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[特集] 植物の成長科学 アグリバイオが未来を拓く -- 森 敏






(P13-17)

未来予測アグリビジネス最前線

01

植物の生長科学

アグリバイオが未来を拓く

森敏

(東京大学大学院農学生命科学研究科教授)

聞き手:板生清

(本誌監修)

現在、先端生命科学、ナノサイエンス、情報科学などのフロンティア・サイエンスをベースにした新領域の技術開発がさかんに行われている。

なかでも、マイクロ・バイオ・テクノロジーとITとを融合させたマイクロシステム技術を農業へ応用することで、あらたな産業が生まれようとしている。アグリ・バイオである。

アグリ・バイオによって、農作物の生産性は飛躍的に向上し、バイオ・テクノロジーによる健康機能性食品用の農作物が創られるようになる。

農作物の生産システム自体がまったく新しいものへと変わる可能性を秘めている、二一世紀の技術といえる。

アグリ・バイオ技術は、現在どのような地点まできているのか、また、それが将来の農業をどう変えるのか。

この特集では、それらを探ることによって、近未来のアグリビジネスの可能性を伝えてみる。

この特集は昨年九月に東京大学新領域創成科学研究科で企画された

「FSフォーラム新領域の開拓」(企画者:板生清・本誌監修)に基づいてつくられている。

植物の生長のコントロール

板生―WINでは農業関連のITについての研究プロジェクトを立ち上げ、一月から動き出しました。そこで、「植物の生長」のコントロールについてお話を伺いたいと思います。まず、植物の生長のポイントとは、どのようなことでしょうか。

森――植物の生長というのは、細胞の分裂と伸長のことです。植物の場合、根や茎の先端の細胞が分裂し、伸長します。この先端の部分を生長点といいます。生長点の部分は新しい組織で、他の部分はすでに分裂と伸張を終えています。その意味で植物の組織は全体として歴史性を持っています。すなわち植物の体には、既にできあがったものと新生したものがビルトインされているのです。

 高等植物には、導管と篩管があります。導管は地下から吸収された水や養分を地上部へ運び、一方、地上部で光合成された養分が篩管を通って地下部へ降りていきます。両方の通道組織がたくみにシンクロナイズして物質の植物体内循環が行われ、植物は生長していくわけです。

板生―それらを運ぶためのポンプ機能は、どのような仕組みになっているのでしょうか。

森――導管の中で水分や養分が吸収されて上へ行く駆動力は、葉の気孔にあります。太陽が葉にあたると、気孔が開き、水が蒸散します。そのときの蒸気圧差によって根圏の水から植物体を通って大気にいたるまでの水のエネルギーポテンシャルの差が生じ、水を一〇〇mくらい上へ引っ張れる力が働きます。一方、細胞膜を通して組織から組織へ、細胞から細胞へ、養分を運ぶ役目をするのがトランスポーター(輸送体)という膜蛋白質です。これは、細胞膜に埋め込まれている非常に機能的な穴で、各種のイオン、糖、有機酸、アミノ酸、水などを通します。それぞれの物質に固有のトランスポーターがあり、それによって細胞膜の内側と外側を物質が出入りしています。

板生―トランスポーターは他にどのような機能を持っているのでしょうか?

森――光、温度、水、養分、濃度など、いろいろな環境情報を拾っています。

遺伝子の話になりますが、たとえば、「根のまわりに吸収できるアンモニア態窒素源が少ない」という情報を拾ったら、根のアンモニウムイオン・トランスポーターの活性は高まると同時に、トランスポーター自体の数を細胞膜内に増やします。そうすることによって、非常に少ない濃度のアンモニアを一所懸命吸収しようとします。そのようにして環境に適応しているのです。

板生―とても高度な環境センサですね。

森――植物はその場所を動けないので、ある意味であらゆる種類の環境センサを働かせているといえます。

たとえば、大きな環境変動があるとき、一粒でも二粒でも子孫である種子を残すために、体内代謝を一気に変える植物があります。たとえば、年間で五〇mmくらいしか雨が降らない砂漠でも、必ず、突然バーッと大雨が降るときがありますね。そのときに、それまで眠っていた種子が「水が来た!」というので一斉に発芽して、四週間くらいで花をつけてしまいます。栄養生長と生殖生長を、土に水分のある短い期間で一気にやってしまうのです。そういう適応をするような生物が、砂漠にはたくさんあります。

板生―それでは、非常に厳しい環境で適応していくのとは逆に、ハウス栽培のように、あらゆる環境を整えてやると、植物は生存のための力が最小限ですみますね。そのとき植物は何に力を注ぐわけですか。

