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(P047-050) Interview│最先端インタヴュー
見て、測り、送る―― GISの未来形を求めて
村井俊治(むらい・しゅんじ) 東京大学名誉教授/国際写真測量・リモートセンシング学会会長
聞き手:板生 清(本誌監修)
村井俊治(むらいしゅんじ) 1939年、東京都生まれ。1963年、東京大学土木工学科卒業。 1966年から2000年まで34年間、東京大学生産技術研究所に在籍。国際写真測量・リモートセンシング学会(ISPRS)会長を務めた。 現在、東京大学名誉教授、慶應義塾大学政策・メディア研究科教授、日本測量協会サーベイアカデミー校長、日本写真測量学会会長、日本コンピュータグラフィック株式会社取締役など。 専門は写真測量、リモートセンシング、GIS、DTMなど。
リモートセンシングへの挑戦
―――最近は携帯電話にもGIS(地理情報システム)の機能を備えたものが登場するなど、GISという技術が一般にも知られるようになってきました。今後ますます、日常生活の中に入ってくると思われますが、そもそも村井先生がGISの研究を始められたのは、どのようなきっかけからだったのでしょうか。 村井――私は一九六六年に民間会社から大学に移ってきたのですが、そこで取り組んだのは写真測量です。その中でもとくにコンピュータを使った解析的な分野で、かつては「アナリティカル・フォトメカメトリー」といっていました。そこでの課題は、写真測量を使って道路設計や土地の造成をどのように自動化するかというもので、数値地形モデル、デジタルテラインモデル(DTM)の土木設計への応用を研究していました。 ―――数値地形モデルとGISとは異なるのですか。 村井――数値地形モデル、DTMは、いまでは一つのGISの基盤となっているものですが、当時はGISとはいいませんでした。GISの概念自体は一九七〇年にマサチューセッツ工科大学のミラー教授が発表したといわれていますが、GISという言葉は八〇年代に出てきたものです。ですから当時はDTMをGISと認識していた人はいなかったのですが、概念はすでにあったわけです。 ―――当時はまだ、DTMとGISが別のジャンルだったわけですね。 村井――そうです。DTMの大きな柱は道路設計への用途でしたが、GISはそれとは別のルートから考えられた、どちらかというと二次元の世界から来た概念です。高さに対する対応という三次元的な考え方は、まだGISにはなかったのです。 じつは私は一九七〇年に、アメリカ、ヨーロッパなど世界中のさまざまな研究施設を、約一カ月で三九機関まわったことがあるのです。思えばすごい馬力でした。そのときアメリカの海軍、陸軍を初めて訪ね、宇宙飛行士が撮った衛星写真を使ったリモートセンシングという技術を知りました。それで、リモートセンシングにチャレンジを始めたんです。それから二年後にランドサット一号が打ち上げられたのですが、そのときに初めて磁気テープに数値データが記録されました。 ―――それまではデジタルではなく、フィルムや写真といったアナログの状態で処理していたのですね。 村井――ええ、それしかなかったんですね。それで、その人工衛星が取得した数値データ入りの磁気テープをポケットマネーで買ってきて、そのデータをコンピュータ処理したわけです。そのデータをコンピュータ処理したのは、じつは日本では私が第一号なんです。 ―――先見性の高さはさすがですね。ポケットマネーでということですが、当時の値段でいくらだったのですか? 村井――一八〇ドルしました。 当時はプリンタもラインプリンタぐらいしかなくて、プリントアウトしたものに色鉛筆で色を塗ったりしていたんですよ。周囲は「コンピュータを使うような難しいことは日本人にはできるわけがない。だから、こんなことをする必要はない。写真処理をしろ」と、こんな調子で、それに反発して始めたのです。私がリモートセンシングのはしりだと自負しているのは、そういう経緯があるのです。ランドサット一号の前にリモートセンシングをやっていたのは、私と、当時IBMにいた飯坂譲二さんぐらいですから。
リモートセンシング、GISと出合う
