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広告索引 奥付・編集後記 -- 編集部




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文学と科学のインタフェイス

KAZAMA Kenji

風間賢二

オートマトンが怖い|

風間賢二[かざま・けんじ]

1953年東京生まれ。武蔵大学人文学部卒。

評論家・翻訳家。

早川書房編集部退社後、幻想文学や英米のポストモダン小説の紹介・翻訳に従事。東京都立大非常勤講師。1997年に『ホラー小説大全』(角川選書)で第51回日本推理作家協会賞評論部門受賞。その他の著書に、『ダンスする文学』(自由国民社)、『スティーヴン・キング』(筑摩書房)、『オルタナティヴ・フィクション』(水声社)、『ジャンク・フィクション・ワールド』(新書館)などがある。主訳書に、レイ・ガートン『ライブ・ガールズ』(文春文庫)、アーヴィング・ウェルシュ『スマート・カント』(青山出版)、スティーヴン・キング『魔道師の虹』(角川書店)など多数。

オートマトンの歴史は古い。

一般的には、自力で動く機械の鼻祖といえば、中世末期に作られた精密な時計だと考えられがちだが、人間が機械製造に熱中したのは古代にまでさかのぼることができる。すでに初期バビロニア文明や中国文明に複雑な歯車式の機械の残存が発見されているのだ。どうやらそれは天文装置の一部だったらしいが。

 古代の人びとの機械装置に対する狂熱には、自然界を模倣し、神の、創造主の意図を自ら実践したいという願望があった。すでに紀元後一世紀には水時計や日時計――天体時計が存在していたが、それらの主とした役割は時間を告知することではなく、美的・宗教的、そして天体の動きを模倣することにあった。

 創造主が産みだした宇宙をシミュラクラする天体時計の大がかりで精巧な最初の作品は、一三六四年のイタリアのバドヴァで作られている。それは地球の周囲の軌道を回る惑星を配して天文学的データが表示される、当時としては驚嘆すべき装置だった。

 実際の機械装置はさておき、人間の機械に対する憧れ、それも生物の姿(とりわけ人間)をしたオートマトンに関する夢は、ギリシア神話を繙けば、その起源の古いことがわかるだろう。

 たとえば、ヘーパイトスとダイダロスの話。前者は足萎えの自分自身のために介護人として黄金の美女を二体、およびガードマンとして鉄の巨人ターロスを製造している。後者はクレタ島の迷宮の創造者にしてイカロスの父親としても知られるが、彼はクレタ島ミノス王の淫乱な妃のために牡牛に似せたセックス・マシーンや自動人形を作った。ちなみに、その多淫な妃と機械牡牛とのあいだに生まれた息子が怪物ミノタウロスである。

 以上のことからもわかるように、オートマトンに対する憧れは、大別して二種類ある。ひとつは宇宙そのものを模倣すること。そしてもうひとつは生命体、とりわけ人間を再現することだ。

 後者の人造人間の系譜としては、ギリシア神話のピュグマリオンやユダヤ神話のゴーレムを初めとして、中世のスコラ哲学者にして錬金術師アルベルトゥス・マグヌスの質問に答えるロボット、あるいは医師にして錬金術師パラケルススのホムンクルスなどが知られている。中国でも漢の時代から〈機械木人〉というカラクリ人形があり、その技術が伝来した我が国でも七世紀から玩具・見せ物としての人造人形は作られていた。飛騨高山の祭りのカラクリ人形などがその代表である。

 宇宙=天体を模倣するオートマトンは、近代に入ると数学と物理科学の発展により、論理的な思考自体をモデルにした機械の製造へと発展した。すなわち、今日のコンピュータやA.I.につらなる論理機械装置だ。これは一三世紀スペインの神秘主義者レイモン・ルルスの〈大いなる術〉と呼ばれた思考機械から、パスカルの足し算・引き算ができる計算機、ライプニッツの論理思考装置(これは構想の段階で終わっている)、そして一九世紀英国のチャールズ・バベッジによるディファレンス・エンジンへと至る。

 いっぽうでは、生命体を模倣したオートマトンの技術も神話や伝説、魔術の領域を抜け出して確実に発展していった。この分野では、まず天才レオナルド・ダ・ヴィンチの名をあげなければならない。彼は、本物そっくりに動き回るブリキ製のライオンを作り、フランソワ一世に献上している。もうひとりの天才であるイエズス会の神父アタナシウス・キルヒャーは目と唇と舌を動かして予言をする彫像を作製した。

 その真偽のほどはわからないが、デカルトは五歳ぐらいの少女フランシーヌと名づけられた自動人形をいつもトランクに入れて持ち歩いていたという。精神と肉体を切り離した二元論の文脈から動物を精密なゼンマイ仕掛け機械とみなした、近代西欧合理主義の父にふさわしい巷間の噂(?)だ。

 そのデカルトが『方法序説』や『情念論』で、動物や人間はひとつの機械にすぎないが、完全に機械と異なるのは内に精神を宿していることだと唱えた説、およびニュートンに代表される秩序だった機械仕掛けの時計としての宇宙観は、一八世紀にはド・ラ・メトリの『人間機械論』を生み出すまでになった。かくて合理的精神と理性の支配する啓蒙主義の時代、オートマトンは黄金時代を迎える。

 基本的にオートマトンは創造主の意図をシミュラクラすることにあるが、古代においては美的・宗教的意味合いをもち、中世では驚異の感覚を呼び起こすものとして珍重され、そして近代になると、それに玩具・見せ物としての役割が生じ、人びとに悦をもたらすものとして愛せられるようになった。

 そうした玩具職人として当時もっとも有名だったのが、ジャック・ド・ヴォーカンソンである。彼の製造したアヒルは歩き、食べ、水を飲み、泳ぐこともできた。文豪ゲーテやロマン派の作家アムヒ・フォン・アルニムも実際にそのこれまでに作られたもっとも驚くべき機械≠目にしている。

 そのほか、囀る小さなハチドリや字を書き絵を描く少年の自動人形を作った機械技師マイヤールなども知られているが、ヴォーカンソンの好敵手としてはピエール・ジャックとアンリ・ルイのドローズ父子が名高い。

 ドローズ父子は鳴く羊や犬、あるいはハープシコードを弾く少女や筆記少年を製作したが、あまりにも精巧にできていて本物そっくりだったので、魔法使いの嫌疑を受け、異端審問所の牢獄に閉じ込められ、あやうく死刑になるところだったという。おもしろいのは、その父子の作った筆記少年が書く文句で、デカルトの「我思う、故に我あり」をもじって、「我思わない……故に我あらぬか?」というものだった。

 同様によく知られているのがウィーンの枢密顧問官ウォルフガング・フォン・ケンペレンの作った数々の自動人形で、とりわけ「話をする首」や筆記人形、そして将棋差し人形が評判となった。最後にあげた将棋差し人形は、のちにアメリカにわたり見せ物興行として各地を巡回することになる。そしてエドガー・アラン・ポーに、そのカラクリ仕掛けがイカサマだったことが喝破されてしまうのだ。いわゆる、「メルツェルの将棋差し」である。

 紙数がつきたので、次回は、この将棋差し人形にインスピレーションを受けたみっつの作品――ホフマンの「自動人形」、ポウの「メルツェルの将棋差し」、そしてビアスの「マクスンの主人」について詳説し、ひとまずオートマトンについては区切りをつけよう。

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