NATUREINTERFACE.COM
ネイチャーインタフェイス株式会社 info@natureinterface.co.jp TEL:03-5222-3583
ネイチャーインタフェイス > この号 No.06 の目次 > P90-91 [English]

科学技術社会論のすすめ -- 藤垣 裕子

series...number04

科学技術社会論のすすめ

FUJIGAKI Yuko

藤垣裕子

専門主義と公共性

科学技術社会論では、科学技術の関連する公共での意思決定を対象とする。この公共空間の問題解決の特性を、科学者の専門主義維持機構の特性と対置してみることが、今回の目的である。

専門主義の源泉

現代の科学者の専門主義は、ジャーナル共同体(専門誌の編集・投稿・査読活動を行うコミュニティ/藤垣、一九九五、九八、二〇〇二年)によって支えられている。ジャーナル共同体は、本連載の第二回でも述べたように現代の科学者の研究の判定、蓄積、後進育成、社会資本の基盤にとって重要な役割を果たしている。

 さて、このジャーナル共同体は、レフェリーシステム(査読システム)という独特の維持機構をもつ。まずある研究者がそのジャーナルに論文を載せたいとする。研究者は論文をその雑誌の編集者(エディター)に投稿する。すると、エディターはその論文の内容を判断できる査読者(レフェリー)を選択し、その論文の掲載の妥当性を聞く。レフェリーはその論文を査読し、その結果をエディターに返却する。エディターは(複数の)レフェリーの査読結果をまとめ、投稿者に掲載諾否を通知する。このように、レフェリーシステムとは、当該ジャーナルにおける「知識の審判」機構を果たす。そのジャーナルのレフェリーの判断によって、そのジャーナルに投稿されるある論文群は掲載許諾され、ある論文は掲載拒否される。レフェリーの判断、という行為の結果として、そのジャーナルの境界というものが形成される。拒否された論文はその境界の外にあり、受理された論文はその境界の内側にある。また査読者の意見によって修正を要求された論文は、境界の内に入ってもよいように修正される。

 このレフェリー制度によって保たれているジャーナル共同体の知識の審判機構が、現代科学者の専門主義の源泉である。このジャーナルの境界、つまりその雑誌における知識の審判の境界を、その雑誌の「妥当性境界」と呼ぶことにしよう。大事なことは、このような妥当性境界が、最初からあるわけではなく、査読者の諾否の判断の積み重ねとして形成されるということである。「確固たる」境界が最初からあるわけではない。科学者のコミュニケーションの結果として形成されている、ということである。さらに大事なことは、専門誌の最新号の「妥当性境界」は、今、まさに作られつつある、ということである。そしてこの境界は、時々刻々作られ、書き換えられ、更新されていく性質をもつ、ということである。

公共の問題解決

専門的知識の特徴で大事なことは、専門誌の最新号の「妥当性境界」は、今、まさに作られつつある、ということである。そしてこの境界は、時々刻々作られ、書き換えられ、更新されていく性質をもつ。このことは意外と認識されていない。公共空間の問題解決に携わる技術官僚は、科学者がいつでも「確実で厳密な答え」を出すことを前提としている。そしてその答えに、政策立案者や行政官は忠実に従うという「技術官僚モデル」をもつ。しかし、ジャーナル共同体論は、確実で厳密な答えが常に存在しているのではなく、科学者たちが日々それを作り、書き換え、更新していくことを説明している。技術官僚モデルが科学的知見を「固い」「確実な」ものとしてとらえているのに対し、現実の科学はより「構築途中の」ものなのである。

 科学技術関連の社会的意思決定の課題は、科学者集団が今、まさに作りつつある境界が関係する。科学者でさえ今、まさに知識を作りつつある領域であるからこそ、科学的根拠、証拠に不確実性が存在し、グレーゾーン●01があり、そのグレーゾーンにおいて意思決定しなくてはならない場合がある。現在の公共的意思決定の特性は、科学者でさえ、「今、まさに作りつつある境界」のところで、つまり、科学者でさえ、答えをだせないところで、意思決定しなくてはならないことである。

 たとえば有害物質の人体影響についての問い、大気汚染防止のために排出される煤塵の大きさを何ミクロン以下に規制するか? という問いについて考える。これは科学技術に関連する社会的意思決定(何ミクロン以下の規制か)の例の一つである。

