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[連載] おいしさの科学 1) 五つの基本味 -- 都甲 潔



(P080-081)

連載

おいしさの科学 都甲潔

1 五つの基本味

ヒトにとってのおいしさ

 「おいしさ」って何だろう。ある人は豚骨味のラーメンをおいしいと言うし、またある人は、いや、やっぱりラーメンは醤油味でなくっちゃ、と言う。お米についても日本人は粘りのあるごはんが好きだが、フランス人はパサパサしたお米を好む。このような「好き・嫌い」「おいしさ」はどうして、どのようなメカニズムで生じるのだろうか。

 たとえば、単細胞生物である大腸菌やゾウリムシは一般に甘い物質には近づくし、苦い物質からは逃げる。甘い物質はエネルギー源となるのに対し、苦い物質は一般に毒となるからだ。このような単細胞生物も、甘い物質を好き、苦い物質を嫌いと考えているのであろうか。そもそも神経も脳もない生物が考えることなどできるのであろうか。

 人間の赤ちゃんは、甘いものを口にすると、とっても幸せそうな顔をする。他方、苦いものだと、口をへの字にして顔をしかめる。どうやら甘いものは「好き」、苦いものは「嫌い!」と言っているようなのだ。単細胞生物とよく似ている。大人になると、コーヒーなどの苦いものも好きになる。本来嫌いだったものが好きになる。不思議だ。

 どうやら「おいしさ」「好き・嫌い」を理解するのは一筋縄ではいかないようだ。しかし、二一世紀の最新科学は、このような感性の世界の謎を解き明かそうとしている。これまで主観がすべてだった食品のおいしさの理解へ向けて大きく踏み込もうとしているのだ。

 二一世紀の最新科学の話に入る前に「味とは何か」についてもう少し考察を進めよう。中国に現存する最古の医学書に、味は五つからなることが記されている。鹹味、甘味、酸味、苦味、辛味の五つである。鹹味は塩味のことだ。「うん、確かにそうだ。さすが中国四○○○年の味の歴史」と納得される方も多いことだろう。

 西洋では、ギリシャのアリストテレス(紀元前四世紀)が味を七つに分類した。塩味、甘味、酸味、苦味、厳しさ、鋭さ、荒さである。最初の四つはつい最近まで生き残り、二〇世紀初頭のヘニングの四原味説へと至っている。つまり、塩味、甘味、酸味、苦味の四つですべての味が表現できるというものだ。

 四つの味の中でも最も好かれる味は「甘味」だろう。甘味物質はエネルギー源になるので、単細胞生物をはじめとして私たち高等動物も好んで食べるのだ。約一万五○○○年前のスペイン北部のアルタミラ洞窟の壁に、木に登ってミツバチの巣から蜜を採る人が描かれている。実際、ヨーロッパでは、一二世紀に至るまでミツバチの蜜が主たる甘味料であった。

 一七世紀に入ると、サトウキビからつくった砂糖(ショ糖)がヨーロッパ社会、特にイギリスに普及していった。華やかな社交界のテーブルには、紅茶に砂糖を入れる作法が流行していた。紅茶も砂糖も当時はきわめて貴重なものであった。砂糖入りの紅茶を飲める上流階級は、まさしく特権階級であり、砂糖入り紅茶を誇らしげに飲みながら、彼らは権威を誇示したのである。紅茶に砂糖、それは確固としたステイタスシンボルであった。砂糖の白さと甘さは、人々を魔法のように魅了したのだ。

 私たちは、(生物種としての)ヒトと(文化をになう)人、そのどちらの意味においても、砂糖に快感を覚えるのである。満ち足りた幸福感を与える味、それが甘味である。

 しかし、単細胞生物の大腸菌は、同じ甘味物質でも、ブドウ糖や果糖は摂取するが、砂糖(ショ糖)には見向きもしない。単細胞生物にはステイタスは無縁らしい。

甘、酸、塩、苦、そして「うま味」

 さて、現時点で味は五つの基本味からなるといわれている。上の四つに辛味が加わったもの?

誰でもそう思う。しかし、違うのである。あと一つは「うま味」なのだ。辛味は五つ目の味ではないのだ。「えー、うっそー? カレーライスの辛味は? キムチの辛味は?」とすぐクレームが入りそうだ。また「うま味って、うまい、ってことでしょう。そんなのが五つめの基本味って絶対おかしいっ!」とも言われそうだ。

 辛味、これは味ではない。厳密にいうと、私たちの舌にある味細胞で感じる味ではないのだ。痛覚を刺激する味なのだ。

 辛味をもつ物質の代表、それはトウガラシである。成分はカプサイシンといわれる炭素、水素、酸素、窒素からなる化合物だ。トウガラシはアメリカ大陸原産の熱帯性植物で、一五、一六世紀の大航海時代にヨーロッパに伝わった。一般によくいわれるように、香辛料は肉の保存に有効である。しかし、それにしても、あの辛い物質をどうして人はおいしいと思うようになったのであろうか。

 カプサイシンを受け取る受容体が最近見つかった。それは、温度に応答するタンパク質であった。カプサイシンを受容すると、人は「熱い」と感じているのである。まさしく刺激的な味(?)である。そう、確かに「味」ではない。このような刺激を人は好む。これは生物のもつ本能としての好奇心、冒険心ともいえる。

 ちなみに、英語では辛味を hot taste というのは周知の事実。中国でも、五味とはまた別の五性という分類では、体を熱くする食べものとして辛味をとらえている。

 さて次に「うま味」。うま味は、グルタミン酸ナトリウムというアミノ酸、そしてイノシン酸ナトリウムやグアニル酸ナトリウムという、遺伝子をつくる核酸系物質のもつ味のことである。グルタミン酸ナトリウムは一九〇八年、東京帝国大学の池田菊苗教授が発見し、その味をうま味と命名した。

 イノシン酸はかつお節のうま味成分、グアニル酸はシイタケのうま味成分である。どちらも日本人の発見による。

 グルタミン酸とイノシン酸、グアニル酸には、相乗効果と呼ばれる顕著な効果がある。互いに味を強め合うのだ。市販のうま味調味料は二種類のうま味物質を含み、まさしくこの効果を利用している。

 うま味の相乗効果は、私たちも日常の料理に取り入れている。たとえば、日本料理のだしをとる場合、かつお節と昆布の両方を使ったほうが、飛躍的にうま味が増す。西洋料理でもスープには肉と野菜の両方を使うが、これも、肉からのうま味と野菜から出るうま味の相乗効果を利用している。

 なお、英語でもうま味はそのままumamiという。日本人は昔から味噌、醤油といった発酵食品のもつうま味に慣れてきた。豊かな自然にはぐくまれ、海や山の産物にも親しんできた。その表れがうま味という言葉なのだ。

とこう・きよし――1953年福岡生まれ。九州大学大学院システム情報科学研究院教授。食を知ることで人間の原点を知ろうと「味覚センサ」を開発。感覚でとらえるしかなかった「味」を客観的に測定することに成功。バイオと情報科学で人の医・食・住の向上を目指す総合科学(ヒューマン・インフォマティクス)を提唱する。著書、『味覚センサ』(朝倉書店)、『食と感性』(光琳)、『旨いメシには理由がある』(角川oneテーマ21)ほか。

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