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[インタビュー] 便利だからといって普及するとは限らない!? -- 橋本 毅彦



特集 

ウェアラブルで現場が変わる!?

一般家庭や職場、学校にいたるまで、もはやコンピュータの存在しない場所はない。

そのようななか、新たにウェアラブル・コンピュータの入り込む余地はあるのだろうか。

ウェアラブル機器のニーズ発掘と標準化へ向けたヒントを、

科学技術史に詳しい橋本毅彦氏に伺った。

Interview

便利だからといって

普及するとは限らない!?

ウェアラブル・コンピュータはどこまで浸透するか

橋本毅彦

東京大学先端科学技術研究センター教授

――現在、産業環境においてウェアラブル・コ

ンピュータのニーズが探られ、造船所や発電プ

ラントなどでの活用が期待されていますが、こ

うしたウェアラブル機器が標準的なものとして産業界に浸透していく可能性はあるのでしょうか。

橋本││テレビ番組で見たことがありますが、ウェアラブル・コンピュータは現在軍事用としても盛んに開発が進められてもいますね。ウェアラブルとはいえ、まだ実際はモニターが大きかったり、配線をしまい込むベストが想像以上にかさばったり、自分一人で装着するのも難しいなどと聞きます。軍人は身体を鍛えていますから、少々ごつくても機器を身につけることを苦に思わないでしょうが、産業の作業現場で同じように便利な道具と思われるかどうか、難しいかもしれません。作業現場では身動きしやすいように軽量であることが絶対条件。また、そういう機器は普段使い慣れている道具と同じように扱えなければなりません。彼らが日頃からパソコンに慣れているとは限りませんから、操作が簡便であるかどうかがポイントになります。

 パソコンが立ち上がるまでの速さや、バッテリー電池の耐久性なども重要だと思います。ウィンドウズに代表されるような最近の標準的なパソコンは、ワープロだけでなく表計算やメール、画像処理ソフトなど、じつにさまざまな機能がワンセットになっていて、たしかに大変便利ではあるのですが、その一方でソフトが重くなってしまい、立ち上がりの遅さに苛立つこともしばしばです。

 私自身、ふだんパソコンを愛用していますが、それとともに携帯用のワープロ器を今でも愛用しています。なぜかといえば、ワープロに機能を特化しているせいか、アプリケーションが軽く、瞬時に立ち上がりますし、電池だけで結構長時間もつんです。それに軽い。残念ながら、きっともう生産中止になって、壊れたらおしまいなのでしょうけど……。そうしたことを考えると、ウェアラブル機器というのも、現場の作業に特化したシステムでありながら、即効性があり、効率的な機器であってもいいように思うのですが。

 最近出版しました『〈標準〉の哲学』という本において、標準と個性ということを指摘しておきました。つまり標準化された製品はたしかに安くて便利なのですが、ユーザーの使用条件に合わせてもっと個性をもたせてもいいかもしれない。現在のパソコンは非常に標準化が進んでおり、それはそれなりに大変便利なところがあるのですが、使用条件に応じてもう少し機能分化されてもいいように思うのです。ソフトの利用に際して、「カスタマイズ(ユーザーの好みにあわせて設定や設計を調整すること)」をユーザーがおこなう場面が出てきますが、それはユーザーが本当にしたいカスタマイズとはかけ離れているようにも思います。

――造船所など、むしろオートメーション化が難しい作業現場でウェアラブル機器の導入が進められています。将来的には、ウェアラブル機器に溶接といった熟練の技を取り込み、新人がそれを身につければ、内蔵されたモニター画面などを通して熟練の動きが真似できるといったような用途が探られているようですが。

橋本││熟練技能をコンピュータ化することは難しいところです。熟練職人がもっている技能を、さまざまな方程式や計算式を用いてデジタル化したり、文書にしていく。できないことではないでしょうが、必ず抜け落ちる部分が出てきます。たとえ熟練者の作業の様子をすべてビデオに撮って記録したとしても、それでもやはり抜け落ちる情報は出てきます。なぜなら、ある場面である作業をやったとしても、わずかに違う条件の下では、まったく違う作業方法をとる場合があるからです。温度や湿度が変わっていたり、ちょっと変なニオイがしたりすることで、熟練者は別の方法をとることがある。ですから、すべての条件を網羅してマニュアル化し、ビジュアル化することは無理だと思います。

 ただ、これが新人にとっては大いに手助けとなることは間違いありません。熟練者に一○○パーセントなり代わることはありませんが、コツはつかめますから、補助手段としては大いに有効でしょう。

 遠隔操作的な使われ方も期待できるでしょう。現場にいる新人の目を通して状況を把握し、本部にいる熟練者がそれを見て判断し指示を出す。新人がモニターを受け身で見るよりは、フィードバックされる情報が多いので、役に立つと思います。このほうが、より熟練の技が入り込める使い方です。

――作業現場は大きな音が出ていたり、機材が動いていたりと、非常に危険な場所でもあります。そういった場所でウェアラブル機器はほかにどのような役割をするのでしょうか。

