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[インタビュー] バイタルケアネット 命を守るネットワーク -- 矢作 直樹





(P12-15)

Interview

特集 

生体情報──ヘルスケアの未来

脈拍、血圧、酸素飽和量といった生体情報は、

私たちが生きているしるしそのものである。

その変化は、時に私たちの体調の変化を知らせる重要なサインとなる。

それをいち早く察知することによって、在宅患者の健康と安全を守るシステム、

それがバイタルケアネット構想だ。

バイタルケアネット――命を守るネットワーク

矢作直樹

東京大学教授

やはぎ・なおき

東京大学教授。大学院医学

系研究科外科学専攻。生体

管理医学講座・救急医学分野。

Q. この構想はどんな経緯で生まれたのですか?

 「バイタルケアネット」というのは私の造語でして、まだアイデア段階の構想にすぎません。しかし将来的には、私たちのよりよい暮らしを実現するための新しい医療システムになりうると考えています。もともとは、医師として、一市民として、こんな社会ができたらいいなという単純な思いから出発したのです。

 私自身は、大学を卒業して二〇年弱臨床医学をやり、その後三年間工学部に移り、今は救急医療に携わっています。この構想は、まさに救急医療のあり方と密接にかかわっています。つまり、救急医療のシステムを抜本的に見直すことによって、よりよい医療の実現を図ろうというわけです。

 現在の救急医療システムには、非効率的な面が多々あります。たとえば東京都の救急車出場回数は、一昨年度が五七万件、昨年度は六〇万件でした。東京の人口を日本の一割とすると、日本全体では六〇〇万件です。では一回の救急車の出場に、どのくらいのコストがかかっているか? 人件費から車のメンテナンスまですべて含めて、一回=七万円です。一年では、東京都だけで四二〇億円、日本全体では四二〇〇億円。

 問題はそれに見合った効果をあげているかです。じつは東京都の六〇万件のうち、一万件はすでに患者の心臓・呼吸が止まった状態で、救急車が呼ばれている。その人たちのうち、一週間後に生存しているのは八パーセント(そのほとんどは医療機器で生かされているだけです)、さらに退院して社会復帰できる人は、わずか一パーセントです。

Q. 一〇〇人に一人ですか。

  それ以外の場合はどうなのでしょう?

 じつは、救急車の出場のうち、三次救急(命にかかわる救急出場)は約一割くらいです。

 そもそも救急医療自体、まだ歴史の浅い分野なんですね。日本で救急医療が始まったのは昭和二三年で、最初は消防隊がその役割を兼ねていました。また、当初は事故の傷病者だけを対象にしていましたが、昭和六二年に一般の疾病まで拡大されました(図1)。今では運ばれてくる人の三分の二が内因性疾患です。

 医療システムというのは、国によってかなり違いますが、中でも違いが大きいのが救急医療です(図2)。

 アメリカは、救急医療に高い医療技術を与えていて、救護員でも医者と同等の処置ができます。現場や移送中に必要な処置をしながら、ヘリコプターなども使ってすみやかに病院に運ぶ。病院の中にも初期治療だけをおこなう救急部が設置されている。

 一方フランスは、医者が救急医療本部に常駐し、彼らが現場である程度の処置をしてから、病院へ運ぶというシステムです。余談ですが、自動車事故で亡くなったダイアナ妃は、アメリカの救急システムなら助かっていたかもしれないといわれている。ダイアナ妃は救急隊が到着したときはまだ意識があり、一言二言しゃべっていたそうですが、心臓のそばの血管が破れていたのが致命傷となりました。病院は現場から五分の場所にあったけれども、病院に運ばれるまで九九分かかっている。

 私が注目しているのは、イギリス型です。イギリスでは、病院や開業医が救急病院として登録するという形で、救急医療に積極的に参加しています。そして急患の連絡が入ると、コールセンターのオペレーターがコンピュータの指示に従って質問をし、どの病院へ運べばよいかなどの指示を出すという仕組みをとっています。

Q. ネットワーク化することによって、

  柔軟な対応ができるわけですね。

 そうなんです。救急医療というと、よくテレビドラマにありますが、ドタバタと急病人が運ばれてきて、それをまさに「汲々として」処置を施すというイメージがあるでしょう? でも実際にはそんな光景はあまりないというか、どんなにドタバタしても助からないものは助からないんですね。言い換えれば、それが現在の救急医療システムの限界なんです。

 話を戻すと、スイスでは政府が国民に「民間防衛」を配付しています。そこには、それこそマンホールに落ちたらどうすればいいかなどということから、核シェルターのつくり方まで、何でも書いてある。つまり、自分の体は自分で守りなさいということですね。

 医療の分野で世界をリードしているのはアメリカですが、そのアメリカでさえ、このようなガイドラインを出している(図3)。これはアメリカ心臓協会がつくったもので、私流に解釈すれば、1病気になるな、2病気にならないように注意しろ、3病気になったら気合いを入れて治せ、ということなんですよ(笑)。

 今はあらゆる病気に対してあらゆる治療が受けられる。しかしその後の病気の治り具合は、結局患者の心のもちようで決まってしまう。これは事実なんですね。だから私は「気合い」というのはとても大事だということを、冗談でなく本気で国民に訴えかけていくべきだと思っているんです。

