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[コラム] クリック猿とマウス -- 桂 英史


(P3)

NATURE INTERFACE Column

行為のデザイン#2

ビジュアル: ニシコリマヤ

クリック猿とマウス

桂英史 東京藝術大学美術学部先端芸術表現科助教授

 ねずみ(マウス)という動物の存在感は、なかなか不思議である。キッチンなど日常生活の周辺に出没すると、大騒ぎになる。無理もない。都市生活においては、不衛生のシンボルとして知られる動物だからだ。その出没を目撃すると、人はブルーになる。ねずみそのものが気持ちわるいこと以上に、自分の生活空間が不衛生であるとの烙印が突きつけられた気分になってしまうからだ。したがって、ゴキブリ以上の大敵として駆除の対象になる。繁殖力が抜群で、ウイルスのキャリアとしても、申し分ない。ただ、この繁殖力はうまく利用されていて、動物実験では長く主役の座を占めている。

 この都市生活者の敵も、いったん「手のひらサイズ」のシンボルとなってしまうと、なぜか人々の寵愛を一身に集める存在となる。ミッキーマウスがその典型である。このミッキーマウスとともに、20世紀はもうひとつマウスのシンボルを登場させた。それがマウスというコンピュータの入力デバイス(装置)である。

 マウスがこの世に登場したのは、1968年のこと。およそ35年も前のことである。サンフランシスコで開かれた秋期合同コンピュータ会議で、NLS(oN Line System)と呼ばれる対話式のコンピュータが公開された。公開したのは、ダグラス・エンゲルバートという、国防省高等研究計画局出身の電子工学の研究者である。

 当時マウスは、木製でハンドヘルド・カーソル・コントローラーと呼ばれていた。その名前が示す通り、カーソルを手先で自在に動かすというアイディアである。コンピュータグラフィックス(CG)作成用の入力デバイスとして開発されたマウス第1号は、裏側にボールなどなく、直交する2枚の制御用ディスクを直接机との摩擦で回転させ、その回転の度合を計算しカーソルを動かす仕組みをもつものであった。ちなみに、この入力デバイスがなぜマウスと呼ばれるようになったか、という点についてはエンゲルバート自身もわからないとしている(突き止めてみたいものだ)。

 それから30年以上の歳月が経って、マウスはすっかり入力デバイスの代名詞となった。世の中に出回っているパソコンのなかで、マウスが付いていないものはないと言っても過言ではない。ここで、ノートパソコンにはトラックパットやトラックポイント、PDAはスタイラスなどで入力しているじゃないか、などと反論してはいけない。そのどれも、マウスの変形であることには変わりがない。必ずしもねずみのかたちをしてなくても、マウスの変種なのだ。マウスの繁殖力、恐るべし、である。

 この繁殖力には、技術的な背景がある。マウスという入力デバイスは、エンゲルバートがレーダー技術者でCGの入力デバイスとしてマウスを開発したことを考えても、技術的にはディスプレイと表裏一体の関係にある。さらに言えば、現在使われているパソコン用ソフトウェアのほとんどがWYSWYG(What You See is What You Get=見ているものを手に入れる)にもとづくインタフェイスの考え方とオブジェクト指向というプログラミングパラダイムでデザインされている。要するに、パソコンを普及させたひとつの要因でもある、洗練されたユーザー・インタフェイスは、人間の視覚に依存して進化してきたわけである。

 エンゲルバートはコンピュータを人間の知性を増幅させる可能性をもった機械であると位置づけていた。そのことを、「オーグメンテーション(augmentation=増大)」と表現した。確かな見通しである。ただ、どうしても気になるのが、マウスを入力デバイスとするコンピュータは人間の知性を増大させること以前に、視覚という知覚を突出させてしまったことだ。たとえば、目を閉じてマウスを握ると、僕は自分の傲慢さとコンピュータの無力さを思い知る。目の不自由な人にとっては、マウスとディスプレイでできあがっているコンピュータという機械は、まったく野蛮な機械だということになる。

 とはいえ、エンゲルバートという人はやはり慧眼の持ち主である。じつは、エンゲルバートはマウスを紹介したプレゼンの際に、もうひとつ貴重な提言をしていた。ネットワークによる「知の共有」である。インターネットのようなアイディアが、ほぼ35年前にエンゲルバートによって示されていたのである。インターネットはマウスを介した自閉的なクリック猿を拡大再生産する一方で、知の共有をめぐるトリガー(引き金)となっているように見える。ただ、ここでも、視覚優位という問題に直面する。インターネット上のハイパーリンクは、目の不自由な人にとってまったく意味がないからだ。

 当たり前のことであるが、ディスプレイに表示されない情報、視覚的に表現されていない情報は僕たちの日常生活にあふれている。コンピュータが「バリアフリー」の文脈でも語られるようになって久しいが、視覚的に表現されていない、あるいは表現することができない知を、コンピュータは本当に処理できるのであろうか。もしできないのであるとすれば、インターネットによる「知の共有」は非常に偏った知ということになる。IT革命と言われるご時世にあって、コンピュータの役割は、じつはちょっとした曲がり角にさしかかっているような気がしてならない。もちろん、かく言う僕も、机に向かえばマウスと仲良しのクリック猿なのであるけれど。

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