橋本││先ほど述べたように軍隊では、ウェアラブル・コンピュータの導入によって、戦場で何が起こっているのかといった情報を司令部が逐次把握し、戦闘員一人一人にリアルタイムで伝えることが試みられています。周囲の情報が与えられると戦闘員自身が現場で判断し、作戦の詳細を決定し実行していくというのです。戦闘様式に大変革をもたらすと考えられています。

 このような方法が大いに効果を発揮するのは、目的を達成するためのプロセスにおいて不確定な要素が含まれているような場合でしょう。不確定性をあまり含まず、綿密に設計された工程をこなしていくような場面では、このような手法はそれほど功を奏さないかもしれません。しかし実際の作業の過程では、当初の計画では想定していなかったことがらに遭遇するものです。それを考えれば、一つの現場で起こった突発事を瞬時に中央が察知することで、全体の工程計画を修正したり、その状況が各現場に伝わるということで、さらによい対応ができることになるかも知れません。

 現場の作業員たちは、だいたいにおいて設計図をもとに仕事をしているわけですが、マニュアル通りではなく、いろんなノウハウや経験によってその場で判断し、作業を進める場合も考えられます。全体の進行状況を把握することが、作業を進める上でのよりよい技術上の判断につながることも考えられます。

 また、作業現場は危険ですから、近くで何らかの危ない作業が始まった場合、どこの現場で何時から何の作業が始まるのか、モニターで逐次情報を得られれば危険防止につながります。作業現場というのは基本的にうるさくて音が聞こえません。加えて作業中は両手もふさがっています。このように現場ではいろんな制約があって、言ってみれば、作業員は障害をもっているのに近い状態です。そういう状況のなかで情報が的確に伝達でき、共有化できるようなウェアラブル機器が開発されれば有効だと思います。

――作業現場といった産業環境でのウェアラブル・コンピュータについて伺ってきましたが、一般への浸透といった点での可能性はいかがでしょうか。

橋本││メガネにモニターを映し出すヘッドマウントディスプレイや音声入力などいろいろと開発が進んでいますが、広く普及するにはまだまだ改善の余地があるようですね。ヘッドマウントディスプレイにしても見慣れていないので、実際にかけている人に会ったとしたら驚くでしょうし、電車に乗っているときに独り言のようにイエスだとか、ノーなんて言いながら音声入力するのもヘンですからね。入力や表示の仕方については、これからもいろいろと工夫がされてくるだろうし、工夫されたあとは慣れだと思います。こうした入力や出力のインタフェイスで、バリアを感じさせない開発も望まれます。

 開発にあたっては、互換性や標準化ということは重要なポイントです。最近の電子情報機器と同様に、ウェアラブル機器も互換性と標準化がなされることによって、より安く便利になることは確かです。ただし、ウェアラブルという人の身体に密着し、身体の一部になるような機材の場合には、標準化から外れての個性に合わせたカスタマイズということも、重要な事項として認識されなければならないでしょう。

 標準化ということについては、こんな話があります。現在一般的にわれわれが使っているキーボードの配列「QWERTY配列」は、一九世紀後半にクリストファー・ショールズというタイプライターの発明家が編み出したものなのですが、じつはこれ、当時あまり素早くキーを叩くと印字のタイプバーがからまってしまうという理由から、キーを叩く指のスピードを遅くするために考え出されたものだったのです。後にアウグスト・ドボラクという人物が、最も効率的に指先が動くような「ドボラク配列」を考案しましたが、時すでに遅し、世界的に普及していたQWERTY配列からドボラク配列への転換はされずに今に至っています。これは、効率的でないほうが世界標準となってしまった顕著な例ですが、このことからもわかるように便利で使いやすいものが必ずしも標準になるとは限らない。ウェアラブルにおいては、そのようなことにならないことを期待したいですね。

 

――ところで橋本先生は、日本人の時間規律はいつから身につけられるようになったかというテーマで『遅刻の誕生』(三元社)という本を出されていますね。時間を知る腕時計は、元祖ウェアラブルなのですが……。

橋本││明治の初めにやってきたお雇い外国人たちが、日本人の時間の不規則さに呆れたのだそうです。西洋式の時計に合わせた定時法はもっていなかったし、人々は時計ももっていなかった。明治以降に近代の諸制度を導入し、時間規律を身につけるようになっていきますが、日常生活のレベルではなかなか時間について几帳面にならない。戦後になると腕時計が普及し、一人一人が秒単位の正確さを備えた時計を身につけるようになる。そうすると人々の時間感覚も劇的に変化するようになったと考えられます。

 腕時計一つが社会全体を変えてしまったように、ウェアラブル・コンピュータも産業環境や社会生活を大変革する技術になり得るかもしれませんね。

P31キャプション

はしもと・たけひこ

1957年、東京生まれ。東京大学大学院修士課程修了。ジョンズ・ホプキンズ大学博士課程修了(Ph.D.)。専門は科学史・技術史。著書に『物理・化学通史』(放送大学教育振興会)、『〈標準〉の哲学』(講談社選書メチエ)、共著に『遅刻の誕生』(三元社)、『産業技術史』(山川出版社)などがある。

P33キャプション

QWERTY配列

ドボラク配列

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