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(P54-55) 開発最前線3
切る、削る、つかむ、持ち上げる、張りつける、測る、形をつくる…… ナノレベルでの自由なモノづくりがようやく始まろうとしている。
見る・削る・付ける・測る ナノレベルの三次元加工技術
セイコーインスツルメンツ株式会社
(P54写真キャプション) ナノ・ワイングラス。 髪の毛の上にのっかっている。 ギネスブックにも掲載された。
ナノレベルの立体造形
上の写真は、外径二・七五ミクロン、高さ一二ミクロンというとてつもなく小さなワイングラス。どれだけ小さいか、その下にある髪の毛(太さ九○ミクロン)と比べれば、おわかりいただけると思う。そして驚くのは、その造形の正確さ、美しさである。 「たまたまつくったワイングラスが話題になりましたが、もちろんほかにもいろんな形がつくれるんですよ」と、作者の皆藤孝が別の「作品」を見せてくれた。円筒形、スプリングコイル形、ドリル形、パイプ形。さまざまな形をした「立体ナノ構造」である。 これらをつくるのに用いられたのは、FIB(Focused Ion Beam)=走査型イオン顕微鏡という装置。原理はこうだ。この顕微鏡は、「イオンビーム」を照射して、試料を映像化し、計測する装置だ。その際に、別のノズルから炭化水素ガスを吹きつけると、ビームが当たった部分のガスに分解反応が起き、カーボンの膜ができる。それを連続的におこなえば、ビームを照射した場所に、どんどんカーボンが積もり固まっていくことになる。あとはつくりたい形ができるように、ビームの走査を制御すればよい。たとえば、高速で円を描きながら、円の径をだんだん小さくしていけば、中空の円錐形ができる。ワイングラスのような変化に富む形をつくることも、さほど難しくはないそうだ。 「私たちの赤血球の直径が八・五ミクロンですから、これは血も注げないワイングラスですね。ということは、毛細血管もラクに通れる大きさだということ。『ミクロの決死圏』という映画がありましたが、まさにあのサイズなんですよ」(皆藤) 『ミクロの決死圏』では、脳の患部の治療のために、ミクロ化された人間が体内に送り込まれる。それは無理としても、たとえばナノ・カプセルをつくって薬を詰め、血管を通して患部に送り込むとか、ナノ・ドリルを使って細胞に穴を開けるとかいう話なら、ぐっと現実味を帯びてくる。 原料の炭化水素ガスは、蒸発が早く、かつカーボン分子を大量に含むため、すばやく形をつくるのに向いている。また、滑らかで加工しやすく、硬さも十分にある素材だという(鉄より硬く、ダイヤモンドより軟らかい。ちなみに、ビームを早く走査すればより軟らかく、ゆっくり走査すればより硬くなる)。と、モニターに映っているスプリングコイルが、何かの拍子でゆらりと揺れた。スプリングコイルやパイプは、当たり前だが曲げたり伸び縮みさせたりもできる。硬さとしなやかさをあわせもつ素材である。 これらの三次元ナノ加工の研究は、姫路工業大学・松井教授、NEC基礎研・落合、藤田両主任研究員との共同研究による。
不良解析・修正
もともと顕微鏡というのは、「見る」ための機械である。しかしこのFIBは、以上のように「立体構造をつくる」こともできる。それだけではない。ナノレベルで、特定の部分を削ったり、測ったり、また薄片を切り出したり、その薄片を移動して、別の場所にくっつけたりということもやってのける。皆藤はこれらを総称して「ナノ・マニピュレーション」と表現する。まさにこれは、ナノレベルの万能工作機械だ。 先に紹介した「立体ナノ構造」の応用にはまだ時間がかかるだろうが、じつはFIBは「不良解析」の分野では、「見る」「削る」などの技術を駆使して、すでに大きな成果を上げている。 たとえば半導体の原版などの修正がそうだ。半導体が不良かどうかは、電気的に調べればわかるが、不良箇所を特定するのはもとより困難である。FIBは、チップにイオンビームでピンポイントで穴を開け、その断面を観察することによって、早期に不良箇所を探し当てることができる。これが重要なのは、いかに早く不良品を減らし、歩留まりを上げるか、そのほんの少しの違いが大きな利益差を生むからだ。 こうしたFIBの機動性の高さは、ここぞというときに力を発揮する。製品発表会の直前になって、このFIBを頼りに他社が商品を持ち込んできて、不良箇所を発見し、ギリギリでピンチを救ったということも何度もあったそうだ。 セイコーインスツルメンツがFIBを開発したのは八二年。以来、生産量でも技術面でも世界をリードする存在となった。中でも重要な技術は次の三点。まず、ガスで膜を付ける技術。次に、穴をあけ断面を観察する技術。そして、FIBと光学顕微鏡を組み合わせることによって、加工中の観察を可能にしたこと。これらにより、手早く的確な不良解析が可能になった。 従来、チップに加工を施す際には、チップ表面を保護するマスクをかけるプロセスが必要だった。こうしないと、穴をあけたときに断面がつぶれてしまうからだ。そこで最初に紹介した、ビームとガスで膜を付ける技術である。これなら、加工したい部分に随時局所的に膜を付ければよい。そして、この「付ける」という技術を応用して、「立体ナノ構造」ができたわけだ。 見る、削る、付ける、測る。モノづくりの基本である。ナノ世界におけるモノづくりが、本格的にスタートしようとしている。
(P55写真キャプション) さまざまな立体ナノ造形。左から、円筒形、スプリングコイル形、ドリル形、パイプ形。
FIB装置「SMI2000MSシリーズ」
(P55図キャプション) イオンビームによる3次元構造形成
(P55写真キャプション) FIBを開発した二人 左:皆藤孝(インダストリアル・ビジネス 科学機器事業部 技術二部 調査役) 右:足立達哉(同部 技術担当 部長)
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