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[巻頭対談] 人と情報が輻輳するまちづくりを目指す 真に価値ある社会の実現へ向けて -- 福澤 武+板生 清





(P06-09)

photography by Masatoshi Sakamoto

ITの発達によってさまざまなコミュニケーション手段が発達すればするほど、

「フェイス・トゥ・フェイス」が必要になると説く三菱地所会長・福澤武氏。

生きがいや充実感のある社会を実現する鍵もそこにある。

さまざまな人や情報、文化が往き交うまちづくりを通じて、

真に価値ある社会の実現を目指す福澤氏の信条と展望を聞く。

人と情報が輻輳するまちづくりを目指す――

真に価値ある社会の実現へ向けて

巻頭対談

福澤武×板生清

ふくざわ・たけし

1932年生まれ。1961年慶應義塾大学法学部卒業後、三菱地所株式会社入社。ニューヨーク駐在員事務所首席駐在、大手町管理事務所長、営業部長、取締役営業部長、常務取締役、専務取締役を経て、1994年に取締役社長、2001年に取締役会長に就任し、現在に至る。著書に『「丸の内」経済学−この街が21世紀の東京を牽引する』、監修に福澤諭吉著『福翁百話』がある。

(P6写真キャプション)

福澤武

[三菱地所株式会社取締役会長]

板生清

[聞き手・本誌監修]

フェイス・トゥ・フェイスの関係

板生――会長がお書きになられた『「丸の内」経済学』(PHP研究所)を読ませていただきました。「コミュニケーション手段が発達すればするほど、フェイス・トゥ・フェイスの関係での情報交換がますます必要となってくる」という意見は、まったくその通りだと思います。

福澤――最近はインターネットなどを利用して世界と情報交換ができますが、こうしてコミュニケーション手段や機械が発達すると、なぜか出張が多くなってしまうんですね。EメールやFAXによるやりとりの量が増えるにしたがって、結局どうしても直接会って話をしなければという、フェイス・トゥ・フェイスの関係が重要になってくるのです。

 たとえば、こんな話を聞いたことがあります。海外の企業の役員を務める人ですが、ニューヨークで開かれる役員会はテレビ会議では済ますことができず、そのたびにニューヨークまで赴かないといけない、と。情報化時代の先端を走る企業の会長が「フェイス・トゥ・フェイスの関係でなければならない」と言うんです。今後、情報化が進展すると、この現象はさらに加速していくでしょうね。

板生――そうですね。知れば知るほど相手をもっと知りたくなる、そしてこちらのことも伝えたくなるというのが人間の心理。だいたいインターネットというものは、便利なようでいて、人間が思っている情報の百分の一、いや千分の一も表現していませんから、雰囲気やニュアンス、表情が伝わらない。そうなると、インターネットが発達すればするほど、会う回数が増えて、人の往き来が激しくなる。

福澤――それは産業革命以来ずっとそうなんじゃないですか。機械ができたおかげで、人手がいらなくなるはずだったのに、結局どこかで人手は必要なのですから。人々が直接交流して情報交換することがどれほど大切か、このことを考えると、人と情報が集まる都市というものは、今以上に注目されなければなりません。とくにそのなかでも都心、すなわち丸の内のようなビジネスエリアの存在が、非常に重要になると思っています。

進化する不動産業と丸の内再開発

板生――不動産業というものは、総合的な産業ですよね。人が暮らすうえで快適な空間や環境をどう実現していくか、非常に大事な分野のような気がします。

福澤――われわれディベロッパーの仕事は、以前は箱だけをつくって提供していました。このような建物をつくりましたのでそれをお貸ししますと。あとは借りた方が、その中で何かなさる。いわばハード面だけだったんですね。二〇世紀まではとにかくモノを提供すればいいというスタンスでやってきましたが、二一世紀はそれではだめなので、ソフト面でもある「心」に力を入れています。

