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人はなぜキレたりハマッたりするのか -- 篠原 菊紀





(P32-35)

特集 

生体情報──ヘルスケアの未来

生体情報が活用されるのは、今や医療現場だけではない。

生体情報から、「ハマッたり」「キレたり」という

人間行動のメカニズムを明らかにすることで、

教育やマーケティングの現場に活かそうとする試みがある。

その斬新な研究と課題を取材した。

取材2

なぜ人はキレたり、ハマッたりするのか

篠原菊紀氏 

しのはら・きくのり

1960年長野生まれ。東京大学大学院健康教育学教室、東京理科大諏訪短期大講師等を経て、現在、諏訪東京理科大学共通教育センター助教授。担当科目は脳システム論、人システム論、健康とスポーツほか。研究テーマは、行為の快感と習慣化、前頭葉機能への介入、マン―マシン相互作用など。著書に『僕らはみんなキレている―脳からみた現代社会論』『僕らはみんなハマってる―脳からみた快感と依存の理論』などがある。

生体情報から

人の行動の志向性を探る

 初めてバリウムを飲んだとき、レントゲン写真を医者に見せられて、「あなたは胃下垂ですね。通常の人の胃の三倍くらいの長さがありますよ」と言われて愕然としたものだ。確かに、目の前のレントゲン写真には、だらしなく伸びきった胃が写っていて、「これじゃ胃に負担がかかるでしょう。大食いはダメですよ」と医者に注意されてしまった。以来、できるだけ胃をいたわるように生活している(つもりだ)。おそらく、数値だけを見ても説得力はなかっただろうが、自らの生体情報をグラフィカルに見せられたことで、妙に納得したことを覚えている。

 自らの生体情報を正しく知ることは、自己の健康管理において非常に意味のあることだ。しかしそれが、健康診断のように健康管理のためといった医療目的ではなく、自分の志向性や性格、行動の癖といったものを科学的な手法で解き明かされ、見せられたとしたらどうだろうか。「なぜ、サッカーを観ると熱狂してしまうのか」「なぜ、タバコをなかなかやめられないのか」「なぜ、恋愛をすると涙もろくなるのか」「なぜ、理由もなくむしょうに腹が立つことがあるのか」――人間行動には、未だ解明できない無数の謎があるが、些細な理由でキレる若者の増加(本当に増加しているかどうか、という疑問はあるにせよ)や、アルコール依存、薬物依存、パニック障害といった、人の病的な振る舞いや病める精神に注目が集まる現代、生体情報からそれらのメカニズムを探ることができ、それをわかりやすく示すことができたとしたら、「キレたくないのにキレる人」や「ハマりたくないのにハマッてしまう人」には非常に有効かもしれない。

 さて、今回取材したのは、自らを「脳科学の隙間産業野郎」と称する、諏訪東京理科大学の篠原菊紀助教授である。研究テーマは、「日本の子供の前頭葉の活動研究」や「パチンコ中の血中物質研究」「旅と健康」などで、前頭葉の活動研究を中心に、行為の快感と習慣化について研究活動を続けている。つまり、生体情報から「ハマり」や「キレ」のメカニズムについて描写しようとしているわけだが、病理学的な視点ではなく、人間行動の志向性に主眼を置いている点では、非常に珍しい研究テーマを扱っている人物である。

 ここまで特集では、ITを活用した医療の新しいかたちについて探ってきたが、篠原氏の研究はそうしたものとは立場をかなり異にしている。篠原氏の目的は、教育の現場に、道徳論や精神論だけでなく、生体情報による生理学的な要素を取り入れていくことで、人間社会のさまざまな問題について、新しい見方と解決の糸口を示していくことにある。生体情報を医療現場だけでなく、身近なわれわれの生活のなかでどのように役立てることができるのか、話を聞いた。

光トポグラフィーを体験する

 

 研究室を訪れた私がまず目にしたのは、前頭葉の酸素活動の動きをグラフィカルに見ることができる機械「光トポグラフィー」(日立製作所)である。私自身の前頭葉の働きを見せていただけるというので、さっそく調べてもらうことにした。

 光トポグラフィーは、赤と青、八本ずつ計一六本のプローブから近赤外線を額に照射し、酸化ヘモグロビンと還元ヘモグロビンの吸光度の違いを感知することで、ヘモグロビン、すなわち脳内の酸素の変化を見るというもの。そのためには、まずは額にプローブをぴったりと装着しなければならない。「いや、素晴らしい。計測しやすそうな額ですね」と、篠原氏が嬉しそうにプロープを装着してくれた。おかげで、プローブの装着は一発でOKが出たが、喜ぶべきことなのかどうか……(ちなみに、この装着が一発OKだった人は、メーカーの御髪の乏しい方と私の二人だけとのこと)。

