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ネイチャーインタフェイス・フロンティア -- 大久保 俊文








(P44-48)

NATURE INTERFACE FRONTIER

ネイチャーインタフェイスフロンティア

高密度光記憶をめざして

大久保俊文

[東京大学大学院 新領域創成科学研究科客員助教授]

1978年京都大学工学部機械工学第二学科卒業。1980年京都大学大学院工学研究科修士課程機械工学第二専攻修了。同年日本電信電話公社入社。磁気ディスク装置用浮動ヘッドスライダの気体潤滑、磁気力顕微鏡など走査型プローブ顕微鏡応用の超高密度記録、近接場応用の表面光記録などの研究開発に従事。1990年工学博士(京都大学)、1999年東京大学大学院新領域創成科学研究科、光記憶システム創成学寄付講座客員助教授。 専門は稀薄気体潤滑、走査型プローブ顕微鏡をはじめとするセンシング・メカトロニクス。共著書は「日本機械学会編 超精密シリーズ 超精密システムの設計技術」(コロナ社、1996)。

 伝搬しない光―近接場光―を利用して高密度メモリを実現しようとの研究が進みつつある。ここではこれにいたる背景やその原理を概説し、実用に近いヘッド形態によるサブミクロンサイズのビット検出の最前線をご紹介する。

記憶性能の飛躍的な向上

情報化社会の発展につれて個人でも写真などの画像やビデオ・音声など、一昔前には想像もつかなかった大容量かつ高精細、高品質のデータを扱う機会が増えてきた。このようなディジタル情報処理の進展の背景には、パーソナルコンピュータの速度の向上やネットワークを介した情報のやりとりが容易になってきた点があるが、忘れてはならないのが記憶装置の急激な大容量化、高速化である。図1(a)に代表的な記憶装置であるハードディスクの記録密度の年次推移を示す。一〇年前ですら年率三〇%は驚異の性能向上であったが、近来は一〇〇―一二〇%と年を追うごとに倍々ゲームの様相となり、今やその趨勢は止まらないかに見える。具体的に示すと図1(b)にあるように一九九二年当時、市販装置の最高密度は一平方インチ(おおよそ五百円玉の片面)当たり約一五〇メガビットであった。その情報量は三・五インチフロッピー一六枚にしか過ぎない。現在はこれが実に三五〇〇枚分と、一〇年を経て二〇〇倍以上に向上した。このことは単に情報保管庫の巨大化のみならず、個人ではかつて考えられなった大容量をいとも簡単に加工し、なおかつ情報発信できることを意味し、装置性能の爆発的な向上がアプリケーションそのものを大変革したり、創出しつつある好例ともいえる。

 さて最初から磁気(HDD)を引き合いに出したが、もう一つ忘れてはならない記憶の双璋が「光」である。磁気がどちらかといえば、デスクトップファイルとして高速性や直接的なデータ処置に重きを置いているのに引きかえ、光はバックアップはもとより規格化による媒体互換がその身上である。ネットワークの発達した今日でも、数十から数百メガバイト以上の大容量の情報転送は、専用線を除けばまだままならない状態にあり、比較的容易に大容量を授受できる記憶として唯一重宝なものであろう。光記憶は、その実用当初から読み出しに使うレーザスポットをミクロンサイズに絞ることができたことから、磁気にくらべて優位にあったが、近来の磁気の過激な性能向上の前にやや後塵を拝する状況にある。これには規格化による「互換性の足かせ」もあるが、以下に述べる原理的な制約要件によるところも大きい。

光スポットのさらなる微小化

 光の密度性能の本質は、図2(a)に示すようなレンズによる光スポットの微小化(微小な光の筆先)に尽きる。ビームスポットは微小であればあるほど微細なパターンを読み出せるため、多くの努力が「筆先」の微小化に注がれてきた。ただしこれを左右するパラメータは多くなく、波長λの短い青い光源を用いること、開口数NAの大きなレンズ(有効径に比して焦点距離の短い)を用いて絞ることがそれである。レンズとスポットの間の屈折率n(普通は空気)増加もこれに寄与する。たとえば光学顕微鏡の対物レンズと観察試料の間にイマージョンオイルを入れることで分解能を向上できるのも、実はイマージョンオイルにより空間の屈折率が上がったためである。(高屈折率の空間では光の速度が落ちるので、等価的に波長が短くなったと見ることもできる。)

 レンズを用いて遠方からレーザビームを絞り込む従来の光学系では、これら三つのパラメータを工夫してスポットの狭小化を図るわけであるが、青色レーザの登場以降、劇的な性能向上はいずれにせよ困難になりつつある。そのため、この閉塞状況を打破する一つの提案が一九九〇年代に出された。これが図2(b)に示す、ハードディスクに用いられている「浮動ヘッドスライダ」にレンズを搭載した、革新的な光ヘッドである。浮動ヘッドスライダは、現在では空気の分子平均自由行程(分子が衝突してから次の分子に衝突するまでの平均的な飛翔距離=大気圧で64ナノメートル)をはるかに下回る、一五―一二ナノメートルの最小浮上すきまで高速回転する磁気媒体上に浮上している。この機構を「光」に流用すればスライダ(浮上レンズとも考えられる)の直下に集光点を形成でき、極限までの短焦点化が図れる。これは見方を変えれば、レンズと集光点の間がスライダ母材で満たされることにもなり、空間の屈折率を大幅に高められる。この方式は固体液浸レンズSIL(Solid Immersion Lens)方式と呼ばれ、光記憶の高密度化の切り札とされた。ただし固体液浸レンズ方式も光スポットの微小化の原理原則を根本的に覆すものではなく、やはり適用材料や光学系の構成から規定される限界をもつ。

 これに替わるさらなる、光スポット微小化の手段はないものだろうか――?