森――ストレスが少なくなるので、量的な生長は非常によくなります。しかし結局、食べ物としての質の問題になりますね。たとえば、ハウスの中で栽培したトマトは露地栽培のものと比べておいしくない。自然の生き物は、人間の想像を絶するさまざまなストレス環境の中にあり、それらのストレスに耐えるための遺伝子を絶え間なく発現しています。しかしハウスは、いってみれば肥満環境であるため、そういう遺伝子群を強く発現する必要はなくなっています。

そうなると、実際に農家の方がやっていることですが、たとえば海水を畑にかけるのです。土壌の塩濃度が高くなると、根の細胞の外側の水のエネルギーポテンシャルが非常に低くなるので、そのままだと作物は脱水して枯れてしまいます。そうならないようにするために、植物は、細胞の中に非常に浸透圧の高いもの、いいかえれば、水のエネルギーポテンシャルを土壌よりも下げるための物質を必死でつくります。水はエネルギーポテンシャルの高い方から低い方へ流れるからです。

板生―組織を変えていくわけですか。

森――そうです。たとえばトマトの場合、海水をかけると、人間が甘味と感じる成分を体内につくります。実際、トマトの果実自体も糖の含量が上がります。このように、人為的にストレスをかけておいしいものをつくるという農法もあるのです。

 露地栽培では、せっかく光合成で体内にたくわえた太陽エネルギーを、環境負荷に耐えるために大量消費する必要があります。そのために収量は低いのです。一方、ハウス栽培や人工気象室での栽培は、外からエネルギーを加えて環境を人為的にコントロールしていますから、次世代をつくるための遺伝子を全面的に展開できます。

板生―そうであるなら、つまり、そのような良環境で育つトマトは必ずしもおいしいわけではない、ということですね。では、どうしますか。

森――その問題を解決するために、品種改良とか遺伝子工学を使うことが可能です。たとえば、非常に糖度が高い、糖をどんどん蓄積するような遺伝子を入れるなど。

板生―そのような遺伝子はすでに発見されているのですか。

森――いくらでもあります。特に遺伝子工学を使わなくても、たとえば野生のトマトから掛け合わせをするというのも一つの方法です。いわゆる従来的な育種、ブリーディングですね。そういう方法でも、トマトの場合は糖度を、極端な場合通常五%のものを一〇%ぐらいまで上げることはできます。

 しかし、さらに二〇%ぐらいまで上げようとすれば、遺伝子工学によって、もっと糖を蓄積する遺伝子を導入することも可能です。遺伝子工学の場合、入れている遺伝子ははっきりしています。逆に、従来の育種法は、掛け合わせをしてランダムに染色体を交換するので、目的とするもの以外のものがたくさんでき、選抜に大変な手間ひまがかかります。遺伝子工学で最初に成功したのはフレーバーセーバーという品種のトマトですが、これはずっと青い状態でいて、輸送中もいたまない。いわゆるハンドリングがいいわけですね。店頭に置いても熟したまま崩れないというのが特徴でした。

遺伝子組換え食品

板生―日本では遺伝子組換え食品の開発は、どういうことがなされているのでしょうか。

森――これまでは農家の立場から、労働生産性の向上や土地生産性の向上、流通のためのハンドリングの効率がいい青果物をつくる、といったための遺伝子が見出され、導入されてきました。除草剤耐性、病害虫耐性などです。

 しかし最近は世界のアグリビジネスも、また日本の農水省も、消費者の立場から見て嗜好性の高い、メリットの感じられる食品の開発を進めています。「第三次植物バイテク時代」と呼ばれているものです。それを食べたら健康になれる、それを食べたら免疫力が高まる、血圧降下の効果があるなど、いわゆる漢方的な成分をお米や野菜に入れることを考えています。たとえば、若者の貧血対策として、サラダの鉄分含量を高めるとか。日常的な摂取で健康が保てると、病院に行く回数が少なくなるので、生涯医療費も結局安くつく、国家の医療保険負担も少なくてすむ――といった好ましい循環が起こればいいわけです。

板生―そういえば、弊誌第5号で軽部征夫先生へインタビューしたところ、やはり薬品的食物をつくるという話をお聞きしました。

森――おそらく日本では、遺伝子導入食品のビジネスがパブリックアクセプタンスを得るのは、「健康によい」「栄養価の高いもの」というように、漢方的な食物から入っていくのではないでしょうか。もっとも実際には、大豆やトウモロコシを原料とした加工品として、すでに我々は遺伝子導入食品を日常的に摂取しているのですが。それで健康に対して、世界中で何の被害も起こっているわけではないのです。

