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[巻頭特集] 環境ビジネスが技術革新を牽引する ライフサイクル・アセスメントから考えるビジネス -- 山路 敬三+板生 清



P6-9

まったく新しい発想の製品開発においても、あるいは水質汚染という手痛い過去においても、

あるいは海外進出においても、すべてのキーワードは「環境」にあった。

一貫して経営のなかに環境という視点をもち続けてきた山路敬三氏の経営哲学とは。

photography by Masatoshi Sakamoto

環境ビジネスが

技術革新を牽引する――

ライフサイクル・アセスメントから

考えるビジネス

巻頭対談

山路敬三×板生清

板生清

聞き手・本誌監修

山路敬三

日本テトラパック会長(元キヤノン社長)

やまじ・けいぞう

1927年愛知県生まれ。東京大学理学部物理学科卒。51年キヤノンカメラ(現・キヤノン)入社。中央研究所所長、事務機事業部長、専務、副社長を経て、89年社長に就任する。副会長、相談役、名誉顧問を経て、95年に日本テトラパック会長に就任し現在に至る。日本工学アカデミー副会長、日本能率協会常任理事・審査登録センター上級経営管理者、国連大学ゼロエミッションフォーラム会長。

環境への視点が新技術を生む

板生――山路会長といえば、キヤノンで社長をなさっていた時代から、環境問題について非常に真摯に取り組んでこられたイメージが強いですね。

山路――私と環境の最初の出会いは三○年以上も前になりますが、キヤノンが複写機事業に参入したときのことです。当時は、普通紙にコピーする複写機と酸化亜塩をコートした紙にコピーするものと両方あったのですが、今後の趨勢は普通紙コピーにあるということで、私どもも普通紙コピーに乗り出そうとしていたんです。ところが、当時、ボストンにあるアーサー・ディー・リトルという有名なコンサルタント会社が、普通紙複写機に関して、ゼロックスに競合できるような企業はここ二○年くらい現れないだろうと予測を出したんですね。というのも、ゼロックスはすでに非常に細かくパテントを固めていて、その特許の網をくぐることはできないと考えられていたからです。特許が切れるのがだいたい二○年ですからね。

 さらに、ゼロックスのレンタル方式というのがネックでした。これは、機器はレンタルにして、コピー一枚につきいくらいただきます、というやり方ですが、この方式だと設置台数に比例して利益が増えていくのに対して、機械の所有権はゼロックスにありますから、毎年の減価償却で機器の簿価は下がっていくことになる。すると、競争相手が出てきたとしても、その会社は、ゼロックスの簿価が下がった複写機と価格で対抗しなければならない。だから、絶対にゼロックスには勝てないだろう、というのが最大の理由でした。 

 そこで我々は、ゼロックスの特許に抵触しない別の方法を模索したわけです。当時のゼロックス複写機の欠点は、黒猫の絵をコピーすると白猫に写ってしまうというところにありました。これは静電気がエッジに溜まるエッジ現象によるもので、まずそれを解消しようと考えた。もう一つ、ゼロックスは感光ドラムの表面に劇薬である金属セレンという重金属物質を使っていて、これが次第に削られて現像剤やコピー紙について、やがては人体に影響を与える可能性があることが考えられたのです。それなら、重金属の光半導体の表面を透明なポリエステルのフィルムで覆ってはどうかと考えた。ところが、これは絶縁体のフィルムですから、表面が光半導体のゼロックス方式とはまったく違うやり方を考えないとダメなんですね。こうして生まれたのが、キヤノンのニュープロセスという新方式でした。これによって、キヤノンはまったく新しい手法で普通紙複写機の世界に参入できるようになり、多角化への第一歩を踏み出すことができたのです。

板生――なるほど、開発条件を変えることでまったく新しい製品が生まれたというわけですね。しかも、その着目点が公害防止にあったと。

山路――雑誌『ネイチャー』に、ゼロックスの感光ドラムの危険性を指摘する記事が載っていたんです。それがヒントになりました。

 しかも、この方式を採用すると他にも利点があることがわかりました。コピーというのは、静電気でドラムの表面に付着した黒い粉を紙に転写しているわけですが、どうしてもドラムの表面に粉が残ってしまうんですね。そのため、ゼロックスは軟らかい金属セレンでできたドラムを傷つけないために、ウサギの毛皮を使って粉をぬぐっていました。ところが、我々のドラムは表面が硬いポリエステルのフィルムで覆われているので、ウサギの毛に代わって、自動車のワイパーのようにゴムでそぎ落とすことができる。これがブレード方式と呼ばれるもので、特許を取りました。