 いまだに、「豊かな社会を目指して」などと言っている人がいますが、私は、「豊かさを追求するのはもうやめよう」と言いたいんです。日本人は戦後、豊かさばかりを追求してきましたが、物質的な豊かさを追求してきた結果、精神的な豊かさをどこかに置き去りにしてきたように感じます。衣食住が足りている今の時代に大切なのは、どのようなサービスを提供し、それによってお客様がいかに満足してくださるか、感動を覚えてくださるかということだと思います。つまり、これからのわれわれのビジネスのテーマは、お客様に感動を与えること。そうしたこともありまして、わが社でも三年前にソフト事業推進室を設けて、エリアマネージメントを始めています。

板生――三菱地所さんが、エリアマネージメントとして取り組んでおられる丸の内再開発も、ビジネスだけじゃなく、「心を満足させる」という思いで進められているのだと思いますが、基本的な方針や目指している方向性はどのようなところでしょうか?

福澤――三菱グループには、創業の精神を示す「三菱三綱領」という訓諭があります。四代目社長である岩崎小彌太の言葉、「所期奉公」「処事光明」「立業貿易」からきていて、仕事を通して社会に貢献しなさい、仕事は公明正大にやりなさい、そして、日本はもともと資源のない国だから貿易が重要となるので、世界的な視野で行動しなさいということを示している言葉です。これをそのまま若い人たちに言っても何のことかわからないでしょうから、私は「所期奉公」を「パブリック」、「処事光明」を「フェア」、「立業貿易」を「グローバル」という単語に置き換えて話をしています。

 この「三菱三綱領」を柱に、これからわが社はどういうことを目指して仕事をしていくのかを考えたわけです。知恵者がいろいろと案を出した結果、「まちづくりを通じての真に価値ある社会の実現を目指す」ことが、われわれの目標となりました。少しわかりにくいですが、ようするに生きがい、それから充実感、そういうものがもてる社会の実現を目指そうとしています。しかし、ビルを建てることがどうやって生きがいに結びつくのかというところが難しい。だけど、そういった高い志をもつことが大事なのです。

板生――九月に開業する新しい「丸ビル」をはじめ、丸の内再開発には、福澤会長や三菱地所全体のこうした思いが実現されているという感じなのでしょうか。

福澤――この地域は、今まであまりにもオフィスに特化したまちでした。戦後の日本の復興期に、とにかく足りないオフィスをつくれという社会的情勢と要望に応えた結果ですので、しょうがないことでもあります。当時建てたビル自体も、なるだけオフィススペースを大きくという要望が多かったものですから、エントランスなどの共用空間をゆったりとつくったものが少なかったのです。それでも、仲通りを世界の名店街にしようと、ブランドショップを入れるなど、時代とともに変化してきました。ところが、ビジネスタウンである丸の内は、オフィスが休みとなる土日は、ゴーストタウン化してしまう。そうなると商売が成り立たなくなり、ますますビジネスに特化してしまった。だけどやはりこのままでは、働いている人も満足しないので、丸の内にアメニティをつくらなければならないと思うようになったのです。

 昼休みに食事に行こうと会社の外に出ても、同じようなビジネスビルが建ち並んでいては、あまり楽しくないでしょう。ですから、これからは働いている人が満足できるように、物販店や飲食店、それから人々が交流するホールや大小の会議室を備えた多機能なまちを目指そうとしています。何といっても、フェイス・トゥ・フェイスの関係がより必要な時代になるわけですから、そういう交流ができ、情報交換や情報発信が世界的な規模でおこなわれるまちにしていかなければいけないと感じています。

異文化交流でまちに新たな価値を創造

板生――じつは東京大学では、去年から環境プランナーを養成するための環境プランニングという講座を設けまして、いろんな外部講師を招いて講義をおこなっています。これがとても人気で、ぜひ社会人にも聴講していただこうということで、丸の内でもすでに開催を始めているのですが、丸の内ビジネスと大学が連携して社会人教育をおこなうことについてお伺いしたいのですが。