 非常によい例があります。三〇年前に紅茶やコーヒーが若い人にヒットしました。そのおかげで国産のグリーンティー(日本茶)のメーカーは売上が伸び悩みました。町のスタンドにはコーヒー、紅茶はありましたが、日本茶はなかったのです。どうしたらお茶をスタンドに入れることができるかと試行錯誤した結果、お茶にビタミンCを入れたり、中身を濁らせず、透明感を出したりすることができました。最近では、お茶の研究がどんどん進み、含有されているテアニンという五〇年前に日本人が見つけたアミノ酸が、脳の栄養や鎮静に効果があるとわかってきています。またカテキンという物質は細胞の老化防止になることがわかってきました。そういうことを付加価値として、マスコミが大々的に宣伝し始めました。

板生―お茶の効用が付加価値となったのですね。

森――いま若い人の間では、小さなお茶のペットボトルを持つことがファッションになり、爆発的に売れています。二〇年前、三〇年前に一緒にお茶の研究をやっていた人は、「いま、恥ずかしいくらい」「こんなに売れていいの?」といっているわけです(笑)。

パブリック・アクセプタンス

板生―遺伝子組み換え食品については、パブリック・アクセプタンス、つまり大衆による受容の問題が依然としてありますね。

森――先ほどのお茶の例が典型的なのですが、付加価値で効用があるということを大衆が認めてくれることが必要なのです。パブリック・アクセプタンスを得ているということは、「サイエンス」と「パブリックの感性」が、どこかでインタフェイスしているということですね。これはまさにネイチャーインタフェイスであり、このインタフェイスをサイエンスの領域に徐々にとり込んでいくことが必要です。

板生―そのためには、どうしたらよいのでしょうか。

森――新しい技術のパブリック・アクセプタンスを形成するためには、新聞、ラジオ、テレビの役割が大きいです。それによって大衆が知的に教育されるからです。しかし、小中学校の理科教育や幼稚園でも根本的な科学教育をしなければいけないでしょう。私は、アメリカでは遺伝子工学のキットを売っていますから、これを授業にとり入れなさいといっています。アメリカでは小中学校で遺伝子工学のキットを使っているところがあります。そういうことをやりますと、「遺伝子組み換え」という言葉が、幼少の頃から怖くなくなります。「遺伝子組み換え」は普遍的な科学であり、技術であるという幼少からの「刷り込み」が必要です。

板生―遺伝子組み換えは科学者の遊びで、神に対する冒涜だ、というような話がマスコミでいわれることがありますが。

森――ちょっと意地悪くいわせてもらえば、彼等はいつまでたっても低いレベルで大衆の意識を押さえ込むことによって、危機感をあおって飯を食っている人種ですから。

板生―そういう意味でも、先生のおっしゃる悟性(科学)と感性の間のインタフェイスをもう少し悟性側にもってゆく努力が必要ですね。このためにも本誌は役に立つよう努力します。

生態系への影響

板生―遺伝子組み換え植物の影響についてはいかがでしょうか。

森――遺伝子導入植物について、まだその影響がわかっていないのは、生態系に対する影響です。生態系に対する影響に関しては、我々は完全には制御できません。花粉がどこまで飛ぶかということは調べることができますが。この問題は農業に栽培作物を導入する場合、いつもついてまわる問題なのです。

板生―外来種が入ってきて、その地域の生態系が侵される。それと同じような問題が起こる可能性がありますか。

森――起こる可能性はあるといえます。

板生―遺伝子の組み換えで新しくできた品種はきちっと制御すればよい、と科学者はいいますが、実際には難しいのでしょうか。

森――遺伝子組み換えに反対している人はそこを指摘します。スターリングというアレルギー蛋白を含む飼料用トウモロコシの品種が、食用に輸入したトウモロコシに入っていたことが大問題になりました。トウモロコシの輸出入業者は、種子輸送の過程で、これは遺伝子導入のトウモロコシ、これはまったく遺伝子導入しないトウモロコシ、という選別ラインをきちっと分ける、そうしなければ輸出入しないといっています。それでも非遺伝子導入系統に遺伝子導入のトウモロコシが入ってくるのは、現状では選別を完璧に行うことはきわめて難しいということですね。工場生産的な品質管理技術では、日本は世界に冠たるものがありますが、農作業的な品質管理は厳密にはできないようですね。

