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NI科学技術メディア時評





NIreport

[NI科学教育刷新計画]

二四時間オープン・市民運営を実現した

金沢市民芸術村――新しい学びの可能性

そこは、清楚でエネルギッシュな空気をたたえた空間だった。

展示があるわけでも、イベントがおこなわれているでもない。

古い紡績工場の、レンガの建物は、秋の光にはえてやさしく静かにたたずんではいるが、

そこに立っているだけでなにかを創り出したくなるような、

記憶やイメージが沸き立ってこの手で形にしたくなるような、そんな力のある場所だ。

古い壁と屋根がつくる空間は人の心を貫いて、

からだの中の「創りたい」「表現したい」という中枢に語りかけてくる。

金沢市民芸術村は、市の施設でありがなら運営を全面的に市民に委託し、

24時間オープンという、全国でもめずらしい運営のスタイルを実現し

演劇や音楽の練習の場として、市民に親しまれている。

同じ敷地内には、金沢職人大学校があり、多くの職人たちが腕を磨いている。

有形・無形の「ものづくり」の広場。創造と技術、市民と伝統。

この広場が創り出すものはなにか、そしてこの雰囲気はどこから来るものなのか、

知りたいと思った。

文=古田ゆかり(サイエンスリテラシープランナー)

紡績工場跡を「芸術村」に

 広い空間に、レンガの建物が連なっている。建物に添って、用水に見立てた水路が細長く続く。一九九四年に大正時代からこの地にあった紡績工場が移転、その跡地を市が買いとり、演劇、音楽などの練習のためのレンタルスペースとして一九九六年にオープンした。  

 内部の床や壁、柱、外装のレンガは工場時代のものをできる限りのこし、必要な部分だけを改修している。全体は「ドラマ工房」「ミュージック工房」「アート工房」などの五つの「ピット」にわけられており、楽器や照明・音響器具などもひととおりそろっている。内部の古い柱や壁には工場時代の傷や時間の経過を思わせる艶がある。

 紡績工場の跡地と建物をどのように利用するか。金沢市は古くから芸事の盛んな土地柄であり、複数のホールもある。しかし、それだけでは市民はいつでも「受け手」でしかありえない。プロの演奏、芸を鑑賞することも大切だが、大切なのは市民が主体であることだ。芸の裾野が広がればそこに新たな芽が育つ。現市長、山出保氏のことばで芸術村の構想が持ち上がった。

自由な表件活動のために

市民が望んだこと

 どんな施設にしたいか。芸術村は市民の要望を聞くことからはじまった。

「安い料金で使えること」

「表現の自由が保障されること」

「夜遅い時間まで使えること」

「ゆるやかな管理を」

 市民の立場からすればどれも自然な要望だった。アマチュアの人たちが利用するので、一般に昼間は仕事や学校に通っている。練習時間が夜になるのは自然のことである。しかし、行政の業務の中でこれらの要望を実現するのはむずかしい。それならばと、運営を市民に委託しよう、という当時としては大胆な発想が生まれたのである。

 市民の中から「ディレクター」を選出し、ディレクターが施設使用の予約受付やイベントの企画、備品の購入希望や、予算の要求や執行など細部にわたる運営業務を受け持つというのである。ディレクターにはわずかな手当があるものの、基本的にはボランティア。かなり多忙な「職務」となる。当然のことながら、使用者に公平なバランス感覚は欠かせない。

 また、規則は、基本的に火をとり扱わないことと使用後は現状復帰をすることで、細かい規則ははディレクターを中心に利用者の意見をとり入れてつくった。市民運営で二四時間オープン。いくら市民が「責任を持つ」ととり決めても、行政側に不安はなかったのだろうか。

市民を信頼するということ

 市の職員として常駐する金沢市民芸術村の村長、細川紀彦さんは、

「夜中も開けているということで、最初は私たちも暴走族のたまり場になるのではないか、ホームレスが集まってくるのではないか、といったことも心配はしました。でも、ここは夜中でも目的を持った人たちが一所懸命活動している場所。そのような人たちは寄りつけない雰囲気なのではないでしょうか。最初の心配は杞憂でした」と話す。また、使用後の片づけや現状復帰という約束もきちんと守られているという。

