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NI Club

(P88-89)

NI

Club

新年の交通規制――鷲本和子

二〇〇二年、新しい年が始まった。除夜の鐘で年は暮れ、初詣で新年は明ける。鶴岡八幡宮のある鎌倉市も毎年多くの参拝客を迎える。

鎌倉市ではこの時期、大晦日の夜から正月三が日にかけてたくさんの人を迎えるために交通規制が行われる。北鎌倉から鎌倉駅周辺を中心に段階的な規制を設けている。

駅周辺が歩行者用道路になるほか、市内各所で車両通行止め等になる。この間、狭い道路に一年を通し車の絶えることのない鎌倉の街も一時、車社会から解放される。基本的には路線バス、タクシーが利用されるのだが、渋滞にあうと時間通りにいかないバスも、この時は頼れる交通機関となる。

この試みは、三〇年ぐらい前から実施されているようだ。駅から八幡宮までの若宮大路と呼ばれる参道を歩く人が多く、車道にまであふれ危険だということから始まったようだ。

 時折、自然の移り変わり、街の移り変わりを感じながら駅までの道を歩くことがあるが、渋滞の排気ガスの中を車に気をつかいながら歩く時とは違った開放感を感じ、新春の清々しさを感じる。私自身忙しさに紛れ、普段はつい、車を利用してしまうが、新年の交通規制は年頭に利便を優先する生き方を一度オフセットしてくれるようだ。

 同様の主旨で、休日に「パーク・アンド・レールライド」という試みもなされている。これは所定の駐車場から、江の電またはバスを利用して鎌倉を観光しようというものだ。駐車料とバス、電車の料金をセットにし割安に設定してあるようだが、このような試みも結果として、鎌倉の自然を護ってくれるのではないかと期待している。

専門の目と市民の心で――山田久美子

西部新宿線のピンク色の定期をとり出して見るたび、にんまりしてしまう。通学定期の「学」という太文字の下に、私の名前と「四八才」の小さな文字が書いてある。定期を買うときの面映い感覚にも馴れた。

昨年四月の大学院入学式以来、院生・薬剤師・住民運動に環境NGOのメンバー・主婦としての、五足のわらじ生活も無事一年を迎えられそうである。

四十路を大きく過ぎた私の、唐突な「大学院に行きますから」という言葉にたじろぎもせず、暖かく支えてくれた家族・職場の仲間・住民運動と環境NGOの仲間に、ひたすら感謝である。同時に、現場で汚染問題と戦ってきたとはいえ、ずぶの法学素人の私を受け入れてくれた大学の、懐の深さをしみじみ感じる。「早稲田大学大学院法学研究科修士課程一年」が私の今である。「ピッカピカの」ではなく、ちょっと酸化の進んだ一年生ではあるが。

わが家の近くの美しい雑木林がある日突然切り開かれ、解体業者が混合廃棄物を燃やし始めて、焼却によるダイオキシン類汚染問題に目覚めた私。「さいたま西部ダイオキシン公害調停(注)」にのめりこみ、ついでに環境NGO「ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議」の実動メンバーとして、本格的な活動を始めた矢先の合格であった。さまざまな活動を通してつねに持ち続けていた、「なぜ法律は汚染から住民を守ってくれないのか。」という素朴な疑問を、「環境問題と法」を専門的に学ぶことによって解き明かすことができるか否か。「専門の目」を得たとしても「市民の心」を持ち続けたいと思うこのごろである。

                                      

(注):申請人(裁判の原告にあたる)は住民四〇〇〇人を超え、被申請人(被告にあたる)は廃棄物焼却炉を持つ四七社とその許可や監督責任を持つ埼玉県。過去に例を見ない大規模な公害調停である。二〇〇一年一一月、一部の被申請人と調停が成立した。現在も進行中。

ハーブを身近に――竹内和子

 近年 “ハーブ”(herb)は世界共通語になってきた。人によっては特別な、扱いがわかりにくいものかもしれないが、構えずに野原に生えているヨモギや土筆など山菜のつもりでつき合うと意外と楽しいと思う。

 子供の頃育った国では、風邪をひいて医者にかかると、 ”カモミールティーを飲んで寝ていなさい“と必ずいわれた。先日、炎症を起こした娘の目の周りに消炎作用のあるセージの若葉を数時間のせたら炎症がひいた。歯痛にも効くと聞く。生活に入り込んでいたハーブは薬効を知ってさらに身近となった。