 気を取り直して、いよいよ測定をしてもらうことにした。目の前のパソコンの画面で、前頭葉の動きが一目でわかるしくみになっている。活動が活発な部位は赤く、あまり活動していない部位は青く表示される。面白いのは、一瞬たりとも同じ状態はなく、緊張したり、リラックスしたり、しゃべったり、笑ったり、計算したりと、心の動きや行為とともに、脳の動きが刻々と変化する様が一目でわかる点だ。

 測定を始めてまもなく、「あなた、右脳に言語野がありますね。計算は完全に左脳でやってます。行為によって脳の部位をきちんと使い分けているのが見て取れます」と篠原氏に指摘された。確かに、画面を見ると、しゃべるたびに右脳の一部が真っ赤になる。計算をするときは、左脳が赤くなった。通常、言語の働きをつかさどる言語野は左脳にあるが、女性の中には、右脳の言語野を使う人も多いという。自分がそうだと知って驚いたが、素人考えながら、腑に落ちたことがあった。原稿を書く時に、私はまったく「ながら仕事」というのができないのだが、音楽を聴く脳が右脳にあることを考えると、なるほど、同じ右脳で音楽を聴きながら、文章を考えるのは難しいのかもしれないと思った。

「重要なのは、このこめかみ上の前頭葉背外側部(はいがいそくぶ)の四六野と呼ばれるあたりです。今、ちょうどあなたの脳はここが活発に動いてますね。ここは働くべきところを働かせ、働くべきでないところを休ませる役割をしています。言うなれば、脳全体を統率する『校長先生』の役割をしているのです。この四六野の働きが低下すると、パニクッたり、キレやすくなったりします。

 人の感情の動きは、脳内物質(脳内で生み出される化学物質。レセプター〈受容体〉と結びつくことで、情報伝達をする)の分泌によるところが大きいのですが、キレやすい状態というのは、ストレスで分泌を増すノルアドレナリンの過剰分泌や、僕が『がまん汁』と呼んでいるGABA(γーアミノ酪酸)が効きにくい状態と考えられます。一方で、何かにハマッてしまう人の脳内で多量に出ているのがエンドルフィンやドーパミン。エンドルフィンは、鎮痛効果があり、幸せな気分にしてくれる『安堵汁』。いわゆる脳内麻薬とも呼ばれる物質ですね。ドーパミンは、『快感汁』ということができます。また、ノルアドレナリンやドーパミンを調整し、癒し系の幸福感を生むセロトニンも、ハマる行為に大きくかかわっています。

 最近の研究で、こうした脳内物質の分泌や受容体の構造が、人の志向性や行動の癖に大きくかかわっていることがわかってきました。そこで、血中や尿中の物質を調べたり、光トポグラフィーによって脳の働きを調べることによって、行為の快感と習慣化という問題に取り組んでいるのです」

 

「好きこそものの上手なれ」を

科学的に解明する意味

 篠原氏の研究は非常にユニークだ。パチンコに週一○時間以上ハマッている人と、そこそこパチンコが好きな人、パチンコの嫌いな人にパチンコを打ってもらい、安静時、フィーバー時、終了時の脳内物質の分泌量を調べたり、ブランド好きな人にトレーナーにGパンというカジュアルな格好で街中を歩いてもらった場合と、全身ブランドで着飾った格好で歩いてもらったときのセロトニン分泌やNK細胞(ナチュラルキラー細胞:ガン細胞を殺す細胞)の活性度合いを調べたり、一泊二日の温泉旅行に出かけた際のNK活性を調べたりと、日常的な場面での生体情報の変化を見るという、一風変わった研究をおこなっている(これらの調査結果は、人気番組「あるある大事典」などでも放送された)。

 面白いことに、パチンコの常連さんはパチンコ店に入っただけでエンドルフィンやセロトニンが増して幸せな気分になり、フィーバーしてしばらくすると大量にドーパミンが出て、これが習慣化と関わるらしい。逆にパチンコ嫌いの人はそうした物質がほとんど出なかった。ブランド好きな人はブランドで身を固めたほうが、旅行好きな人は旅に出かけたほうが、免疫力が高まることもわかった。ようは、「好きこそものの上手なれ」を、生体情報から証明する試みともいえるが、科学的な根拠を示すという点に、篠原氏は非常に意味があるという。

「そもそも僕の出身は健康教育なんです。たとえば、スポーツの技を体得しようと思った場合、いったい脳はどうやってそれを体得しているのか、そのメカニズムがわかったほうが、教えられる側は納得しやすいでしょう。ニコチン依存やアルコール依存の危険性を説明する場合もそうです。それは倫理的にダメだと言うより、依存のメカニズムは、あなたの脳のこういった働きによりますと、示してしまったほうが、妙に得心できる。人の行為の志向性を物質に還元してしまうことで、「根性だ」「やる気の問題だ」といった、変な精神論に陥らない教育のあり方を示すことができると考えています」

