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アリの社会とコミュニケーション -- 山岡 亮平







[NI特別企画]

アリの社会とコミュニケ−ション

山岡亮平

[京都工芸繊維大学教授]

山岡亮平[やまおか・りょうへい]

1947年生まれ。

京都府立大学農学部農芸化学科卒業、京都大学大学院農学研究科博士課程修了。農学博士。

京都工芸繊維大学助教授を経て、現在、同大学繊維学部応用生物学科教授。

天然物有機化学を専攻し、昆虫の種認識機構や寄主選択機構を化学的に解明する研究にとり組む。

著書に『アリはなぜ一列に歩くか』(大修館書店)『びっくり害虫図鑑 ファミリーサイエンス』(共著、三省堂書店)ほかがある。

地球を支配する生物、アリ

宇宙人の冒険家がやってきて、その宇宙船上から地球上の体長一ミリ以上の動物の数を数えた。その結果は一〇の十八乗匹、すなわち一億の一〇〇億倍匹いたそうである。その中で最も多数を占めたのがアリで一億の一億倍匹、なんと地球上の動物の一〇〇匹に一匹がアリという結果になった。われわれ人間様はたかだか一億の六〇倍匹しかいないので命≠フ数だけから言うと、地球はアリの惑星ということになる。

 私自身もアリが地球上の最優先生物と考えており、なぜアリが最も繁栄した動物たり得たのかという問題を明らかにすることに強い興味を感じている。その一つの要因が、アリの高度に発達したケミカルコミュニケーションによる一つのまとまった社会の誕生にあると考えられる。

 地球上のアリの種類は一万二〇〇〇種ほどで、日本には二六〇種ほどの生息が確認されている。その分布は赤道付近の熱帯からツンドラ地帯まで、地球上のほとんどの地域に広がっており、さらに生態は多種多様である。キノコを栽培する農業アリ、奴隷を使うサムライアリ、種を集める収穫アリ、寄生アリ、どろぼうアリなど人間社会で観察できるあらゆる行動がみられるのである。

 アリは進化の過程でハチから分岐してきた。彼らの大きな違いは、ハチが翅と良く効く眼を使い、昼間に広い範囲で餌を集めるのに対し、アリは翅を無くし、地表を歩くことしかできない見返りとして、触角の化学センサーを発達させ、昼間だけでなく、真っ暗な夜でもさまざまなケミカルシグナルを頼りに餌集めができるように進化した生物である。

アリはなぜ餌に行列をつくる?

アリの眼はそれほど発達していないが、夜でも真っ暗な巣内でも活動できる。アリはその触角で、いろいろな化学物質をケミカルシグナルとして識別して活動している。空気中を漂ってくるような揮発性のいわゆるニオイ≠熹F識できるが、触角で触れてみてはじめてわかる不揮発性の化学物質、すなわち接触化学物質(コンタクトケミカル)にも反応する。コンタクトケミカルは、人類にとっては舌で感じるアジ≠ニ良く似たものかもしれない。アリが地面を歩いて行く様子を観察すると、常にその二本の触角で地面や出会った物体に触れているのがわかる。アリのどのような行動がコンタクトケミカルにより引き起こされているかの例が、図1「触角で見たアリの世界」である。

 アリの社会は、一つの巣(コロニー)内で生活するすべてのアリが集まって、一個の生物個体に類似した超個体≠形成していると見ることができる。すなわち女王アリは一般生物の生殖細胞、一匹の働きアリは一つの体細胞で、働きアリ間の分業は体細胞の細胞分化にあたる。

 巣内外における巣仲間の間でのコミュニケーションは、さまざまなフェロモン≠ノよって媒介されている。フェロモンとは「ある個体が体外に分泌し同種の他個体に受け取られ、特定の行動や生理的変化を引き起こさせる物質」と定義される。アリは地球上の全生物の中で、もっとも多くの外分泌腺を持つ生き物である。そのアリの外分泌腺の一部を図2に示した。アリの行列はよく見かけるが、これは餌を見つけたアリが巣へもどる際に地面に分泌した道しるべフェロモンのなせる技である。このフェロモンはある程度の揮発性をもっており三〇分程度の寿命しかない。また生きている大きな昆虫などの餌を見つけた時にたくさんのアリが集まってくるのは、攻撃のために相手に吹きかけた蟻酸とともに分泌された警報フェロモンの仕業である。