 この一つの答えが、光スポットを金属開口マスク(ピンホール)を用いて、強制的に、より小さなスポットにシェイプアップする考え方である。光には回折現象があるために、一般にはこのピンホールを基点に再び広がり、微細な光の筆先は作れない。いまこのピンホールを徐々に波長以下の大きさに微小化して行くと、――ピンホールを通過して反対面側より伝搬する光も徐々に減る。一方これに応じて、ピンホール近傍にはこの近在にとどまり伝搬しない光の場が形成される。これは図2(C)に示す蛇口の流れに似ている。大きなピンホールからの伝搬光は、太い蛇口から勢いよくほとばしる水流であり、一方波長以下の微小なピンホールのケースは、蛇口から表面張力で張り出した水滴にたとえられる。水滴の張り出しが蛇口程度の大きさであるように、伝搬しない光の場もおおかたピンホールの大きさとなる。この場は文字通り「伝搬しない」ためにそのままでは観測できないが、記録媒体など散乱物が干渉することで伝搬光となり、はるか遠方に置かれた検出器でとらえることができる。このような光の場の性質を利用して、従来の「集光スポット限界の呪縛」にとらわれることなく、これをはるかにしのぐ密度性能を実現しようとする試みが始まっている。(くり返しこのピンホール近傍に定在する光の場は、じかに観察できないが、数値計算によれば、波長以下の微小なピンホール先端に光の「水滴」が張り出す様子を検証することができる(図3)。)

近接型光記録の実用に向けて

 さて次なるステップは、この原理に基づいて、サブミクロン以下の微小な記録ビットを、実用的なデータ授受速度であるメガヘルツ以上の周波数で検出することである。すでに見たように「光の水滴」はピンホール程度以下のため、ピンホールを媒体表面から数十ナノメートル程度まで近づけたまま、毎秒数メートルの速度で運動(走査)させなくてはならない。これを実際に検証した実験系を模式的に図4に示すが、ピンホールの高速走査のためには、先に説明した浮動ヘッドスライダ機構を使い、透明なサファイヤを基材とした専用スライダを新たに製作した。ピンホール近傍に強い定在場を形成するために、高倍率の光学顕微鏡を流用して、一・五ミクロンにまで集光したレーザビームをピンホール背面に照射している。記録ビットに相当する、最小幅二〇〇ナノメートルの短冊状のパターンを媒体表面に形成し、ピンホール近在の定在場がここをよぎる際の散乱光変化を、超高感度に観測する仕掛けである。二〇〇ナノメートルのパターンに対応する信号を五から七メガヘルツの高周波数帯域で観測できており、この近接方式の基本的なポテンシャルは実証できたことになる。

 実用的な光記憶装置にいたるにはまだまだハードルも多い。まず図4に示すスライダ(またはピンホール)背後に背負った巨大なレンズなどの光学系を廃し、集光機能をコンパクトなヘッドユニットに凝縮する工夫が必要になる(図5)。ポイントは、巡航ミサイルのような浮動ヘッドスライダの媒体面に追従した動きを阻害することなく、光を効率よくピンホールに導くことである。ここに注目したのが、光回路などで素子間を光のまま伝送できる樹脂製の導波路(光の伝搬路)である。これは同一材料を光造形することで光の通る一〇ミクロン角以下のコアと、これを囲みわずかに屈折率の異なるクラッドを形成したもので、サスペンションに好適なフレキシビリティと、効率よい光の伝搬が実現できる。四五度研磨がなされた導波路端はきわめて小型のミラーも兼ねており、集光レンズはフォトリソグラフィの技術を用いれば、スライダ背面に平面的に加工できる。同図の構成ではまだ数点の部品のアセンブルとなるものの、小型コンパクトな光ヘッドとして、確実に磁気ヘッドサイズに迫りつつある。図6には、図5の構成にいたる途上として、シリコンミラーと光ファイバで光を誘導するアセンブリ方式により、長さ二〇〇ナノメートルのパターンを高速で読み出した結果を示しており、これにより確実に小型化への前進をみた。

おわりに

 記憶性能向上の要求は、いまやとどまるところを知らない。本例にあるように要求条件と実現技術はいわば相補・相乗関係にあり、技術が新たな要求や需要を、新たな必要性が技術革新を際限なきまでに加速している。超高密度・高速性追求のテクノロジーの終着点がどこでいつかは想像を超えるが、まだまだそこに行き着くまでには、マージンも、また反面困難性も多い。本稿が、多くの読者諸兄に、この分野への興味と関心をいくばくでも喚起できれば幸いである。

(P44 図)

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(P45写真キャプション)

図1 記憶性能の飛躍的な向上

(a) 記録密度性能の推移 (b) 1平方インチ(500円玉片面)当たりの記憶容量

(P46写真キャプション)

図2-a 光スポットのさらなる微小化 ─近接場の利用─

(a)レンズによる集光 (b)近接場を利用した集光

図2-b 光スポットのさらなる微小化 ─近接場の利用─

(c)ピンホール近傍にできる近接場

(P47写真キャプション)

図3 テーパ状開口部に形成される近接場

(P48写真キャプション)

図4 顕微鏡集光系を利用したピンポール搭載光ヘッドを用いた信号検出

(a) 実験系 (b) 再生波形

図5 光導波路を応用した小型光ヘッドアセンブリ

図6 小型光ヘッドアセンブリを用いたパターンド媒体の信号読み出し

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