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[提言] なぜ今、包括的環境モニタリングが求められているか -- 磯部 雅彦





(P015-019)

特集

動き出した包括的環境モニタリング

環境を鳥瞰的に科学する

これまでの環境モニタリングは、おもに法令で定められた基準値を遵守するために、

有害物質や騒音等の観測について個別にデータ収集をおこなってきた。

しかし近年、市民の地球環境への関心の高まりを背景に、ダイオキシンや環境ホルモンなど、

観測対象が多様化しつつあり、これらの環境情報を包括的にとらえ、一般に知らしめる手法が期待されている。

この包括的環境モニタリングについてのさまざまな取り組みを紹介しながら、

環境モニタリングの課題と今後の展開を探る。

特集 包括的環境モニタリング

なぜ今、包括的環境モニタリングが

求められているか

インタビュー磯部雅彦

東京大学教授

(いそべ・まさひこ)

1952年東京生まれ。東京大学大学院修士課程修了。工学博士。横浜国立大学工学部助教授を経て、現在、東京大学大学院新領域創成科学研究科環境学専攻教授。専攻は海岸工学、沿岸域環境。三番瀬や有明海など、環境悪化が懸念される水域の環境調査を手がける。著書に『海岸の環境創造―ウォーターフロント入門』(朝倉書店)などがある。

 近代の学問は、分野の細分化によって発展を遂げてきました。細分化が進み、各々の分野についてはいろいろなことがよくわかるようになってきましたが、空間や地域といった広域的な環境を見渡す視点は十分ではありませんでした。

 近年の有明海を例に挙げますと、非常に大規模な赤潮が発生し、ノリの大不作を引き起こしています。しかし、どういう状況の結果として赤潮が起こっているのか、総合的な視点で判断するには至っていません。もちろん個々の学問分野の人たちは、それなりのデータをもってはいますが、全体を総合して見るということは、これまでおこなわれてきませんでした。専門的に集められたデータの総合化、そしてそれを元に具体的に水質をどうやってよくしていけばいいのかということが、今求められている大きな課題ではないでしょうか。そうしたことが大きなファクターとなって、包括的な環境モニタリングの動きが起きています。

まずは、データ収集が急務

 どのような手法で環境をモニタリングし、データ収集をおこなっていくのかということは、とても重要なことです。私は現在、三番瀬の再生検討計画に携わっていますが、たとえば東京湾を調査する場合、湾内だけを見るのではなく、さまざまな角度からデータを収集する必要があります。まず、湾に流入する河川の水に目を向けます。上流でどのような人間活動がおこなわれ、結果としてどういったものが流れ出しているのかなども含めながら観測するのです。次に、時々刻々と変わっていく水そのものを見ます。湾全体の流れや水質を多地点で定期的に調査することにより、年間を通した東京湾の水質の変化がわかってきます。あわせて気象条件の変化と赤潮の関係、あるいは、実際に窒素やリンといった栄養塩を測って数値化し、それが赤潮の発生にどのような影響を与えているのかなどを見ていきます。

 私たちの研究室ではこうした調査を、東京湾の三カ所のポイントに毎週一回船を出して続けてきました。結果、窒素の濃度がかなり高いということがわかっています。窒素やリンは、赤潮が発生する際に消費されるのですが、赤潮が発生するとリンは不足するのに対して、窒素は使い切れないほどたくさんありました。水質の動体を一つ一つ測ってデータ化していくと、そういったことが次第に見えてきます。

 さらには、東京湾は湾外で太平洋ともつながっていますので、海洋のデータと比較しながら水質モニタリングすることも欠かせません。そうした意味で、多くのデータを総合化していくことは大変重要なこと。しかし、定期的な現地観測にはお金も労力もかかります。そうしたこともあって、データの収集と蓄積がままならないのが現状です。ですから、個人や、一機関・企業ではどうにもならないこのような問題を、国も含めた多くの機関で協力し合いながら解決する方策を、考えていく必要があります。

収集した情報をいかに利用するか

 次に期待される展開は、観測して集められたデータのシステム化と、それを誰もが利用できるようにする仕組みを探ることです。データの分析・解析は大変な作業ですが、最近ではデータのデジタル化さえおこなえば、解釈は比較的楽になってきています。グラフや表にすることも簡単です。さまざまな種類のデジタルデータを集めて総合化すれば、何らかのアウトプットもつくれるでしょう。ですから、デジタルデータを比較的簡単に利用できる状態にするということも、急務だと思います。たとえばインターネットを通じて、データにアクセスできるというようなシステムづくりなどです。利用者や研究者にとっても非常に便利なことですし、自由にデータが引き出せるようになれば、今後の環境モニタリングや研究も進んでいくのではないかという気がします。

