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(P74-75) 連載
2 Techno-climatology 技術のある風景
石油化学コンビナート 誕生の地 四日市港
田井中麻都佳
石油化学コンビナートなどのプラントの風景を、人工的で醜悪だと言う人がいるが、私はそうは思わない。むしろ、その複雑にして精緻なかたちは、鋼鉄で築かれた臓器のようで、有機的ですらあると思う。初めて、真夜中の横羽線から石油プラントを見たときは、その美しくも不思議な光景に鳥肌が立ったほどだ。それでも、もし、工場の美しさを疑う人がいるなら、畠山直哉の写真集『LIME WORKS』を見てほしい。石灰工場を映したこの写真集をみれば、プラントとはこんなにも美しいものだったのかと驚くにちがいない。 しかし、私たちがこうした工場の風景を、普段の生活で見ることはあまりない。重化学工業などのプラントは、都市計画の政策上、住宅とは無縁の港などに築かれているし、安全面への配慮などから、一般の人が工業地帯へ入り込むことはなかなかできないからだ。 そうした意味では、四日市港のように一般に開かれた工業地帯というのも珍しいのではないだろうか。四日市というと、今でも公害のイメージがつきまとうが、その負のイメージを払拭するためなのか、四日市港ほど工業遺産の整備に取り組んできた場所は、ほかにないように思う。市が用意した「四日市みなとまっぷ」には、イラスト付きで散策路が示されていて、コンビナートの配置だけでなく、貨物引き込み線や運河、橋、コンテナクレーン、レンガづくりの紡績工場の跡などが詳細に記されている。よく見れば、干潟や海岸、公園などの自然の風景や魚市場やレストラン、料亭などもある。四日市港は、工業、歴史、文化、自然――そうしたものが有機的に複雑に絡み合い、一つの風景をかたちづくるとてもユニークな場所なのである。 四日市港の開港は、一八九九(明治三二)年。最初は、綿花や繊維原料などの輸入、陶磁器、綿織物、緑茶などの輸出を中心に発展するが、戦後は、わが国屈指の石油化学コンビナートを擁する一大工業港となる一方で、「四日市ぜんそく」の集団発生という重大な公害問題を引き起こしたことは周知の通りである。そして現在は、コンテナ貨物を取り扱うとともに、自動車の輸出を引き受ける、有数の国際港となっている。 しかしながら、この港は最初から国際港にふさわしかったわけではない。幕末にはすでに、伊勢湾最大の商業港として栄えていたものの、国際港となるには大きな欠点があったからだ。外国汽船が出入りするには、水深が浅かったのである。 ここで、回船問屋の稲葉三右衛門という人物が登場する。三右衛門は、港の将来を憂えて、波止場の修築事業にはじまり、港の埋め立てや運河掘削、新しい波止場の建設といった難工事を、一個人で、しかも私財をなげうつだけでなく莫大な借金を抱えてまで挑んだ稀有な人だ。公の事業として進めようとする県と対立し、それでも、自らの手で築港を成し遂げようとする態度は、頑なで、ときに常軌を逸しているようにすら見える。実際に、三右衛門の行動は自分の地所の価格をつり上げるためだ、いや売名行為だ、として世間の非難を浴びたこともあった。それでも、三右衛門は挫けることなく工事を成し遂げ、やがて四日市港は国際港として発展していく。 「我十萬金を費やし四日市に百萬金を利せしめば是四日市に九十萬金の利を余すものなり」とは、三右衛門の言だが、どうやら、彼には四日市の未来の姿が見えていたようなのだ。もちろん、公害問題までは見通すことはできなかっただろうが……。 確かに彼は、四日市に「利」も「名」も残した。市内には銅像が建ち、港には、彼の名を冠した「稲葉翁記念公園」がある。 公園の目玉は、旧港に残る「潮吹き堤防」(重要文化財。実物は一部のみが残る)のレプリカ。オランダ人水利技師ヨハネス・デ・レーケの案による堤防は、大堤と小堤からなり、海側から押し寄せた波が小堤で弱められてから大堤で受け止められ、さらに小堤を越えた海水が大堤の穴から鯨の潮吹きさながら噴き出すという非常に珍しいもので、レプリカのボタンを押すと実際にそのしくみを目の当たりにできる。こんな面白い仕掛けがあるところも、たんなる工業地帯とは一味違う四日市港の魅力の一つといえるだろう。
(P75写真キャプション) Photography by Eiji Ina
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