 そうしたわけで、篠原氏の研究は脳のシステムを大づかみに捉えて一般の人に示すことが目的であって、ドーパミンの働きに特化したような各論的な研究をするものではない。その手法は、一歩間違えれば原因/結果の二元論に陥りがちで、誤解を生む場合もある。

 「まったくその通りです。『あるある大事典』なんかでも、GABAを出すためには米を食え、とか、記憶力をよくするためには何々を食べろとかなってしまうのだけど、本当はそんなに単純なものではありません。しかし、問題の原因が自分の人格や行動から切り離されて、外在している何かだというふうに思えることで、抱えている問題から解放されることもある。実体として対象化できると操作しやしくなって、結果、解決を生み出しやすくなる。その一方で、こうした研究が進むことで、これまで病気じゃないと思っていた人にまで病気のレッテルを貼ってしまうこともある。たとえば、アダルトチルドレンなんかもそうですね。世の中、理想的な家庭生活を営んできた人なんてそんなにいませんから、育ち方による問題性があると知っただけで、自分もそうだと強迫的に思い込んでしまう人がいる。

 多分、この問題の根底には、「原因→除去→解決」という感染症モデルの限界がある。複合的な要因によって起こる現象では、このモデルは成り立ちません。そういうことを、もっと知らしめる必要がありますね。そうしないと、情報を受け取る側は、右往左往することになる。生体情報を知ることのメリットは大きいけれど、そうしたリスクがあることも忘れてはなりません」

 

生体情報をマーケティングに活用する!?

 ところで、現在、篠原氏が進めている研究の一つに、パチンコ台の機種によって、脳内物質にどのような変化が現れるか、という興味深いものがある。パチンコ業界を席巻した人気台「海物語」シリーズは、なぜ、それほどまでに人気を独占し続けてきたのか、さまざまな趣向を凝らした新台にもかかわらず、人気が長続きしなかった機種とは何が違うのかを、被験者の脳内物質から探ろうという研究である。

 「面白いことに、いずれの台も興奮度はさほど変わらないのですが、没頭のしやすさでみると、『海物語』は他機種を圧倒します。言い換えると、ドーパミン系刺激をエンドルフィン系とセロトニン系の活動へとシフトさせる点が、『海物語』独占の鍵を握っているのです。さらに面白いことに、ある遺伝子の傾向をもっている人たちが、『海物語』にハマりやすいことがわかりました。そもそも、パチンコをやる人には内向的な人が多いのですが、さらにその中でも、ある遺伝子を持つ人たちをターゲットにして新商品の開発を進めると、次なる大ヒットを生むかもしれません」

 これはいわば、個人の遺伝子を含めた生体情報を、商品マーケティングへ応用するための研究である。近未来的な話で、少し空恐ろしくも感じられるが、考えてみると、箸にも棒にも引っかからない無駄な製品を大量に生み出すよりは、的確なマーケティングによってニーズのある製品を生み出すことのほうが、世の中にとってみれば望ましいことかもしれない。

 「もちろん、そうした研究は始まったばかりです。こういう研究では、調査のたびに血液や尿を採取したり、プローブをつけたりというのは、非常に煩わしいことなので、たとえば帽子を被るだけで脳の働きがわかるとか、あるいはもっとちがったウェアラブル機器を身に着けることで生体情報が簡単に調査できたりすれば、調査はうんとしやすくなります。開発に期待したいですね。

 ただ、生体情報を扱うにあたり、ふたつ注意すべきことがあると思います。一つは生体情報はあくまでプライバシー情報だということ。だから、その保護が絶対条件だということです。もう一つは、哲学だって心理学だって、文化人類学だって、経済学、社会学、歴史学だって、生体情報の解釈だとみなせるということです。もっといえば、僕やあなたが自分や他者について考えること自体、生体情報の解釈にほかならない。そう考えると、指標はすでにあるわけで、こちらの知を活用しない手はありません。」

 生体情報を知るということは、われわれ自身を知ることにほかならない。それをうまく活かせるかどうかは、私たち自身の手腕にかかっているということなのだろう。  (取材・文=田井中麻都佳)

(P34写真キャプション)

光トポグラフィー計測の様子

(P35図キャプション)

図1 クレペリンテスト(計算課題)のみ。

46野、言語野、10野(複合課題で働く)が活動し、

他部位の活動が低下している。

図2 クレペリンテスト時にまちがえると、風船が膨らむ。

46野付近の活動が低下し、

さまざまな部位の活動が高まりすぎてしまう。

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