板生―間違って混入することがあるということですね。

森――そういうことがあるということを前提として、技術を開発しないといけないわけです。

板生―そういう意味で遺伝子組み換えは難しい問題を抱えていますね。

森――もう一つは、いくら品質管理を厳密にしても、先ほど申しました圃場での花粉の拡散の問題があります。遺伝子導入品種の花粉が、遺伝子導入していない遠くの畑の品種に受粉するということです。しかし帰化植物の場合もそうですが、私の意見は、自然での交配は避けがたく、その中で、自然淘汰と人為淘汰がなされて、人間のために優良品種として選抜されてきたのが栽培品種なのです。「自然がよい」といっても、我々の身のまわりの自然には、原自然というものは一つもないといってよいと思います。自然も時々刻々変化しているということを忘れてはなりません。

 問題は、生産者や流通業者の側のみに立った遺伝子導入品種の開発を行うのではなく、消費者にとってもメリットのある品種を開発することに尽きると思います。

環境変動に対応する技術

森――技術開発に関連して、私の意見を地球温暖化との関連で述べさせていただきますと、昔一〇〇ppmだった二酸化炭素が現在は三〇〇ppmになっていますね。太古の昔にゆっくり増加していたときは何でもありませんでした。ところが、過去一〇〇年間でかなり急激に変わったから怖いのです。温暖化によって、年間の気象変動幅が大きくなってきています。世界の穀物収穫量も、地域的な年次変動の幅が最近では非常に大きくなっています。したがって今後は、大きな変動幅に耐える技術を本気で組み立てていく必要があるでしょう。

 たとえば、農業だと、現在お米は北海道の最北端までできる冷害耐性品種が開発されています。温暖化が進めば、樺太やロシアでも米がとれるようになるでしょう。逆に南の方では、暑くなり、熱帯の作物病害虫が北上して蔓延する可能性があります。人に対してもマラリアが日本でも発生するようになるでしょう。それに耐える医療技術システムを開発しておく必要があります。何でもやみくもに「炭酸ガスを出すことは悪い」というような、自己規制的な勧善懲悪主義には、私はくみしたくないのです。省エネ技術を開発すること、自然エネルギーの利用効率を高めることはもちろん必要ですが、一方では、多少の環境変動が来ても耐えられる技術を、今から数十年後を目指して積極的に総合的に開発することのほうが重要だと思うのです。歴史的に見れば、結局そのような技術を開発できた民族のみが生きながらえてきたのですから。

 遺伝子組み換えも、現在は批判されていますが、二一世紀では非常に役に立つ当たり前の技術なのです。

板生―かつて、機関車の煙に反対した時代もありました。

森――産業革命時のラッダイト運動だって、機械の打ちこわしをやったわけですから。

 まともな科学者や技術者なら誰もが感じていると思うのですが、そのときのマスコミの科学知識のレベルで技術が認容されるかどうかばかりを問題にしていると、人類の将来には間に合わなくなってしまうのではではないかと懸念しています。

板生―今日は農業におけるITについて興味深いお話をお聞きすることができました。先生のお話を要約すると、植物では厳しい環境下では生長・生存のためにエネルギーをとられてしまうが、ハウスのような良環境では実をたくさんつけることができる。しかし必ずしもトマトなどでは甘味が出ない。したがって、甘味を増すための手段として遺伝子組み換えがある。さらに高機能な食品をつくることも可能である。いずれの場合もハウス環境制御は不可欠である。したがってアグリバイオの産業発展に向けて、環境制御、遺伝子組み換えなどが、これから重要な役目を持つであろうということですね。本日はどうもありがとうございました。

(P15 キャプション)

茎葉部から根部や新葉への鉄の下方移行

オオムギの主茎の一番長い葉の先端を切除して、

59Fe液につけて、人工気象室で1日放置すると、

このように転流する。現在一番活発な主茎の最新葉―、

分けつの最新葉――、すべて根の先端(生長点)に

(P17 キャプション)

1.イネの根の横断面

青く染まっているところが篩管と導管が

集まっている部分で、物質輸送に関わっている。

下図2.イネの茎の横断面図

青く染まっているところが、

篩管と導管が集まっている部位で、

物質輸送に関わっている。

植物の細胞を切開すると、(西澤直子原図)

V:液胞 M:ミトコンドリア NU:仁 N:核

NP:核腔 PD:細胞間連絡(プラスモデスマータ)

MT:微小管 RER:粒面小胞体 G:ゴルジ体

PS:ポリゾーム ST:澱粉 P:葉緑体

MB:マイクロボディ SER:滑面小胞体

星くずのように分布している。

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