 この公共的問題に対して、上に述べた科学者の専門主義維持機構は(ここでは疫学、公衆衛生学)は、次のような研究結果を要求する。すなわち、二〇〇一年現在Xミクロン以下の煤塵摂取群(N)とXミクロン以上の摂取群(E)とに分け、二〇一一年の時点でそれぞれの群における疾病になった群(Nd、Ed)とならなかった群(Nh、Eh)の人数を調べ、Ed/(Ed+Eh)の値が、Nd/(Nd+Nh)の値よりも有意に大きいかどうかを調べることである。もし有意に大きければ、Xミクロンという値で規制することに意味があることが疫学的に保証される。

 しかし現実には、人間を使ったコホート研究(上のような研究デザインのことを指す)はできない。かつ、一〇年も観察している時間がなく、今、判断を下さないとならない場合がほとんどである。したがって、この判断の場合、根拠となる科学的データの多くは、(a)実験動物を使ったデータから人間の影響を推定しなけばならず、(b)数カ月程度の観察でえたデータから、数年のオーダーで推測しなくてはならない。その推定には不確定要素を含む。そのため、この規制のための基準であるXミクロンのXを決める「境界引き」の作業には、この不確定要素をふくんだ、グレーゾーンにおける証拠をもとに議論しなくてはならないのである。

 あるいは、遺伝子組み換え食品はどこまで安全か、その規制をどうするか、という例を考えてみよう。これも科学技術に関連する社会的意思決定(どこまで安全かの意思決定)の例の一つである。この公共的問題に対して、上に述べた科学者の専門主義維持機構は(ここでは食品疫学)は、次のような研究結果を要求する。つまり、二〇〇一年現在、ふつうのトマトを食べ続けた群(N)と、遺伝子組み換えトマトを食べ続けた群(E)とに分け、二〇一一年の時点でそれぞれの群における疾病になった群(Nd、Ed)とならなかった群(Nh、Eh)の人数を調べ、Ed/(Ed+Eh)の値が、Nd/(Nd+Nh)の値よりも有意に大きいかどうかの調査結果である。もし有意に大きくなければ、遺伝子組み換えトマトは安全である、ということが疫学的に保証される。しかし現実には、人間を使ったこのような経口摂取のコホート研究による毒性評価はできない。したがって、ここでも、「どこまで安全か」という境界引きを、やはり不確定要素をふくんだグレーゾーンのデータをもとに、意思決定しなくてはならないのである。

まとめると、以下のようになる。公共空間の問題解決で問題となる課題は、

1…科学者にも答えられない問題だが、「今、現在」社会的合意が必要

2…不確定要素をふくむ問題だが、「今、現在」社会的合意が必要

という特徴をもつ。

ジャーナル共同体の妥当性境界も構築途中であり、グレーゾーンがある状況において、意思決定をしなくてはならないのである。科学技術社会論が扱う領域はこのような特徴をもつ。

 このような特徴を考慮すると、技術官僚モデルが基礎とする「固い」科学モデル、つまりいつでも確実で厳密な答えが出せるという科学モデルは、問題を含んでいるのではないだろうか。

01|ワインバーグは、「科学と超領域科学」という論文のなかで、科学者側、行政の規制当局側の双方に対し、科学と政治の間には、「科学に問うことはできて科学には答えられない」疑問によって特徴づけられるグレーゾーンが存在すると警告し、それを「科学を超える問題群」(trans-scientific questions)と呼んだ(Weinberg,,1972)。またこのグレーゾーンに関係して法学者マガリティは、1970年代の米国連邦政府による発ガン性物質の規制を通じて科学と政策の境界を検証し、この種の規制の「解決には科学的考察と政治的考察がともに有用である」と言及した(McGarity,1979)。

藤垣裕子[ふじがき・ゆうこ]

一九六二年生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒業、

同大学院総合文化研究科広域科学専攻博士課程修了。

Ph.D. 同大学助手、科学技術庁研究所を経て、

現在、東京大学助教授

(大学院総合文化研究科広域化学専攻/広域システム科学系・情報図形科学)。

専攻は、STS(科学技術社会論)、科学計量学。

著書に『科学を考える』(共著、北大路書房)、

訳書に『科学計量学の挑戦』(共訳、玉川大学出版会)ほかがある。

NATUREINTERFACE.COM
ネイチャーインタフェイス株式会社 info@natureinterface.co.jp TEL:03-5222-3583
-- 当サイトの参照は無料ですが内容はフリーテキストではありません。無断コピー無断転載は違法行為となりますのでご注意ください
-- 無断コピー無断転載するのではなく当サイトをご参照いただくことは歓迎です。リンクなどで当サイトをご紹介いただけると幸いです
HTML by i16 2018/10/17