―――そのような”不遇時代“から、徐々に状況が変わってくるわけですね。 村井――七四年に国土庁が発足し、初めて日本も国土数値情報を集め始めました。LIS(ランドインフォメーションシステム)がつくられ、LISかGISかという論争もありましたが、今から考えると、それは明らかにGISのはしりでした。 ―――国土数値情報というのは、どのような技術を使って採集されたのでしょうか。 村井――リモートセンシングや衛星データを使って、全国の土地利用データなどを入力し、処理し、データベース化したわけです。当時は大変なデータベースだったんですよ。同時に全国のカラー空中写真撮影を、国土庁が三〇億円かけておこなった。私はもともと写真測量をしていましたから、そこで、リモートセンシングとGISを融合させる研究を担ったというわけです。写真測量、リモートセンシング、GIS、これらをみな一緒にして、国土のマネジメントに使おうというのが、私なりのコンセプトでした。 ―――非常に大規模な研究ですね。GISが認められ始めたのは、その頃からなのですか。 村井――八〇年代になって、ようやく学会などからもGISという言葉が出てきました。DTMを含めたリモートセンシングを始めたきっかけの一つは、コンピュータマッピングだったのですが、コンピュータマッピングとGISは、空間解析という点で結びついていくと直感しましたね。 八〇年代の中頃になると、アメリカでは研究者たちが大学を飛び出し、民間ベースのGISソフトを開発して販売するようになった。当時はパソコンもないわけで、どちらかというとワークステーション対応ですね。これが八〇年代後半から九〇年代に入ると、パソコンで対応できるようになります。同時にその頃には、リモートセンシングの状況もアメリカ独占型から変化してくる。フランスも衛星を打ち上げ、日本も打ち上げ、インドも、カナダもと、各国が参入してきました。その開発競争によりリモートセンシングの技術も発展し、一〇メートルの分解能のスポット衛星も出てきたわけです。 ―――小縮尺の地図しか使えなかったものが、一気に大発展をしたと。 村井――九〇年に冷戦が終わってから、アメリカでは商業主義がその推進力になりました。また、九三年に国の情報基盤としてのGISということで、クリアリングハウス(空間データの所在を明らかにするための検索ソフトウェア)を整備せよと大統領命令も出たのです。それとパソコンの発達ですね。それらによってすごい勢いで広がったのです。
広がる可能性――空間情報のネットワーク化
―――そのように急成長すれば、GISの概念自体にも変化が起こるのではないでしょうか。 村井――そうですね、八〇年代末から、GISは「Geographic-Information - System」だけではなくなってきました。すなわち、情報システムという単純な意味での技術としてではなく、「Geo-Special-Information - Science」、つまり情報科学という学問領域として独立するようになった。 これはたんなる技術の集合体でもシステムの問題でもなく、学問である、と。そして「G,Infor- mation-Science」や「Geo-special-infor- mation」など、GISという言葉が二つの意味を もっていると混乱するので、「Geomathics」や 「Geo-informathics」という、リモートセンシングを 基盤とした学問の新しい領域の名前が出てきて、これを私どもは「空間情報科学」と訳すようになったのです。それでリモートセンシングやGIS、 GPSといった、土地の環境の形および質を扱う学問を総合しようと、東大に「空間情報科学センター」 ができた。これは画期的なことでしたね。 ―――それまではリモートセンシングとGISは別々のもので、村井先生はそれを総合するのに尽力されたわけですね。 村井――私は、リモートセンシングというのは、環境および国土の最新の情報を集めるツールであり、GISはそれを空間解析・処理してデータベース化していくツールであると考えています。 それに対してGPSは位置情報を支援するわけですから、Geographicという視点はとても重要です。中国ではRemote-SensingのRSのS、GISのS、GPSのSを「3Sテクノロジー」といっていますが、それら3Sの統合はまさに、ジオマティックスとジオインフォマティックスということですね。これから先、マルチメディアや通信技術がプラスされていくと、板生先生の研究領域に私が近づくわけです。 ―――ウェアラブル機器によってネットワークしていく。 村井――リモートセンシングで大地を解析し位置を出す、そしてそれをネットワーキングする。そうなると、私たちのGeomathicsと板生先生のウェアラブル・インフォメーション・ネットワークがドッキングする。そこで、新しいパラダイムというと大げさですが、コンセプトを議論させていただきたいと思っています。 私は一九八四年から二〇〇〇年まで一六年間、国際写真測量学会リモートセンシング(ISPRS:International-Society-for-Photogrammetry- Remote-Sencing)の役員を務め、そのうち一九九二年から九六年まで会長を務めました。このとき、もともと写真測量とリモートセンシングを扱っていた国際学会が、GISを正式の学会の学術分野として扱うかどうかで大議論になったのです。結果的には正式に扱うことになり、リモートセンシングの写真測量グループは、GISと正式に結婚したのです。つまり、GISとリモートセンシングは一緒の学問体系である、と。