福澤――今のビジネスマンは、ものすごく勉学意欲が旺盛なんですよ。仕事を終えて、アフター5やアフター6に、職場の近くに勉強できる場があると嬉しい、丸の内で働いて丸の内で勉強できればいいんだけどなどと、男性も女性もおっしゃる。それで、慶應の教授にこういう声があると話してできたのが、丸の内シティキャンパス(二○○一年四月オープン。丸ノ内八重洲ビルをメインキャンパスにした、社会人向け教育機関)です。事務局はたまたま慶應ですけど、講師になっていただく方の学校にはこだわりません。あるいは産業界の方でも、官の方でもいいので、いろんな方に講師になってもらいたい。教える、教わるということではなく、講師と聴講者との間に、また、聴講者同士に知的交流がおこなわれることが大事だと思います。この知的交流から新しい産業が生まれるのではないかという期待もありますね。ですから、ここ丸の内も、たんにビジネスをやる場所じゃなくて、そういった知的交流で新たな価値を見出していく場所にしていきたいです。

板生――新しい丸ビルには、産学連携の拠点となる「丸の内リサーチ・サークル」が開設されるそうですね。東京大学も千葉県の柏に移る予定ですので、ここ丸の内を玄関としてどんどん進出していきたい。そうなってくると、これまでのビジネスのまちとしての丸の内の姿から徐々に、若い人や学生がやってくるまちに変わっていきそうな予感がしますね。

福澤――そうですね、まちづくりまで含めた、産学協同の新しい形だと思います。もちろん、研究室にこもって研究する分野もあるでしょうが、やはり大学も社会との接点がないとだめでしょうし、まちとしても、学生がいないまちはだめです。今の大阪に元気がないのは大学のキャンパスが外へ出てしまい、まちから学生が消えてしまったからだと思っています。広島もそうです。ビジネスマンだけでなく、違った血、考えや文化が混じることがいいのです。

 会社もそうです。私は、人事は新卒の採用だけではいけないと思っています。もちろん、三菱地所のアイデンティティを大切にするために、新卒者を採用して三菱地所マンを育てていくことも必要だと思いますが、だけどそれだけでは、企業は活力を失ってしまう。そういった純粋培養の連中に刺激を与えるためにも、中途採用によって異文化を入れる必要があるのです。学校でも、会社でも社会でも、同じ文化の者だけで固まってしまっていては、何も活性化しませんよ。

板生――学生自身にとっても、教授の先生たちにとっても、やっぱり八王子では不便なこともありますしね。現に最近、都心への回帰現象も起こっていますからね。

 少し個人的な話になりますが、聞くところによりますと、福澤諭吉さんの曾孫にあたるそうで。

福澤――諭吉は酒豪だったそうです。でも曾孫ともなるとお酒は全然だめ。いい遺伝子は何にも残っていませんね。でも、唯一似ていると思ったことがありました。『福翁自伝』のなかで、血に弱い諭吉がロシアで外科の手術を見学し、気持ち悪くなったことが書いてあるのですが、そのくだりを読んだとき、小学校の理科実験で先生がモルモットを解剖したシーンが、まるで走馬灯のようによみがえってきました。興味津々で一番前で見ていたのですが、なんとなく変な気分になって、スーッと血の気が引いて貧血を起こしてしまったのです。そのことはそれっきり忘れていたのですが、二十歳で初めて『福翁自伝』を読んだとき「俺は諭吉に似ている」と強く実感しましたね。それだけですよ、似ているのは(笑)。

板生――それであるがゆえに、平和主義者で、新しく生きがいのあるまちをつくろうと力を注がれているのですね。本日はどうもありがとうございました。

Takeshi FUKUZAWA × Kiyoshi ITAO

(P9写真キャプション)

9月にオープンする丸ビル

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