 警報フェロモンは薄い濃度では誘引作用があり、濃い濃度では忌避作用を引き起こす。これらのフェロモンは揮発性で、お互いに離れた個体間でも有効である。それに対し後述する巣仲間識別フェロモンや帰巣フェロモンなどは、触角で触れてはじめて分かる不揮発性のコンタクトケミカルである。

仲間を識別するのもフェロモンで

 

すべての昆虫の体表は、クチクラワックスと呼ばれる油で覆われている。その油の主成分は分子量の大きな不揮発性の高級炭化水素類が占めており、構成している成分組成に種ごとの特異性が認められる。アリが他のアリや昆虫の体表に触角でふれ、その後攻撃に移るのは、体表炭化水素組成の違いを情報として使っているからなのである。

 社会性昆虫であるアリの世界でもっとも不思議な生態は、同じ種類のアリ同士でも巣が異なれば喧嘩をすることで、むかしからコロニー特有のニオイ(コロニー臭)があるためだといわれてきた。しかしこのコロニー臭の正体は最近まで不明のままだった。この正体を明らかにしたのが私たちの一連の研究である。

 同種異巣の体表炭化水素組成を比較した結果、同種であるためその組成はまったく同じだが、組成比に大きな違いが認められた[図3]。また同巣の個体間では、その組成比にはほとんど差が認められなかった。しかしこのコロニー特異的な組成比は遺伝的に決まったものではなく、同巣個体でも生合成される組成比はそれぞれ異なっていることが明らかになった。そして以下にあげる少なくとも三つの方法で、巣仲間間でその体表炭化水素組成比の統一が計られていることが明らかとなったのである。

1――女王アリの集合フェロモンにより引き起こされる巣仲間の密なる集合の結果、直接接触による体表成分の混和と均一化が起こる。

2――アリは常に自分自身や他個体の体表面のグルーミングを行っていることが観察されるが、その結果舐めとられた体表成分は、頭部にある後部咽頭腺と呼ばれる貯蔵器官に集められ混ぜられ均一化が計られた後、再度グルーミングの機会に自分自身や他個体体表面に再塗布される[図4]。

3――さらに後部咽頭腺内の成分は、アリがよく行い社会性昆虫の特徴でもある仲間どうしの栄養交換の際にも受け渡しされる。

 これらの結果をふまえて、コロニー臭の正体は、コロニー特異的な体表炭化水素組成比の違いであることが明らかとなった。

アリの巣に共生する昆虫の戦略

 

アリが同じ巣の仲間のアリと同種でも巣の違うアリをどのようにして判別しているかを確認するための一つの方法として、アリの巣内に共生(共棲)している異種の昆虫の戦略を調べてみた。

 エイコアブラバチ(ハチ)はヨモギの根につくナシマルアブラムシ(アブラムシ)に寄生卵を産みつける寄生バチである。このアブラムシと共生しガードしているのがカワラトビイロケアリ(アリ)である。ハチはアブラムシに寄生卵を産むために近づくが、常にアリに攻撃され追い払われ、目的を達することができない。この時にハチがとった産卵のための戦略はみごとだ。ハチはアリの隙を見計らって背中に飛び乗りしがみつく。アリは暴れるが、ハチは二本の後ろ足を使ってアリの腹部を擦る。するとアリはおとなしくなり、ハチは触角で相手の体に触れ、触角をなめたり、体をなめたりして三〇分後くらいしてから飛び降りる。その後、翅を自分で噛み落とし、腹部を内部に曲げた姿勢でアリに近づいていく。その場合アリに襲われるのでは、と思われるが、そうではなく、アリはハチに口移しで餌を与えるようになるのである。この行動は仲間どうしの栄養交換と呼ばれ、アリはハチを仲間と認めた証明になる。

 これらの一連の場面におけるハチの体表炭化水素の組成(組成比)の変化を調べた結果が図5である。アリに飛び乗る前はn―アルカンのみで構成されていたものが、アリにしがみつき飛び降りた後は、その組成比までもアリのものと同じになっている。つまり三〇分ほど相手と体を密に接触させ、さらにグルーミングで相手からなめとったものを塗りつけていると相手の体表成分が簡単に自分に移って来るのである。このようにハチはアリと同じ体表成分を獲得することにより化学擬態≠成立させ、アリと同じ巣の仲間になっていたのである。情報化学物質の識別能力に優れたアリの能力を逆手にとったみごとな生き残り戦略といえる。

アリの触角でみた$「界はきっとすばらしいケミカルワールドに違いない。いつの日にかその分子の飛びかう世界を目の当りにし、またフェロモンを駆使してアリとの会話を楽しみたいものである。

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