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[巻頭対談] 「環境」からの視点が教育・ビジネスを変える -- 斎藤 信男+板生 清





(P008-011)

「環境」からの視点が教育・ビジネスを変える

巻頭対談 斎藤信男×板生清

斎藤信男(さいとう・のぶお)

1940年生まれ。東京大学工学部計数工学科卒、東京大学大学院工学系研究科応用物理学専攻修士課程修了。工学博士。66年、通産省電気試験所(現 産業技術総合研究所)入所。74年、筑波大学電子情報工学系専任講師、その後、同助教授。78年、慶應義塾大学工学部数理工学科助教授、87年教授。90年、同環境情報学部教授、95年、同学部長。2001年より慶應義塾常任理事。研究分野はオペレーティングシステム、並列処理、分散処理、文書処理、ソフトウェア工学、ソフトウェア開発環境、デジタルメディア論、環境情報学など。

学問の幅を広げた「環境情報」学部

板生――一九八〇年代後半、慶應義塾大学に環境情報学部が誕生し、その新しい試みは世間にインパクトを与えました。斎藤先生はそこの二代目の学部長を務められたわけですが、環境情報学部は、どのような考え方で生まれたものなのでしょうか。

斎藤――そもそも、元塾長で中央教育審議会の会長でもあった石川忠雄先生の考えから始まりました。従来の枠にはまった教育も重要だけれども、それだけでなく、もう少し慶應大学の幅を拡げたい、それには学際的な横断的な専門学部をつくらないと拡がっていかないだろう。そういうところから、「環境情報」という学部が生まれたのです。

板生――「環境情報」というのは大変ユニークな名前で、それ以降、「環境情報」という言葉を使う人が増えてきましたね。

斎藤――実は、「環境」という言葉を学部名に使うことに対して、反対意見もあったんですよ。専門領域としては非常に幅広く、いろいろな要素が入りすぎて明確ではないということで。しかしそれを押し切り、「環境情報」としたんです。「環境情報」は本来、文系と理系の要素の組み合わせですが、「環境」といっても自然環境だけでなく、もっと広く社会環境や文化環境も含めた問題を、情報技術や情報ツールを使って解いていこうというものです。

板生――情報をツールとして、環境という対象にアプローチするという考え方ですね。

斎藤――ええ、板生先生は自然環境の測定を中心にされていますが、こちらは、測定されたデータを分析したり、それに対する政策課題を考えたりという、ややドライな方向です。

板生――やや高度な観点から社会を見る。

斎藤――そこでいう環境は、どちらかというと文系に位置するもので、自然科学方面が抜けていたのがスタート当初の状態でした。ただ、後から入ってきた学生は、ISO14001や環境汚染など、地球環境を守るようなことに関心をもっていたので、環境庁の環境研究所にいらした西岡秀三さんや清水浩さんら、自然環境系の先生もお呼びしました。ただ、生物系やエコロジーの分野はまだ弱いですね。

板生――先生ご自身は、社会環境と同時に、自然環境や地球環境に関する分野をさらに拡げていこうとお考えになっているわけですね。

斎藤――やはり、それをある程度やりませんと。

板生――東京大学の環境学は、逆に、環境科学に寄っています。もちろん社会文化環境の講座もありますが、自然環境、人間環境、人工環境など、ほとんど科学・工学系の出身者で占められています。本当に先生のところとは逆ですので、一緒に仕事をさせていただければ、いろいろな意味で相補うことができるかもしれません。私は環境学の中でも計測が原点だと考えていますが、そこから先は先生方に状況を分析していただき、社会に対して提言をしていただくようなことができれば、非常におもしろい関係になるのではないでしょうか。

斎藤――ちょうど相補う感じですね。環境といっても非常に幅広いので、やはり今後は、自然環境、人工環境、それから社会環境を組み合わせていく必要があるでしょう。

経済を変える環境という切り口

板生――今までは日本経済も右肩上がりで、いろいろなものを安く大量に、しかも効率よくつくる、という考えがすごく大きかった。そのために環境負荷などをほとんど考えずにきたわけですが、二〇世紀後半には、地球は有限だということがわかってしまった。そうすると、モノをつくる側にも、少しずつ違う考え方を入れていく必要が出てくる。値段の高い安いも、環境負荷まで考慮に入れる時代に入ったわけですね。最近は、「環境」という言葉を頭に付けなければ、世の中に受け入れられなくなってきましたし。