 今ではゼロックスも金属セレンをやめて、すべてのメーカーが有機半導体を使っていますが、いずれも我々のブレード方式を採用しているんですよ。

板生――技術革新をしたことで、互いに共存共栄できるようになったというわけですね。

手痛い経験と海外での洗礼

山路――もう一つ、キヤノンが環境問題に取り組むきっかけになったのが、栃木県の鹿沼にあった古いレンズ工場で一九九○年頃に見つかった水質汚染でした。当時、工場ではレンズを洗浄するためにトリクロロエチレンという溶剤を使っていたのですが、同様の物質が工場から離れたところにある家の井戸から検出されたのです。工場との因果関係があるのかどうかわかりませんでしたが、即刻工場を閉鎖し、施設を撤去して土を掘り起こし焼却することにしました。ついでに、キヤノンのその他の工場でも、そうした溶剤を使っていた場所の土壌を掘り起こして焼却するということをすべてやったんですね。当然、莫大な費用がかかりました。しかも、これらの土地の簿価には土壌洗浄代という不良資産が含まれてしまうことになった。大変な損失を被ったわけです。

板生――しかし、先進的ですよね。因果関係を調べるまでもなく、即行動に移されたわけですから。それが、今のキヤノンのクリーンなイメージをつくっておられる。

山路――因果関係を調査しているうちに時間が経ってしまえば、ますます問題が大きくなってしまう。そうすれば費用も莫大なものになるでしょう。環境問題というのは、先手必勝なんです。

 さらに我々の意識を高めたのが、海外進出でした。貿易摩擦解消のためにヨーロッパにいくつか工場を建てたのですが、あちらは環境問題に非常に厳しいんですよ。とくに、ドイツ。フランクフルトに近いギーセンという町にキヤノンのドイツ工場がありますが、ここの州の環境大臣が緑の党の方で、環境問題には非常にシビアでした。しかし、環境問題の規制を出す前に、必ず技術的に可能かどうか我々に相談されるという手法をとられていましたので、大いに勉強になりました。それから当時、ドイツにブルーエンジェルマーク制度というのがあって、これを取得するためには、工場でつくる製品も工場自体も、ある基準をクリアしないといけないんです。でも、ブルーエンジェルマークを取っていると、取っていない会社よりも七パーセントくらい入札価格が高かったとしても落札できる、というようなことがあって、我々はこの取得に努力したわけです。

 もう一つ、ドイツの工場では、EUの環境の規格「EMAS」(Eco-Management and Audit Scheme)も取得したのですが、こちらはISOよりも厳しくて、環境がどれだけよくなったかというところまでチェックされるんです。ISOはマネジメントシステムの規格ですが、EMASは成果やその公表まで求められるのです。こうしたさまざまな取り組みが、キヤノンの現在の企業姿勢に繋がっているといえます。

「共生イニシアチブ」という考え方

板生――山路会長は、当初から環境というのはビジネスと結びついているものだと確信しておられたのですか?

山路――そうです。キヤノンは一九八八年に「共生」ということを謳いました。しかも、それを実際に行動に移そうということで、「共生イニシアチブ」という言葉をつくり出した。要するに共生戦略ですね。

 ここで提唱したのが、「人と人との共生」、「人と人工物との共生」、「人と自然との共生」でした。「人と人との共生」には対話が必要ですが、カメラほど人と人との対話にとって最適な道具はありません。湾岸戦争で油にまみれた瀕死の水鳥を写した写真を見れば、戦争の悲惨さを伝えることができるように、写真というのは万国共通語といえます。さらに、事務機事業のほうでもさまざまな情報を扱っていますから、人と人との対話を一層助けることになりましょう。また、「人と人工物の共生」ということでいえば、コンピュータと周辺機器、ソフトウェアなどの開発がまさにそれを実践するものです。

 そして、最後のステップである「人と自然との共生」ということで始めたのが、レーザービームプリンタのカートリッジのリサイクル事業でした。これは一九九○年から全世界ベースで取り組んだもので、アメリカではお客さんが販売店に使用済みカートリッジを一個もってきてくださると、それに対して環境団体に我々から一ドル寄付するという活動を展開しました。

板生――会社のためではなくて、寄付のためにリサイクルに協力してくださいと呼びかけたわけですね。いいアイデアですね。

山路――ええ。これを進めているうちに、ものすごい数のカートリッジが集まるようになったんです。そこで、まず中国の大連にリサイクル工場を建てましたが、現在ではアメリカにもヨーロッパにも日本にもリサイクル工場をもっています。当初は大連だけですから運賃コストがかさんで、リサイクルしたほうが何百円か割高になってしまったのですが、カートリッジ一つをつくるのに、従来ならCO2を三kgC(CO2に含まれるCの量で測った重さ)排出しますが、リサイクルなら二kgCに抑えられる。ライフサイクル・アセスメントで考えて、CO2の発生を一kgCだけ抑えるための費用として、コスト高を割り切ったのです。

板生――まさに、ビジネスと環境がそのまま結びついているわけですね。

山路――さらに、「共生イニシアチブ」の中で、私は「研究開発の五原則」を提唱しました。これは、「戦争目的の研究はしない」「環境に悪い影響があり得ると思われる研究はしない」「今まで世の中になかった技術・商品をつくりだす」「他社が今までなかった技術や商品を研究・開発したら、それを尊重し、真似をしない」「世界の適地に研究所をつくって、そこで得た成果は現地で実用化を図る」、というものなんです。