「あるとき、私が帰りが遅くなって、片づけをしている若い人たちに聞いたんですよ。どうして約束を守ってくれるのか、ってね。そうしたら、『自分たちの場所だから』というんです。市民を信用すること、これがこの事業の成功だと思います」。

使用料は、六時間で一〇〇〇円。高校生の小遣いでも借りることができる。また、使用時間は中学生は午前九時〜午後六時まで、高校生は午前七時〜午後一〇時までだが、指導者(保護者)がいる場合はその限りではない。つまり深夜でもOKだ。なるほど。がちがちの規則からは、こんな発想は出てこない。この場所はすでにおよそ百万人の市民が利用しているというのもうなづける。

「昼間は比較的静かですが、夜になるとつぎつぎに人が集まってきてにぎやかですよ」。

自分たちで伝統を守る、街を守る

 一方、同じ敷地内にある金沢職人大学校では、職人たちが自らの技術に磨きをかけている。ここには石工科、瓦科、左官科、大工科、造園科、畳科、板金科、建具科、表具科があり、すでに一定の技術を身につけたプロの職人たちがさらに技術を向上させるために学んでいる。

 金沢市内には、歴史的な建物が多く残っており、この町並みを自分たちの手で守っていくこと、金沢に残る伝統的で高度な匠の技を継承していくことが目的だ。

 授業の内容は、技術を教えるだけではなく、金沢のまちづくりを考えたり、市内に残るすぐれた職人と交流したり、伝統美にふれるといった精神面でのふくらみにも配慮されたものとなっている。さらに、三年間の本科を終えると、文化財などを手がけることができる技術を修得する修復専攻科に進むこともできる。

 ここで学ぶ人たちが、一年に一度先生になる。市民芸術村のアート工房で、石を彫ったり、表具や建具などの市民を対象にした講習会が行われ、その講師として市民と交流するのである。集まってきた人たちにとっては、おとなも子どもも、匠の技の深さにふれる貴重な機会となる。

創る場所・会話の場所・休む場所

 レンガの建物の向こう側に、木造二階建ての建物がある。「里山の家」である。

「長時間の練習の合間、練習が終わったあと、公演のあとなど、休んだり打ち上げをしたりする場所が必要だろうという市長の考えで、古い農家を移築したものです」。中に入ると土間に続いて板張りの部屋。中央にはいろりがある。天井が高く、障子を通過した自然光が磨き込まれた床と柱を照らす。これも心地よいスペースだ。その奥は四つに仕切られた和室がある。

「畳が傷んだり、ふすまがやぶれたりしたら、職人大学校の職人さんたちに直してもらえますから」と細川さんは笑った。ものづくりと生活、表現と自治、伝統を守りつつ、新しいものを生みだす。人が集まり、創り、語り、ともに時間を過ごす。そこでまたなにかが生まれる。

「学び」と呼んでしまうほど堅苦しくない、骨太な営みのモデルがこの場所とこの街にある。最初に感じたあの高揚感は、ここに集う人々のエネルギーとこの場所を大切に思う気持ちが創り出したもう一つの作品なのか。今夜も、あの場所は、表現と発散と、そしてたくさんの想いとエネルギーに満ちているにちがいない。

 紡績工場跡にできた「金沢市民芸術村」。そこでは、ものづくりとアートと地域のなかで自然に一体になっています。とはいえ、なぜ科学教育と関係するのか、そんな疑問をもたれる読者もいらっしゃるかもしれません。

 前号の滝川洋二氏インタヴューでお伝えしたとおり、文部科学省学習指導要領に必ずしもとらわれない科学教育の試みは、各地の地域づくりのイベントの中でも盛り上がりをみせるようになってきています。

 市民参加による新しい学びの場、そこから伝わってくる、ものづくりや技術、科学を含めた新しい学びの胎動が感じられます。

 芸術村のスタートを知ることで、科学教育刷新にもまたもや新たな可能性が生まれてくるのではないでしょうか。今後の展開・提案をご期待ください。

(副編集長 林 衛)

●連絡先

金沢市民芸術村

金沢市大和町1-1 

TEL:076-265-8300

URL:http://www.city.kanazawa.ishikawa.jp/artvillage

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