斎藤――環境経済、環境会計――。確かに環境対策では、ヨーロッパはもちろん進んでいますが、アジアの中では日本はかなり先進国ですね。

板生――自動車の排気ガスのマスキー法などでも、アメリカから宿題が出たらすぐに答えを出しましたし、日本は環境に関してはセンシティブで、先進的な技術を持っているといえます。そういう尺度で考えたら、日本経済も、アメリカに勝てるところはありそうですね。今はグローバリズムに押し流されていますが、環境技術という切り口の製品を出していくことは、一つの戦略になるかもしれません。

斎藤――企業のランク付けでも、日経などは最近、単なる利益や効率だけでなく、環境への配慮や社会貢献という視点を入れてきていますからね。

日本のコンピュータ研究黎明期から現在まで

板生――ところで先生は応用物理のご出身ですが、これまでどのような道を歩まれ、今はどんなお考えをおもちなのでしょうか。

斎藤――私は東大工学部の応用物理系の計数工学で、自動制御が専門でした。たまたま指導教官が通産省の電気試験所出身だったので、修士を出てからその電気試験所、今の産業総合研究所に入ったのですが、そのときちょうど旧通産省が大型プロジェクトをスタートさせたんです。一九六六年、日本がいよいよ追いつけ追い越せという頃です。その大型プロジェクトの第一号が超高性能電子計算機の研究、要するにIBMに対抗できる大型コンピュータをつくろうというものでした。

 若い人たちを中心に、相磯秀夫先生、渕一博先生らも含めた二〇人ぐらいのグループでした。ちょうどその頃、今のUNIXの元祖になるMulticsというOSをMITが設計したのですが、MITのドクターを出たばかりの、二七歳のジェローム・ソルツァーという先生が来て、コンピュータの大先生だった森口繁一先生や高橋英俊先生を前に、一週間ぐらい講義をやったんですね。当時はそれほど日米の格差があったわけです。でもその話は刺激的で、コンピュータはおもしろそうだと思いました。以来三五年、まったくのコンピュータ人間です。

板生――日本のコンピュータの黎明期からかかわられ、コンピュータの歴史を全部背負っておられる。

斎藤――黎明期といっても、私の上の世代はハードウェアをつくるプロジェクトをやっていて、我々の時代からソフトウェアのプロジェクトが始まったんです。上の世代はMARK-IIというリレー式の計算機や、MARK-IVという日本初のトランジスタ・コンピュータを電気試験所で開発していましたが、私はハードはまったくダメで、ハンダ付けもできません(笑)。

 その八年後に、電総研が筑波に移るということになり、筑波に行きたくなくて辞めました。しかしその後、私自身が筑波大学に行くことになってしまったのですが(笑)。

板生――筑波大学の創設の時ですか。

斎藤――ええ、一九七四年でした。筑波大学は理想に燃えてつくられた大学でした。

板生――国の機関として、管理的な面で新しい試みがありましたね。

斎藤――組織として、教育組織と研究組織を分けたり。それから、これはあまり知られていないのですが、じつは当時、コンピュータを学生全員の必修にしたんです。私はその要員だったわけです。

板生――その当時から、先生は研究だけでなく教育にも携わっておられたのですね。

 ところで日本では、ソフトウェアに対して価値が認められにくい現状があると思います。モノをつくると褒められますが、それを動かすことは軽視されてきた。日本でモノづくりというとき、まだまだハードウェアをいう場合が多いですね。しかし実際には、ソフトとハードが両輪になっていないとモノにはなりませんし、本当はソフトづくりのほうが頭を使う必要があるのです。

斎藤――ソフトはコンセプトづくりからする必要がありますからね。しかしコンセプトづくりがうまくないとすると、日本のソフト産業化は難しいかもしれません。

板生――先生はソフトウェアの教育に携わられたわけですが、どうすれば学生は育っていくのでしょうか。

斎藤――規格にはまったエンジニアをつくるのなら、ある程度コースをつくって、手法などを指導すればよいですが、コンセプトをゼロから出すようなことは、ちょっと普通の教育ではできないのではないかと思います。

板生――それは、創造的な能力を養うということですからね。若い時から自然に親しんだり、何かに疑問を持って接したりして、それで育てていく必要があるのでしょう。

大学の知的資産を運用し、ビジネスを起こす

板生――先生はそのような教育の分野から、現在は株式会社慶應学術事業会の社長ということで経営の側に入られたわけですが、大学の経営と同時に、学生や社会人をうまく活用して経済活動をしていこう、ということだと推察します。その場合、何か秘策はあるのでしょうか。

