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[連載] おいしさの科学 3) 生体を模倣する「味覚センサ」 -- 都甲 潔



連載

おいしさの科学 都甲潔

3生体を模倣する「味覚センサ」

味受容のしくみ

 舌面にはざらざらとしたつぶつぶがたくさん存在する。これが乳頭であり、糸状乳頭、茸状乳頭、有郭乳頭、葉状乳頭の四種類がある。これらは舌上に均一に分布しているわけではなく、たとえば茸状乳頭は舌の縁に多く、とくに先端に多く密集している。有郭乳頭は舌根部に一〇〜一二個が逆V字状に並んでいる。糸状乳頭は絨毯のように舌上をおおっている。ネコの舌のザラザラはこの糸状乳頭による。

 糸状乳頭以外の乳頭は味蕾という器官をもつ。ヒトの場合、一個の茸状乳頭に数個の味蕾が、また有郭乳頭には約二五〇個の味蕾が含まれており、成人では全部で五〇〇〇〜九〇〇〇個の味蕾をもつ。

 味蕾は長さ六〇から八〇マイクロメートル(〇・〇六〜〇・〇八ミリメートル)、直径が約五〇マイクロメートルぐらいの大きさであり、数個の味細胞から構成されている。味蕾の個数は動物の種類により千差万別で、たとえばウシは約二万五〇〇〇個、ウサギは約一万七〇〇〇個である。体全体で味を感じるナマズは、味蕾が体表面にも存在するので、全部で約一〇万個にも達する。ヒトは五〜七カ月の胎児が最も多く味蕾をもっているといわれている。しかし、体全体で味を感じるナマズの世界とは一体どういった世界であろうか。一度経験してみたいものである。

 味は味蕾にある味細胞でまず受容される。砂糖やカフェインなどの物質が味細胞に作用し、その情報が脳へ行くことで味がわかることになる。細胞一般にいえることだが、味細胞も生体膜なるもので表面がおおわれている。生体膜には、化学物質を受け取る受容体(レセプター)があり、受け取ったという情報が電気信号へ変換され、味細胞へつながっている神経に伝わり、それが脳へ行くことになる。

 この化学物質受容、電気信号への変換、信号の伝播、脳での知覚、という一連のプロセスは、すべての感覚で共通である。つまり、視覚では光が視細胞で受容され、それが電気信号へ変換され、神経を伝わり、脳で知覚される。味覚では化学物質、視覚では光と、受容する対象は異なっているが、その後の一連のプロセスは同じである。

 私たちの社会は電気を抜きにしては語れない。電気が二〇〇年前、イタリアのガルバニによるカエルを使った実験で見つかったことは、あまりにも有名である。ちなみに、舌を二つの金属、たとえば亜鉛と銅で挟むと味を感じる。これは、二つの金属の接触で電気が生じ、それが舌の神経を刺激したためである。神経はそれを脳へ伝え、脳は「味」を感じたのである。

 生体膜は脂質膜にタンパク質が埋まった構造をしている。このような構造は自発的にできるもので、実際、脂質膜は私たちも日常よく見ることができる。それは石けんからできたシャボン玉である。石けんは脂質の親戚である。シャボン玉の膜は石けんの分子が自発的に並んだものだ。生体膜のベースである脂質膜も、シャボン玉同様、自発的に組み上がるのだ。自己組織化である。

 さて、五つの味(塩味、酸味、苦味、甘味、うま味)に応じて、それら化学物質を受け取るレセプターは異なっていると考えられている。生体膜は脂質膜とタンパク質からなっている。最近の分子生物学の急速な発展で、レセプターの正体がかなり明らかになってきている。それは、膜を七回貫通するタンパク質である。そして驚くべきことに、その七回貫通型タンパク質は、光を受容するタンパク質と親戚関係にあるというのだ。また匂い物質も、同種のタンパク質で受容されるらしい。

 七回貫通型タンパク質は精子にもみられる。卵子の出す化学物質を感知しながら一目散に泳ぐのだ。科学者は自然の中に普遍性を見いだそうとする。その意味において、これらの発見がたいへんな喜びと感激をもって迎え入れられたのは当然のことである。

 七回貫通型タンパク質は、苦味、甘味、うま味のレセプターであり、酸味や苦味では他のタイプのタンパク質が関与していると考えられている。また、生体膜の構成成分である脂質膜も苦味の受容に重要な働きをしていると考えられている。どうやら事情は簡単ではないようだ。これらの具体的検証にはもう少し時間がかかりそうである。

味覚センサは味そのものに応答する

 さて、以上のように、味細胞をおおう生体膜は、タンパク質が埋まった脂質膜の構造であった。それでは、これを模倣したらどうなるか。

 それが味覚センサだ。人の感性を表現できる世界初の生体模倣(バイオミメティック)デバイスである。その受容部に脂質膜を用いている。八種類の異なる脂質材料から、異なる性質の脂質膜をつくり、いわば八枚舌で味を測ろうというわけだ。

 原理はほとんど生体系と同じである。化学物質が膜と相互作用し、それが電圧に変換され、その情報がケーブルを伝わってコンピュータに行く。八種類の膜はそれぞれ酸味によく応答、塩味に応答といった具合に、各味質に対する応答の大きさが異なるのである。したがって、八種類の膜の電圧出力からなる応答パターンから、味質と味強度が判定できる。ヒトの場合、数千本の神経があり、それらから構成されるパターンから味の認識をおこなう。センサではそれが八本。味細胞の寿命は約一〇日だが、味覚センサの受容膜では一年以上である。

 味覚センサを用いて五つの味を測ってみた。その結果、五つの味にはまったく異なる応答パターンとなるが、同じ味を生じる物質、たとえばキニーネやトリプトファンといった苦味物質に対して似たパターンを、うま味ではグルタミン酸(昆布のうま味)、イノシン酸(肉のうま味)、グアニル酸(干しシイタケのうま味)に対して似たパターンを出すのである。もちろん、これら苦味とうま味に対するパターンはまったく異なっている。

 これが意味するところは何か。味覚センサはまさしく「味」を測っているのである。味覚センサはすでに製品化され、全国の食品メーカー、医薬品メーカー、公設の試験場、研究所、大学などで使われている。

 前回、霜降り肉では、強いダイレクトな味がマスクされ、味がまろやかになっていることを述べた。これは味覚センサで検証することができる。

 まず、たとえば苦味の場合だと、典型的な苦味物質であるキニーネの応答パターンを得る。同時に人による味強度試験(官能検査)をおこない、キニーネ濃度と苦味強度の関係を得る。味覚センサの応答パターンを解析し、官能検査の結果を加味し、苦味の尺度(スケール)をつくるわけである。これが一旦できてしまうと、あとはどのような苦味物質でも、このスケールでもって、その苦味を数値化できることになる。

 ということで、脂が混在したときに(霜降り肉)、脂なしの肉の場合に比べて、苦味や塩味が減っていることが数値的に示せたのである。いくつかの医薬品メーカーでは、医薬品の苦味の数値化に味覚センサを導入し、「おいしい医薬品」の開発に取り組んでいる。

P85キャプション

味覚センサシステム

とこう・きよし……1953年福岡生まれ。九州大学大学院システム情報科学研究院教授。食を知ることで人間の原点を知ろうと「味覚センサ」を開発。感覚でとらえるしかなかった「味」を客観的に測定することに成功。バイオと情報科学で人の医・食・住の向上を目指す総合科学(ヒューマン・インフォマティクス)を提唱する。著書、『味覚センサ』(朝倉書店)、『食と感性』(光琳)、『旨いメシには理由がある』(角川oneテーマ21)ほか。

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