 ハーブはイタリア、スペイン辺りのものと思い込んでいたが、古くは原産地の東南アジアやインドからハーブ街道を通り、船に積まれ地中海をとり巻く諸国の港から陸揚げされ、栽培されるようになった。エジプトの死体防腐剤、風呂好きな古代ローマ人のリラックス剤、南欧での食材等として温暖で湿気の少ない地中海沿岸では自生しやすい環境が整っている。

 湿気が多い日本では限られているが、土地が合えば自然と育ってくれる。二〇数年前わが家の庭で色々なハーブを植えてみた。数年して芝生の間からカモミールがたくさん出て来たり、各種ミントやレモンバーム、青じそ、みつば、ニラ、ゼラニウム、ポリジ、ラベンダーが年々庭中に繁殖し、辺り一面香りがたちこめた。自分たちで合う環境を見つけてくれているようで ”自生“していた元々の姿を見た想いだった。今では月桂樹の下には、ローズマリーと五年サイクルで世代交代をしているセージだけが定位置を見つけたようだ。種がこぼれて思いがけないところでの芽生えを春に発見すると思わず笑みがこぼれる。統一性がない庭はつねに発見があって楽しい。レモングラスだけは鉢植えにして、寒い季節は屋内に入れる。

 昼下がりのティータイムや脂っこい食事の後など、摘みたてのレモングラスと各種ミントを三分間蒸らしたティーは体を中からさわやかにしてくれる。

 そういえば、タイでは食道がんが少ないと聞く。現地では、タクライと呼ばれるレモングラスを風味づけにスープやカレーにいれる。バイマックルー、コリアンダー、唐辛子、生姜、イタリア原産と思われがちなバジルなど、実に多くのハーブを食卓にとり入れている。

 ハーブには殺菌、消炎、防腐などの作用のほか、薬効がさまざまにある。粘膜、アレルギーにマロー、快眠にカモミール、疲労回復にハイビスカス、殺菌、消化作用にバジル等々。

 ヨーロッパ等ではハーブを煮込みやソースに入れるので、自然と量を多くとれる。東南アジアのマーケットでは麻袋の単位で売られている。日本食におけるハーブには、しそやわさび、生姜、木の芽などがあるが食卓にのせて視覚に訴えて食することが文化なので、摂取量は少ない。

 私の中でのherbは、h=heal(癒す)、e=energy(エネルギー)、r=refresh(元気を回復)、b=beauty(美)。雑然とした庭を眺めながらハーブに感謝の毎日。      

ニッチは共生・平和への道――大峯郁衣

 ニッチ(niche)とは、大企業の手が届かないニーズに答えるニッチ産業、すなわち、「隙間産業」のことだと解していた。が、生物もまた、特有の生息場所でニッチを探して進化し、さらには、人間も社会というシステムの中で意識・無意識のうちに自分のポジショニング(位置づけ)を求めて現実とのギャップを埋める努力をする、つまり、ニッチを探して進化すると本誌6号で教えられた。(NI誌6号P.62~65)

 だが、ニッチとは、単に実学的な範囲に止まる概念ではないように思われる。哲学・宗教、歴史等の人文・社会系のいわゆる虚学の世界でも、今日的な意味があるのではないだろうか。

 一九九四年、私は、日本から八千キロ離れたロシア西方を旅した折、一人のロシア人哲学者に出会った。見ず知らずの彼と私は一時間足らずの話をしたに過ぎなかったのだが、以来、文通が始まり、五年後の九九年には彼を日本に招聘して哲学講演会を開催した。そして、それが縁となって、私たち二人は日本とロシアの哲学会の架け橋としての努力をしつつ今日にいたっている。

 あらためてこの経緯を振り返ってみると、異人種、異言語、異文化を背景としながらも彼と私のただ一つの共通項は、長年、世界的な哲学者カントの研究に係わってきたということであった。だが、そのことだけで、私たちは互いのそれまでの人生観や世界観や価値観を瞬時に知るに足りたのである。信頼感が生まれたのである。

 今日は科学技術を中心とする産業界の「競争」原理が大きく社会を支配している。だが、これで私たちの心が満たされているとはいい難い。やはり、「人間とは何か」「幸福とは何を持って得られるのか」という人文・社会系の問いかけで、現代社会の物質的な世界と私たちの心の世界のニッチを埋めていくことが必要になってくる。と同時に、異国間の相互理解を促し、「共生・平和」への世界を目指していく上で、私たちは、哲学(史)のような世界共通の人類の遺産を媒介にして、個々の友情から始まって確固とした大きな世界規模の交流へと進化していけるのではないだろうか。ニッチの果たす役割は大きい。

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