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(P52-53) 開発最前線2
動画ホログラフィ、すなわち夢の立体テレビを世界で初めて映し出したのは、 シチズンの研究員だった。これを実現した光波面の制御技術が今、 光学機器のキーデバイスとして熱い視線を浴びている。
液晶で光を自在に制御する “アクティブ光学素子”
シチズン時計株式会社
(P52写真キャプション) 液晶チルト補正素子(DVDピックアップ用)。先端が液晶パネル
液晶に浮かび上がる動画ホログラフィ
ホログラフィは、一九四八年にイギリスの科学者ガボールが発明した立体写真技術。身近なものでは、たとえばクレジットカードの「浮き上がる絵」、あれもホログラフィだ。 ホログラフィと普通の写真がどう違うのか、ちょっと原理までさかのぼって説明してみよう。写真というのは、対象から反射した光の情報のごく一部の記録であり、波としての光は以下の重要な情報をもっている。 1 波の振幅(強度) 2 波の波長(色) 3 波の進行方向・奥行き(波面・位相) 4 波の振動方向(偏光) 単純にいえば、1の「振幅」を記録したのが白黒写真で、2の「波長」も記録するとカラー写真になる。これらは平面画像だ。一方、3の「進行方向・奥行き」(これを「波面」と呼ぶ)を記録すると錯覚ではない完全な立体画像(ホログラフィ)になる。 光の進行方向を記録するとは、どういうことか? たとえば、離れて光る豆電球を写真に撮った場合、普通の写真ならどの方向から見ても豆電球は見えるが、ホログラフィで記録した場合は、その光の来る方向に目を向けなければ豆電球は見えない。あるいは写真のモデルの視線は、どの方向から見てもこちらを追ってくるが、ホログラフィではモデルの視線方向から見ないと、視線が合わない。これは光がどの方向から来たかを記録しているからだ。これによって、まるで実物と同じく立体的に見えるわけだ。 さて、シチズン時計・MHT開発本部の橋本信幸は、入社以前からこのホログラフィの研究に携わってきた、この分野ではじつは名の知られた研究者である。入社して、液晶テレビ開発部門に配属された橋本は、単純に個人的興味から「ホログラフィを液晶で再生したらおもしろそうだ」と思い立ち、仕事の時間外にコツコツと研究を始める。そして九一年、世界で初めてCGによらないホログラフィ・テレビ(動画ホログラフィ)を開発してしまう。 写真と同様、一般の液晶パネルは、光の強度を制御して平面画像を映し出しているが、橋本は、光の波面を液晶でコントロールすることに成功した。液晶の構造は図1のとおり、棒状の液晶分子が規則正しく並んでいる。これに電圧を加えると、棒は傾いたり、倒れたりする。この傾き具合をコントロールすることによって、通過する光の波面を自在に変化させることができるという。 橋本は九一年、これを米国の国際光工学会で発表。それが図2の画像である。リアルタイムで画像を再現する動画ホログラフィは世界に例がなく、大きな注目を浴びることになる。立体映像を自由に処理できるという技術は、立体テレビだけでなく、さまざまな分野への応用の可能性をもつからだ。たとえばロボットの眼や、人の顔を識別するセキュリティシステム、アメリカでは軍事目的で敵を欺くニセの兵士のホログラフィをつくるという研究も始まったといううわさがある。
光学機器のキーデバイスへ
さて、橋本の研究がもともと企業のオフィシャルな仕事でなかったことは述べた。「当時、新聞や雑誌に取り上げられたのですが、社長もそれを読んで知ったようです。会社から『実用化はいつだ?』と聞かれ、『三〇年後くらいですね』と答えて、あきれられました(笑)」 しかし、意外にも早く一〇年後に実用化の道が開けることになる。それは技術革新著しい光ディスクの分野である。 光ディスクは、CDからDVDへの移行に一〇年を要したが、昨今の技術進歩はめざましいものがあり、二〜三年後にはさらに高品質の次世代ディスク「DVDブルーレイ」が普及すると予想されている。ところが、これに光学技術が追いつかなくなった。たとえば、セットされたディスクがほんのちょっとでも傾いていたり、反っていたり、あるいは厚みにばらつきがあったりすると、ピックアップによる読み込みや書き込みがうまくいかないのである。 そこで橋本らは、光波面を制御する小さな液晶パネルを、ピックアップに組み込んだ。ディスクがゆがんでいると、反射する光の波面にゆがみが起こる。そのゆがみを検知し、液晶(液晶チルト補正素子)に逆のゆがみの波面を発生させるパターンを表示すれば、ゆがみは相殺されるという仕組みだ(図3)。 この技術はすでにDVD装置などに実用化されており、今年度は数百万個を生産する予定。次世代のDVDブルーレイでは、この素子がキーデバイスになるだろうと見られている。 このように、映像を映し出すだけでなく、波面を制御するという技術自体が応用可能なのだ。従来、こうした光の制御にはレンズやフィルターなどが用いられてきたが、液晶がこれらと決定的に違うのは、液晶パターンを可変とすれば電気信号を与えることでその機能を自在にコントロールできることだ。という意味で、橋本はこれを「アクティブ光学素子」と呼ぶ。だからあらゆる状況に柔軟に対応でき、またソフトを変えればいろんな機器に応用できる。しかも液晶を駆動する電圧はわずか数ボルトにすぎない。 前回紹介した時計ロボット「Eco-Be!」もそうだったが、社員のいわば個人研究から、こんなにすごい仕事が生まれてくる。シチズンという企業の懐の深さをつくづく実感する。
(P53写真キャプション) 図2 91年に米国の学会で発表したホログラフィ(右)。画質は粗いが正真正銘、世界初のリアルタイム動画ホログラフィ。左はその被写体の1cm程度の犬のガラス細工。「システムの都合上、大きさに制約があったので被写体探しには苦労しました。カナダに出張中、モントリオールの夜店で見つけたものです」
橋本信幸 (MHT開発本部・オプト製品開発室 工学博士)
(P53図キャプション) 図1 液晶セルの光学構造と分子挙動
図3 液晶チルト補正素子による コマ収差補正
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