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(P28-31) 特集 生体情報──ヘルスケアの未来
人の行動パターンをモニタリングすることで、 心や脳が抱える問題を的確に知ることができたら――。 心の病は、治るも、悪くなるも時間が長くかかるものだ。 だからこそ、正しい対処と治療が求められる。 ウェアラブルモニターによって心の異常を客観的データとして検知できるようになれば、 精神医療の現場は大きく変わるだろう。 この画期的な手法の研究を進める山本義春氏に話を聞いた。
取材1
ウェアラブルモニターによる心の異常の探知 山本義春氏 東京大学教授
やまもと・よしはる 1960年東京生まれ。1984年東京大学教育学部卒業、1990年東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。東京大学大学院教育学研究科身体教育学講座教授(教育生理学分野担当)。 http://www.p.u-tokyo.ac.jp/~yamamoto/
たとえばパントマイムで、眉間にしわをよせながら指先で机を小刻みに叩いたり、あたりをきょろきょろ見回しながら貧乏揺すりをしてみせたりすると、見ている方は、「イライラしている」とか「そわそわしている」などとうかがい知ることができる。この例はあまりにステレオタイプかもしれないが、このように私たちは、日頃、自分の気分や感情をなんらかの行動パターンとして表現している。生理学的にも、ヒトの脳や心の有り様は行動や自律反応に反映されることが多いとされている。つまりこれを逆にみれば、もしもある行動パターンになんらかの異常が見られた場合、脳や心にも異常が起きているということができるだろう。そこで近年、ヒトの行動パターンを詳細に解析することによって、脳や心が抱える問題を浮かび上がらせようという研究が進んでいる。
行動パターンと心拍数で「心の異常」を発見する
こういった研究が発達してきた背景には、PDAをはじめとする小型・軽量なコンピュータの普及と、ウェアラブル機器の技術的な発展がある。その代表的なものが、アメリカのアンビュラトリモニタリング社(AMI)が開発した「アクティグラフ」だ。これは腕時計型の加速度センサで、腕運動のモニターから身体活動量と活動パターンを計測することができるというもの。重量は約四○グラムと軽量で、装着に対する違和感も少ない。そのため日常生活中、長期間にわたって行動をモニタリングし、院内検査では知ることのできなかった生体情報を得ることができるようになった。 アメリカの精神医学会の診断統計マニュアルを見ると、行動異常を伴う精神障害の徴候として、「サイコモータ・アジテーション(心理的多動徴候)」と「サイコモータ・リタデーション(心理的寡動徴候)」が挙げられる。前者で特徴的なものは、注意欠陥多動性障害(ADHD)と呼ばれる、過剰に落ち着きがなく、じっとしていることが苦痛だという行動異常を伴う障害。後者は、主に行動の低下・緩徐化を伴う、うつ病に代表される疾患だ。つまりアクティグラフは、こういった行動異常を伴う精神障害をモニタリングし、そのデータを解析していくことによって、その予防や治療に役立てることができる、というわけだ。ちなみにアメリカではすでに臨床でも使われており、三○○○〜四○○○におよぶ症例データが集計されているという。 「当然のことながら、精神障害は、内科や外科の疾患のように具体的な症状や悪化箇所があるわけではないので、病気を特定することも、また、治療のために投与した薬が効果を発揮しているかを判断するためにも、医師の経験や知識に基づく主観的な判断が大きな比重を占めてきました。つまり、客観的に判断する材料がとても少なかったんです。 一方で近年、すぐにキレる子どもたちの精神不安が問題視されたり、うつ病罹患者が増えているといわれています。こういったことからもわかるように、精神的な疾患への対処方法の発展が強く求められるようになっています。たとえばガンや心臓病の治療というのは、二○世紀のうちに飛躍的に発達して、対処法もずいぶんわかってきました。もちろん、精神医学も同様に発展していますが、それでも、精神障害にかかわる行動パターンのどこが異常なのかなどといったことが定量的に示されたことはないように思います。