 ここで大事なことは、データを総合化し、一般公開する場合の考え方です。原則として、それぞれにデータを取った研究者や機関、あるいはそれに近い人たちが、インターネットを利用しアクセスできるような、使いやすいシステムをつくることが、効率的かつ効果的なのではないかと思われます。つまり、どこにどんなデータがあるかといったことを、きちっと整理しておく必要があります。その際、データを直接取った人、またはそれに近い人たちが、集まったデータのクオリティ・チェックや、信頼度・精度について議論することも必要になってくるでしょう。さらに、データの公表にあたっては、データを採取した方へ敬意を払うことも忘れてはなりません。知的所有権を大切にするということです。こうしたさまざまな問題がクリアになったうえで、データが使われるようになるという過程が重要なのです。とはいっても、最初の段階はデータ集めをすること。今はとにかくデータの蓄積そのものが「無い」状態なのですから。

 現在、環境省では、東京湾をはじめ公共水域に水質のモニタリングの地点を設けていて、定期的に水質のモニタリングをしています。ただし、頻度は月に一回という程度です。モニタリングされない一カ月の間には、雨も降るでしょうし、風も吹くでしょう。天気の変化も多様です。月一回のデータからでは、天候に合わせてどのような水質の変化があったのか、読みとることはできません。もちろん、これまでのデータもそれなりに利用されてはきましたが、東京湾の水質をよくしていこうという今後の動きに必要となるようなデータは、決定的に不足しています。三番瀬をはじめ、今東京湾で何が起きているのか、どう変化しているのかを知るには、モニタリングの頻度も質も向上させる必要があるのです。

機器の開発と人の五感に注目

 ここ数年、デジタル機器の開発にともない、モニタリング法も変化しつつあります。たとえば、水の流れを測る電磁流速計は、一九八〇年代になってようやく実用化されました。それ以前は、よい計測装置がありませんでした。当時の電磁流速計は、測定ポイントと陸上がケーブルでつながったもので、計測は陸上でおこなっていました。その後、計測装置の中にカセットテープなどの記録装置が入り、それがメモリとなり、だんだんと軽量化され使いやすくなりました。今ではテレメトリングなどを利用して、ケーブルが無くてもデータを電波で陸上に送ることが可能になり、大変便利に測れるようになりました。

 リモートセンシングのように、衛星から画像として撮るというモニタリングの仕方もあります。海の場合ですと、水温の変化や、赤潮に関係するクロロフィルAなどの植物プランクトンがどのくらいいるのか(クロロフィルAが過剰にいる状態が赤潮)、測ることができます。一瞬にして東京湾全体がわかるのでとても有効です。

 しかしながら、水質の細かいデータを測ることになりますと、やはり現場で水を採取して実験室で分析しなければならない。このスタイルは今も昔も変わりません。ですから今後は、測りたい対象が何らかの形で電気信号のようなものに変わるような、そういったセンサの開発を各メーカーに期待したいですね。

 データ収集と合わせて、実際に毎日のように海へ出ている漁業者がもっている知識を知ることも必要です。その場合大事なのは言葉の使い方、漁師独特の表現に注目することです。彼らは、私たちが使うような定量的な表現はしません。たとえば、私たち研究者は波が砕けることを「砕波」と言いますが、ある漁師さんは「波が折れる」と表現していました。そのほかにも、アワビ採りをしていて海から岩場にあがる際、大きな波が来るとケガをしてしまうので、「大きな波は三つ続くから、大きいのが来たら三つ待て。後に小さな波が来るのでそれを見計らって陸に上がれ」というような教えがあるそうです。これは我々が言うところの「ウェーブグループ(波の群れ=大きな波が連続したあと、小さな波がいくつか来る現象)」を表現しているものと思われます。

 じつはこうした彼らの言葉の意味を知ることが、調べなければいけないことの非常に大きなヒントになったりします。海の環境の変化が人間の五感で感じられるほどの状態になってきているわけですから、見過ごしてはならないのです。お互いの言葉を理解し合うことは、水質をよりよくしていく方法を見つけることにもつながります。

包括的環境モニタリングの行方

 環境の問題というのは、わからないことだらけです。よくわからないから、モニタリングしてデータを集め、それを総合化し分析していこうとしているわけですが、どうしてもまだわかりきれないことが残るでしょう。ゆえに、研究者から出てくる意見もさまざまなものかもしれません。出された意見をどのように収れんさせ、具体的な動きとしてつなげていくのか――。

 それには、客観的な自然科学の視点とともに、”合意形成“という言葉にあるような、社会科学や人文科学的な側面も必要とされてくるのではないかと思います。

(二○○二年二月一九日 東京大学にて)

(017写真キャプション)

9月の青潮。青潮水の湧昇の変化を

日を追ってみることができる

(018写真キャプション)

東京湾の表層と底層の栄養塩の状態

(019写真キャプション)

栄養塩の変化を通年でみることで、

東京湾の水環境の全体像が浮かびあがってくる

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