Q. 耳が痛いですね。病気というとすぐ医者頼み、

  薬頼みというのが習慣のように染みついている。

 しかももうそれでは医療費も立ち行かなくなっているんですね。国民医療費は、二〇一〇年には五四兆円、それはGDPの約一割に達すると予想されている(図4)。もちろん、医療側も効率化を図っていかなくてはなりません。今は、病院はただ患者を待っているだけです。それではダメで、むしろ病院に来なくていいように、病院の外でいかに病気をくいとめるかを考えていかなければならない。そして病院に来るにしても、それなら患者がひっくり返る前につかまえようというのが「バイタルケアネット」のねらいなんです。

 その仕組みを簡単にいうと、「大勢のハイリスク患者の生体情報(バイタルサイン)を非拘束にモニターし、病変を早期にとらえて病院へ搬送する」ということ(図5)。

 ハイリスク患者とは、高齢者や病気をもっている人など、突然倒れるような危険をもっている人たち。倒れる人というのは、じつは最低でも数分から数時間、あるいは数日前にそのサインを出しているものなんです。一例をあげると、故・小渕首相が倒れる前日に偶然テレビを見ていたのですが、しゃべっているときにちょっとロレツが回らなくなったんです。それは小さな脳塞栓ができたのだと思いますが、やはり翌日にもっと大きいのがきてしまった。

 そうした病変の予兆となるバイタルサインの変化、つまり脈拍や血圧、呼吸、酸素飽和量の変化などを、パルスオキシメーターでモニターする。パルスオキシメーターは指輪型など、患者の生活のじゃまにならない形にし、その信号がPHSや電話回線などを使って、情報を統括するセンターなどへ送信される。異常を検知すれば、すぐに救急車を出動させる。一方で、地域の救急病院の病床の稼働状態を把握できるシステムを構築し、患者の迅速な搬送収容を可能にする。

 早期に対応すれば、今まで助からなかった人が命を落とさずにすむばかりか、治療によってさらに何年も生きられるかもしれない。とくに心臓疾患などは治療のきく病気なので、かなりよくなるはずです。

 もちろんシステムの構築と維持にそれなりのコストはかかります。しかし最初に述べたように、毎年東京都だけで少なくても一万件の救急車出動がほとんど徒労に終わっている。これを実のあるものにできるわけです。そして倒れて入院する人が減れば、当然医療費の抑制にもつながります。

Q. 予兆をとらえて早期治療をおこなう。

  まったく新しい考え方ですね。

 倒れる前が重要なんですよ。倒れてからでは遅いんです。

 これからは、病院に来る前のケア=プレホスピタルケアを、あらゆる面で進めていかなくてはならない。それにはまず、国民自身が病気にならないよう、自分の体は自分で守るという意識をもつ必要があるわけです。とくに生活習慣病といわれるものは、自分の生活習慣を見直すことで予防できる部分も多いのですから。

 しかし日本人には、どうもこうした意識が薄いのです。また国も、喫煙やストレス、肥満などの危険性を国民にはっきりと言わない。学校教育でも、子供にそうしたことを教えようとしない。官も税収源としてのタバコ販売をやめない。

Q. バイタルケアネットの実現には、

  どんな課題が考えられますか?

 まず、病変の予兆となるバイタルサインをどれだけ正確に取り出せるか、いかにノイズを排除するか。その精度を上げていかなければならない。

 次に、生体センサのエネルギー源の問題。いかに少ないエネルギーで、効率よく長時間働かせるか。

 ただ、機器やハードの問題は、あとの記事で触れられると思いますが、どんどん進歩していくでしょう。むしろ難しいのは、数百万人単位の生体情報を、どこがどのように管理するか、そのシステムを構築することでしょう。消防庁、医療機関をはじめ、公共・民間を問わずさまざまな機関同士の連携を図り、すり合わせをおこなっていかなければなりません。

ありがとうごさいました。

(P13 図1)

昭和 23  事故の傷病者の救急隊による搬送の規定  (消防法)

39  救急医療機関告示制度の創設(救急病院) (厚生省)

   47  休日夜間救急センター発足  (自治体、医師会)

   52  初期、二次、三次救急医療体制発足  (厚生省)

   58  日本救急医学学会認定医制度発足  (日本救急医学会)

   62 救急隊の搬送業務の対象が一般の疾病にまで拡大 (消防法)

   64 日本救急医学会指導医制度発足  (日本救急医学会)

平成 01 救急医療体制検討会設置(プレホスピタルケア制度) (厚生省)

   03  救急救命士制度の発足  (自治省)

   10  医療計画に基づいた新しい救急医療体制の確立  (厚生省)

(キャプション)

図1 わが国における救急医療体制の推移

(図2キャプション)

図2 海外の救急医療体制

(図3)

一次予防:食べすぎに注意

二次予防:心疾患のない若い世代で可逆的なリスクを減らす

三次予防:心疾患の臨床症状が出現した人で可逆的リスクを減らす

(キャプション)

図3 アメリカ心臓協会「心肺蘇生ガイドライン2000」

(図4キャプション)

図4 国民皆保険制度は破綻しそう

(図5キャプション)

図5 バイタルケアネット構想(ハイリスク国民のバイタル管理)

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