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[連載] おいしさの科学 2) 「おいしさ」は変化する!? -- 都甲 潔



(P82-83)

連載

おいしさの科学 都甲潔

2「おいしさ」は変化する!?

ヒトにとってのおいしさ

 甘味はエネルギー源、うま味は貴重なタンパク源のシグナルだ。塩味は塩化ナトリウム(食塩)の生じる味。塩味摂取はミネラル分の供給となる。さて、酸味と苦味はどうか。

 酸味は水素イオンによりもたらされる酸っぱい味のことで、本来腐敗のシグナルである。なお、イオンとは溶液中で電気をもった物質のこと。赤ちゃんは、酸っぱいものを口に含むと、口唇を突き出して、いかにも「酸っぱい、イヤッ」という顔をする。単細胞生物である大腸菌も酸っぱい物質からは逃げる。

 苦味、これはたくさんあるが、代表格は植物から取れるアルカロイドという物質である。カフェインやキニーネがそうだ。何ゆえ、植物が苦い物質を生産するのか。それは、動物などの外敵から身を守るためだ。つまり、苦い物質は毒なのだ。実際、赤ちゃんは苦味のするものは、口に絶対入れない。大腸菌も苦味物質からは逃げる。

 薬には苦いものが多い。「良薬、口に苦し」である。これは、アルカロイドなどの苦いものに薬理作用があることを意味している。つまり、私たちは、たまたま体によい方向に働くものを薬として使っているに過ぎない。もちろん、薬は健常人には時に毒となる。

 ちなみに、私たちヒト以外の動物は、このような苦味物質のもつ薬理作用を利用するのであろうか。興味ある報告がある。タンザニアのマハレのチンパンジーはキク科の灌木ベルノニアの若い茎の髄を食べる。しかし、この髄の汁はたいへん苦い。何ゆえ、苦いものをわざわざ選んで食べるのであろうか。ある日、一匹のチンパンジーが見るからに体調が悪そうであった。下痢をしていたのである。その病気のチンパンジーはベルノニアをひたすら食べた。翌日の午後には、そのチンパンジーの元気な姿が見られた。そこで、ベルノニアの成分分析がおこなわれた。その結果、薬効のある成分が見つかったのである。どうやらチンパンジーも薬を飲むのかもしれない。

 さて、かたや私たち人間は、大人になると、本来毒である酸味や苦味を好むようになる。なぜか?

 いくつかの興味ある事実がある。一つは、妊婦の嗜好性変化である。コーヒーや紅茶を、妊娠前は嫌いではなかったが、妊娠後は嫌いになったというのである。逆に好きになったもの、それはチョコレート、アイスクリーム、ポテトチップである。また、普段から酸っぱいものを食べつけていると、強い酸味にも拒否反応を示さない、という南インドでの報告もある。

 どうやら、嗜好性は生理的条件や習慣にも左右されるようだ。また、ごく最新の研究では、ストレスがたまると、苦味に対して鈍感になることが示されている。被験者に、コンピュータモニタ画面上の五二字×一〇行の紛らわしい文字列から、指示された文字をカウントするという過酷な仕事をさせ、その後の嗜好性変化が調べられた。その結果、被験者は、特別に苦くしたチョコレートをおいしいと言ったのだ。ストレスを感じた人は苦いものが好きになるのだ。仕事のあとで飲むビールはうまいっ!と思うのには科学的根拠があったのだ。

味の相互作用

 さて、以上のように、味には五つの味がある。基本味だ。ところが、これらの味は決して固定した不変のものではないのだ。なんと味は、他の味や物質の影響で変わるのだ。

 ミラクリンという、その名のとおり、不思議な物質がある。酸っぱいものを甘くするのだ。ミラクリンはオリーブ大のミラクルフルーツなる赤い実から取れる物質で、それ自体には味がない。昔から西アフリカのガーナやナイジェリアの原住民は、発酵した酸っぱいヤシ酒や発酵したパンを甘くするのにミラクルフルーツを使っていた。ミラクリンは酸味の存在で、舌にある甘味の受容体(レセプター)にくっつくらしい。酸っぱいものを甘くして食べるなんて、想像しただけで楽しいではないか。

 このような味を変える物質は他にないだろうか。それがあるのである。その一つはギムネマ酸。これは甘い物質を無味にするのである。ギムネマ酸は、ギムネマ・シルベスタなるインドから中国南部に自生しているガガイモ科のつる性の植物から取れる。この葉をかむと、お菓子の味がまったくしなくなる。

 砂糖はその形状から名づけられたものだが、ギムネマの葉をかんだ後は、それがよくわかる。確かに砂糖は「砂」だ。ザラザラするだけだ。不思議な世界である。味のない世界、まさしく味気ない世界である。

 このような味が変わるといったことは、日常ではなかなか経験できないと思えるが、じつはできる。たとえば、霜降り肉。なぜ霜降り肉はおいしいのか。これは脂(あぶら)が、肉の強い味をマスク(抑制)しているのだ。イヤな味がマスクされ、味がまろやかになっている。つまり、味が変わるのだ。もちろん脂そのものも、私たちにとって貴重なエネルギー源である。脂は小腸にもレセプターがあり、あのうま味物質と同じように認識されるとのこと。なんと私たちは、脂を舌と小腸の二つで味わっているのだ。

 味噌や醤油の発酵業界では、塩慣れ効果なるものもよく知られている。発酵が進むにつれて塩味が減って、まろやかな味になる。これは、タンパク質の分解でつくられたグルタミン酸などのアミノ酸が、塩本来の味をやわらげているものと考えられている。

 スイカに塩もそうだ。飛躍的に甘味が増す。このように味の世界は、互いに相互作用があったりして、非常に複雑であることがわかる。まさしく人の感性の支配する主観の世界である。このような世界になんとか客観性をもち込めないだろうか。科学的に理解できないのであろうか。

 それができるのである。先の「仕事のあとのビールはうまい」であるが、事情は霜降り肉のおいしさの秘密と同じである。ストレスを感じると、唾液に脂(リン脂質)が混じってくるらしい。つまり、脂が苦味をマスクしているのだ。苦味抑制効果のおかげで、苦いものをそれほど苦く感じないのだ。

 また、肉体疲労時には、梅干しなどの酸っぱいものが食べれるようになる。これは梅干しの「血液さらさら」効果を体が要求しているものと思えるが、じつはこのとき唾液にはタンパク質増加が見られたのだ。なぜか?

 タンパク質が口内のpH変化を抑える作用をし、酸っぱいものでも、それほど酸っぱく感じなくなってしまうのだ。

 どうやら私たちは状況に応じて、(無意識に)味を変えることができるようなのだ。生体の巧みさには驚かされる。このような巧みさは進化の長い歴史で生まれたものだろう。次回は、味を受け取るメカニズムとそれを模倣した世界初の味覚センサを紹介しよう。

とこう・きよし……1953年福岡生まれ。九州大学大学院システム情報科学研究院教授。食を知ることで人間の原点を知ろうと「味覚センサ」を開発。感覚でとらえるしかなかった「味」を客観的に測定することに成功。バイオと情報科学で人の医・食・住の向上を目指す総合科学(ヒューマン・インフォマティクス)を提唱する。著書、『味覚センサ』(朝倉書店)、『食と感性』、『旨いメシには理由がある』(角川oneテーマ21)ほか。

(P82写真キャプション)

52字×10行の文字列。中川正博士提供

(P83写真キャプション)

ミラクルフルーツの実

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