アクティグラフなどの機器を用いて、ここに少し定量的な手法を加えれば、予防や治療に役立つ客観的なデータが得られると考えられます」 そう語るのは、東京大学教育学部教授・山本義春氏だ。山本氏はこれまでに、体動のモニタリングと併せて、ヒトの日常生活における心拍数による生体信号をモニタリング・解析することで、より多面的に生体情報を取得しようという研究をおこなってきた。 その一つが本誌二号(二○○一年五月発行)でも紹介した、生体情報モニタリング装置(LAMD)による体動と心拍数の計測。LAMDは、半導体メモリを使用した小型・軽量のモニタリング装置で、重量は二○○グラム程度。これによって計測されたデータを解析することで、生体リズム障害・睡眠障害、心臓突然死にかかわる自律神経活動異常などを発見できる可能性があるという。
病院外の「問診システム」として
「ただ、LAMDの場合は軽量ではあっても身体の三箇所に電極を取り付けなければならないので、数日間に渡ってモニタリングしていくのは難しい。 一方、アメリカの心理学者の間でおこなわれ始めたのが、アクティグラフによる身体活動量の時系列モニタリングと、エコロジカル・モメンタリー・アセスメント(EMA)という手法です。これまで、うつ病の臨床研究では、病院を離れた日常生活時間帯の気分や病状の経過を把握するために、日記型のアンケートをつけてもらうことがおこなわれてきました。たとえば、『今、気分がふさいでいますか?』『自殺してしまいたいと思いますか』というようなものです。ですが日記型の場合、書くのを忘れてしまったり、後日、あいまいな記憶をたどりながら、提出前にまとめて書いてしまうというようなケースがしばしば見られた。そこでEMAでは、PDAなどを使って、一日に四、五回、ビープ音が鳴ったら、その時の体調や気分などに関するいくつかのアンケートに、イエス/ノーで答えるという手法がおこなわれるようになっています。 通常、抗うつ剤などの薬が効くのに数週間かかるとされているのですが、その間、ずっとモニタリングしていくと、そのデータから、薬が効いてきたとか、症状が悪化しているなどといったことがわかるわけです。心の病は、治るのも悪くなるのも、長いスケールで起こることなので、こういった、いわば病院外での問診システムのような機器の有用性は大きいでしょう」 ちなみに、アクティグラフの前身ともいえる機器は「万歩計」だ。じつは、アクティグラフの仕組みは比較的単純で、内蔵される加速度計が何回ゼロをクロスしたかというデータを積み上げているだけにすぎない。逆に言えば、極めて確実な測定値が得られる。もちろん、万歩計の場合は、身体活動の総量しかモニタリングされないが、身体の動きの時系列情報、つまりはリズムやパターンがモニタリングされるアクティグラフから得られる情報の差は、比較にならないほど大きい。しかし、これを解析して被験者の症状を知るという作業は、一筋縄ではいかない困難さを伴うのだ。 「健常者と、精神障害・心身症をもつ患者さんのそれぞれのデータを、一般の人に対して何の説明もなしに見せた時、そのデータの相違は歴然としているのでわかります。しかしどちらが健常者で、どちらが患者さんなのかを当てることはほとんどできない。データを解析して、読み解いていく作業がなかなか難しいんです。ただ私個人としては、集まったデータを詳細に読み解き、そこから未知の情報を引き出していくという作業に、とても興味があります」 そんな山本氏が昨年の夏から始めた最新の研究が、このEMAとアクティグラフの双方を、腕時計型の携帯情報端末「ラピュータ」に搭載し、行動と気分をリアルタイムに計測しようというものだ。現在すでに、セイコーインスツルメンツと共同でEMAを搭載したラピュータが二○○個ほど開発され、今年の五月から臨床でのトライアルを始めるべく、東京大学をはじめ、帝京大学やハーバード大学、ニュージャージー医科大学などに配付されました。また、この七月には、この機器の臨床使用に関するワークショップを、東大教育学部で開催する予定だという(詳しくはhttp://edge.p.u-tokyo.ac.jp/~nbw/aboutNBW.htmlを参照)。対象となるのは、いわゆる軽症うつ病や慢性疲労症候群、パニック障害などの患者さんだ。