斎藤――秘策はありませんが、要するに、大学は収入源がだんだん狭まってくるわけですね。とくに私立大学はそうです。若い世代がどんどん減っていき、最終的に学生数は減る一方ですし、授業料を上げようとしても、不況で家族がリストラにあった人が多くなり上げることができない。政府の補助金も少なくなってくるだろう。つまり、収益源は、もはや事業収入しかない。ですから学術事業という形で、慶應の知的資産、たとえば特許や多彩な人材、コンテンツ、場合によってはブランドも使って収益を上げ、それを大学の経営の安定化に使う、そういう形にしようと考えているのです。

板生――教育産業だけではなくて、総合産業を目指されると。

斎藤――学問の世界に収益事業を持ち込むのに対して、さまざまな意見がありますが、産学連携で大いにやろうというのは素晴らしいことだと思います。株式会社となると、下手をすると赤字を出すかもしれず、そこは厳しいところですが、しかしそうやって通信教育やベンチャーを推進していく必要があるでしょう。

板生――今はIT不況などといわれていますが、多少の波はあっても、大きな流れとしてはIT化は避けられませんから、産業としては今後大きなものになっていく。

斎藤――ITだけでなく、バイオテクノロジーやナノテクノロジーなどの技術分野にも、もう少し突っ込んでいきたいと考えています。それらは社会的な影響も大きいし、ビジネスとしても新しい展開ができると思います。また、自然環境負荷の問題もかなり重要だと思います。

板生――そこはまさに、ネイチャーインタフェイスですね。

教育投資が国の未来をつくる

板生――最近の日本は、本当に教育にお金をかけていませんね。教育にお金をまわして、ビジネスに役立つ人を育成するようなことも考えないといけない。社会人対応という意味では、たとえば環境プランナーや環境マネジメントなどの教育を提案させていただきたいですね。

斎藤――そのような社会的な貢献を、間接的にやっていければいいですね。大学自身も連携しながら、教育や研究を産学連携でやっていく。そしてそれをまた事業化させ、ソフト産業や知識産業など、新しい産業にシフトさせていかなければいけません。そういうことが後押しできれば非常によいと思います。

板生――個人的な意見ですが、「日本はモノづくりで売っていく」という話はよいのですが、実際にはモノよりも、いいヒトをつくっていかないといけない。それが結果的にはいいモノをつくることになるし、いいシステムもつくるわけです。ですから本当は、国はもっと教育に投資しないと、とてもじゃないですけどダメですね。今、日本の教育投資はアメリカの数分の一くらいですか。

斎藤――クリントン大統領の時、アメリカはどんどん黒字になった。クリントンは、教育に投資したわけですね。国の将来を考えれば教育に投資をする。なるほどと思いました。

 それから、大学だけしか知らない人はダメですよ。産学連携で、研究だけでなく教育も一緒にやる。そのほうが企業側のニーズもわかるし、企業でもいいことを教えてくれる人はいっぱいいますから。今回、ロー・スクールという専門の大学院ができましたが、そこでは実務家を採ることになっていますね。

板生――それが一つの方向ですね。基礎的な教養的な教育と、応用的な実務レベルの教育、そのそれぞれがある程度専門化していかないと。

斎藤――総合大学の中でも、メリハリをつけないといけませんし、もっと大学改革も必要かもしれませんね。

板生――本日は教育の問題から産学連携の話まで、示唆的なお話をうかがえました。どうもありがとうございました。

Nobuo SAITOU × Kiyoshi ITAO

株式会社慶應学術事業会

社会人学習事業・学術調査研究事業を主体に、クレジットカード事業、施設マネジメント事業、損害保険代理事業などを展開。社会人学習事業では、“継続的な学習のプラットフォーム”をコンセプトに「丸の内シティキャンパス(MCC)」を昨年4月にオープンさせ、社会人の多様な学習ニーズを先取りした最先端の領域について、新しいプログラムを提供しています。

URL:http://www.keioae.com

(慶應学術事業会)

http://www.keiomcc.com

(丸の内シティキャンパス)

(P008 写真キャプション)

斎藤信男

[株式会社慶應学術事業会社長/慶應義塾常任理事]

聞き手板生清

[本誌監修]

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