて移動し、南にあるガルフソリームの暖流にあたると、これも避けて北上しており、もう1頭(F)はその間沿岸に留まっていた。

 こうした調査で、Gは秋の北極海で標識したホッキョククジラを追跡したもの、Hはハワイのマウイ島沖で標識されたザトウクジラが、2カ月間に北上し、アリョーシャン列島に沿ってカムチャツカ半島の南端沖に至るまで移動したのを追跡した貴重なデータである。

 このように、さまざまな海域で人工衛星標識による調査が試みられているが、追跡期間では私の入手している資料で見る限りシロイルカの105日というのが最長で、3カ月を超えた例は見あたらない(文献のなかに200日と記載したものはあるが、原資料で確認できておらず疑義がある)。その理由の第一は、発信器の装着方法がネックとなっているが、クジラの回遊を解明するためには、少なくとも半年、できれば1年〜2年にわたる追跡が必要で、今後さらに研究が待たれるところである。

 クジラによる人工衛星標識法の応用研究は、まだまだ緒についたばかりである。今後さらに多くの、とくに若い研究者の方々が参加してクジラのなぞを解き明かしてくださることを期待したい。

大隅清治[おおすみ・せいじ]

1930年、群馬県生まれ。

東京大学農学部水産学科卒業、同大学院生物系研究科博士課程を修了。

農学博士。専攻は、鯨類生態学、水産資源生物学。

鯨類研究所、水産庁などを経て後、遠洋水産研究所長を務める。

91年より、財団法人日本鯨類研究所専務理事となり、現在、同研究所理事長。

著書に『クジラのはなし』(技報堂出版)『クジラは昔 陸を歩いていた』(PHP研究所)ほかがある。

表3|人工衛星利用電波標識の問題点とその解決策

装着法

ピンガー*

アンテナ

人工衛星

問題点

高速遊泳

異物に対する生体反応

長期間機能しない

付着生物の付着

採集生態情報数の不足

垂直に立たない

長時間水面に出ない

クジラの浮上とのタイミング

技術開発

形状記憶合金の利用など

ピンガー発射装置の改良

生体親和性材料の開発

装着法の改良、小型化

塗料の改良

センサーなど機器の改良

装着法の改良

中継機器の導入

専用衛星の使用

ピンガー|海底までの距離測定用音波発信機

表2|クジラの移動を調べる手段と技術

手段

捕獲する

記録機を体に付ける

バイオプシー*を採取する

目で見る

音を出して反響を聞く

声を聞く

電波を利用する

技術

捕鯨、捕獲調査、標識苴(もり)

データロガー*、アーカイバルタグ*

DNA個体識別

目視調査、人工標識、自然標識

音波探知器、音波標識

ハドロフォン*、IUSSシステム*

電波標識、人工衛星利用標識

バイオプシー|生組織検査

データロガー|センサーによって測定したさまざまなデータを電子的に蓄積する装置

アーカイバルタグ|記録型標識。水温、体温、圧力(水深)、照度(光の強さ)などを計測し記録する

ハドロフォン|水中の超音波の音場を測定する水中マイク

IUSSシステム|元来アメリカ軍が潜水艦探査のために開発したシステムを利用したもの。海底に敷設されたSOSUSハイドロフォンと船が曳航するSUTASSハイドロフォンを用いてクジラの位置を把握し、人工衛星を介して地上に電波を送って解析するシステム。

表1|海水の性質によって生まれるクジラの特性と、行動調査の問題点

海水の性質

浮力がある

粘性が高い

空気が存在しない

水深による圧力上昇

音が速く遠く伝わる

透明度が低い

海は連続する

暖、寒流の存在

塩分を含む

飼料生物が豊富

温度差が少ない

熱伝導率が高い

クジラの特性

大型化

流線型の体型、鰭の発達

空気呼吸、水面への浮上

随意筋による呼吸

潜水能力を高める

発音器官、聴覚の発達

同上

長距離移動、昼夜遊泳

生活圏が広大

体温保持能力の発達、回遊

海水を飲まない

大型、潜水、回遊、繁殖、

自然死亡率が低い

生活がしやすい

毛の消失

調査の問題

捕獲して機器を装着することが困難

観察用の高速船や機器の開発

浮上時の観察、機器の装着

麻酔ができない

追跡が困難、潜水艇・計測機器の開発

音響機器の利用

水中観察が困難、音響機器の利用

追跡が困難、調査船の利用、

計測機器の開発

同上

機器の腐食対策

海洋生物の機器への付着

個体識別法の適用

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