ちなみに、一日に数回答えるアンケートは病状によって異なり、それぞれ専門医師によって作成された問診になるという。 「ラピュータは、見た目も着け心地も一般的な腕時計と大差ありませんから、長時間にわたる生体モニタリングにおいて、身体的な違和感を覚えることはほとんどありません。また、アンケートも簡単なものなので、従来の日記型に比べれば、負担はかなり軽減されるはずです。これによってより具体的に、心の問題を経時的に明らかにすることができるようになると期待しています。なにぶんまだ始まったばかりなので、トライアルの結果は二○○三年度の初頭にはっきりしてくるはずです」 山本氏は、この成果によって、EMA搭載のラピュータは近い将来、メディカルユースを中心に、まさに「病院外の問診システム」としてパーヴェイシブ化できるだろうと予測している。一般に精神障害は、薬の効き目が判断しにくいと言われていただけに、患者の体調や気分をリアルタイムに把握できる効果は大きいにちがいない。 ただそれでも、メディカルユースが主体である以上、予防や早期発見と結びつけるのは難しいのではないだろうか。とくにうつ病は、その初期では、身体のだるさや食欲不振などが伴うため、風邪やたんなる疲労だと考えて見過ごしやすいものだ。実際、病院にまで足を運ぶ人は少なく、潜在的なうつ病罹患者は相当数存在するという見方もある。そして一方、一般に販売されている携帯情報端末としてのラピュータは、すでに多くのユーザーを抱えるウェアラブルPCとして、順調に販路を伸ばしている。だとすれば、ラピュータなどのウェアラブル機器に、EMAを一般の人でも使うことのできるソフトウェアとして搭載できるようになれば、予防や疾患の早期発見につながっていくかもしれない。もちろん、そのためにクリアしなければならない課題は山積している。ただ、健康管理に対する関心が高まっていることはもとより、社会の情勢不安や経済の悪化など、人々が感じているストレスが多い中、自己の精神状態に対して不安を抱える人も少なくないだろう。そういった面からも相当なニーズがあるはずだ。 山本氏は、「精神障害・心身症の臨床にも、血圧とか体温のような客観的なメジャーを導入する。それにより現代人の『こころ』のケアが一層容易になるだろう」と語り、発想の転換の必要を指摘する。いずれにしても、研究はまだまだ始まったばかりだ。今後の成果に大きな期待が寄せられる。 (取材・文=斎藤夕子)
(P29写真キャプション) 図1 東京大学大学院・教育学研究科・身体教育学講座、 米国ニュージャージー医科大学神経行動学部門、 およびセイコーインスツルメント株式会社(SII) の共同開発による、腕時計型生態学的神経行動ロガー (ECOlogical neurobehavioral LOGger; ECOLOG)。 主として精神障害・心身症における、 気分・身体症状・認知機能等の生態学的・経時的評価 (Ecological Momentary Assessment; EMA)、 および内蔵加速度センサにより 行動パターンの長期連続記録が可能。
(P30図キャプション) 図2 米国アンビュラトリモニタリング社(AMI)の「アクティグラフ」と、 セイコーインスツルメント社(SII)のECOLOGによる、 日常生活中の体動記録例。前半が日中、後半が夜間睡眠中のデータである。
図3 精神障害・心身症の患者と、年齢・性別等の属性の似通った健常成人の体動記録例。 一つのトレースが1日のデータで、連続12日間のデータが示してある。 「どちらが患者さんのものでしょうか?」と聞くと、大方のヒトが右側と答える。果たして本当だろうか?
(P31図キャプション) 図4 じつは、左側が慢性疲労症候群の 患者さんのデータである。極度の疲労のため、 活動のエピソードが長く続かないということが、 データの統計的解析により明らかになる。慢性疲労症候群は、 うつ病とも臨床像が似ていることが知られており、 うつ病についても同様な解析が可能であると期待される。 これらは、ECOLOGを使った今後の臨床トライアルで、 しだいに明らかになっていくだろう。
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