コンセプトは「見て、測り、送る」
―――リモートセンシングのポイントというのは、どういうところにあるのですか。 村井――一番のキーポイントは、動きながらセンシングする自分の位置とセンサの傾きですね。それが正確に計測されないと、あまりよいセンシングができず、後の画像処理やデータ処理に大変な困難をきたすことになります。ウェアラブルセンサは安いけれども、そのぶん処理に手間やお金がかかり、結果として高いものになってしまう。それで、位置計測にはRTK(リアルタイム・キレマティック)GPSを採用することにしました。そうすれば、一〇センチ、二〇センチの精度で刻々と自分の位置を出すことができる。空さえ開いていれば、リアルタイムでほぼ一秒ごとに自分の位置が計測できるのがGPSなんです。 ―――そこで問題になってくるのは? 村井――傾きです。傾きを計測する技術は、ソビエトとアメリカの冷戦が終わってから軍事技術が公開されて急速に発展しました。イナーシャル・メジャーメント・ユニット(IMU)、あるいはイナーシャル・ナビゲーション・センサーシステムと呼ばれていますが、三軸の傾きを精度よく測ろうというもので、ジャイロが開発して市場に出てきました。 ―――それまでは、そういう技術はなかったのですか。 村井――あることはありましたが、軍事技術ではない技術は、だいたい「分」の性能しかなかったんです。「分」といっても実際には大変なものなのですが、これが軍の技術によって一〇秒から二〇秒くらいの「秒」の精度が出せるようになってきた。一五秒から二〇秒くらいの精度で角度を計測するというのは、本当に革命的な技術だったんです。 しかし、もう一つネックがあった。ウェアラブルセンサに、たとえば画像をとるイメージセンサを置く場合ですが、移動体にセンサを置けば当然揺れますから、画像は動きます。これでは、リアルタイムで災害現場などの画像を送っても、非常に見にくいわけです。先ほどの位置と傾きのデータがあれば、後処理でスムーズな画像に直すことはできますが、そうするとリアルタイム性は失われてしまう。 ―――よい画像を得るためには、センサが安定すること、画像の揺れをとることが必要になるわけですね。 村井――エンジンの振動や移動体の揺れが消去されるようなスタビライザーがないと、おそらく一般受けしませんし、実用にはほど遠くなるでしょう。ところがやはり、軍の技術にはスタビライザーがあったわけです。動いている戦車から自分が撃ち落としたいターゲットを安定して見ることは、軍の技術としては必要ですよね。そういうものをきれいな画像で見られるのは、みなスタビライザーのシステムです。 ―――最近そのシステムは、ビデオカメラなど、一般ユーザの使う機器にも搭載されるようになりました。 村井――おっしゃるとおりです。こういったものをウェアラブルセンサにつけて、ウェアラブルネットワークしないと使い物になりませんから。スタビライザーで画面の安定性を得て、センサで角度を測って、さらに位置を出す。GPSと、傾き計測のIMUと、ウェアラブルと、揺れを防ぐスタビライザー、さらに通信設備。これらを合体させたものが必要ですね。つまり、見て、測って、送る。これがコンセプトです。 ―――大変わかりやすいコンセプトですね。見て、測り、送る。角度と位置情報を測って、それをウェアラブル・インフォメーション・ネットワークで送る、という。村井先生は、GISを国内的にも国際的にも新しい領域のサイエンスとして認知させた。それによって、リモートセンシングと写真測量とGISが結婚したわけですね。 村井――そこから、ジオマティックスとかジオインフォマティックスという考え方が出てきた。 ―――そして、そのリアルタイム性をいかに引き出していくか。後処理でやると、リアルタイム性が失われてしまうと。 村井――それでは送ってもだめですから。世界の需要はそんな悠長のものではない。緊急のものがたくさんあります。 ―――さらに、それを送信する。先生の技術とWINの会で推進しているウェアラブル・ネットワークが合体すれば、さらにそれらの技術の用途が広がっていくわけですね。そういった新しいコンセプトの技術を、協力し合って発展させてゆきたいと思います。ぜひ、実現させましょう。
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