板生――とくに四番目と五番目の原則が特徴的ですね。四番目はゼロックスの教訓が生かされているわけですね。

山路――ええ。パテントによって自分たちの領域をきちんと固めて棲み分けるということが大事だと思っています。五番目の適地での開発を進めるというのは、それぞれの地域によって得意な技術というのがありますから、それを見極めるということです。たとえばアメリカでは情報技術の研究を、ヨーロッパでは通信技術をやるといった具合に。この究極の狙いは、為替レートに左右されない企業づくりにあります。ヨーロッパ、アメリカ、日本のそれぞれのキヤノンが成果をあげ、互いに輸出し合う量が同じ規模になれば、為替レートの問題は解消されますからね。

サステイナブルな社会を実現するために

板生――山路さんは現在、日本テトラパックの会長を務めておられるわけですが、第二の企業人生を歩まれることになったきっかけは何だったのですか?

山路――スウェーデンの王立科学アカデミーの外国人会員になって、そこで「共生イニシアチブ」の話をしたのがきっかけです。たまたまテトラパックの方がお見えになっていて、私の考え方に大変共鳴され、会長に就任してほしいというお話をいただいたのです。じつはテトラパックのことは知らなかったのですが、連結で一兆円規模の企業で、全世界に一二○カ所以上も営業所があり、国連に加入していないような国にまでセールスをしていると聞いて大変興味をもちました。

 テトラパックというのは、要するに牛乳パックなんかの紙のパックと、それに液体食品を充填する機械をつくっている会社なんですね。紙という環境に非常にやさしい製品を扱っていることも魅力でした。ドイツの環境省によれば、紙の容器というのは、ライフサイクル・アセスメントで考えると他のペットボトルやカンの容器に比べるとリターナブルビンと同じくらい環境にいいんだそうです。しかも、紙パックはビンよりも軽いですから、運搬に適している。四角い紙パックだとデッドスペースもできませんから、無駄なく運べるというのも大きな利点です。

 ところが、「紙パックというのは木を切り倒して使うから環境に悪いんじゃないですか」というご指摘を受けることがあります。これは誤解です。紙パックに使う紙というのは、腰の強さが必要ですから、針葉樹から採れた繊維の長いバージンパルプを使っていますが、これらの針葉樹林というのは北欧やカナダ、アメリカなどにあって、非常にサステイナブルに管理をしているところなんですね。針葉樹というのは、五○年ほどたつと成木になって炭酸ガスを吸収する能力が減ってしまうので、そうした木を切り倒して建材やパルプに利用し、若木を植えたほうが炭酸ガスの吸収は増すんです。だから、これらの森林では毎年五○分の一ずつ木を切って若木を植えます。しかも、少しずつ森林の容積を増やしていくので、心配せずにパルプを使うことができます。

 そもそも切り倒した木というのは、真ん中の部分を建材にするために、外側をそぎ落としますよね。その部分をパルプに利用するので、パルプにしなければ他に用途がないんです。だから無駄がない。さらに、紙パックはリサイクルができる。長繊維のパルプを使っていて、これがないと古紙だけではいいトイレットペーパーやティッシュペーパーができないのですよ。だから、通常古紙というのは代金を払って引き取ってもらうものですが、紙パックの場合は代金をいただいて引き取ってもらえるんです。現在は、アルミを貼ってある紙パックもリサイクルできるようになりました。紙とアルミをはさんだプラスチックを分離して、紙はトイレットペーパーやティッシュペーパーに、プラスチック類は固形燃料にリサイクルするのです。

板生――山路さんは、国連大学ゼロエミッションフォーラムの会長も務めておられますね。

山路――ええ。これは、産業界、大学・研究者、自治体を含むネットワークです。徳島や沖縄、佐賀など、さまざまな自治体でゼロエミッションの活動が広がっていますが、そのお手伝いをしているところです。最近では、中国・天津の工業団地をゼロエミッション化したいという申し出がありました。

 今後は、サステイナブルな開発を実現するために、産業界をはじめとした各組織に環境ISOの取得とゼロエミッションの実現と情報開示を徹底させていきたいと思います。また、経済価値だけでなく、環境価値、社会価値といった三つの価値を兼ね備えるようなライフサイクル・バリュー・デザインも推進していきたい。あるいは、レンタルシステムによるサービス経済化ですね。たとえば、燃料電池で走る車はどうしても高くついてしまうので、こうしたものをレンタル方式でまわしていくといった発想が必要だと思います。

板生――いやいや、ますます精力的に活動しておられるということで、大変敬服いたしました。しかも一貫して環境に根ざしておられるわけですね。

山路――いずれにしても、我々技術屋が環境を悪くしてきたのは確かですから、技術屋は環境に対して気概をもって取り組んでほしいと思っています。

板生――同感です。私自身としては、ITを駆使して環境モニタリングや情報開示に積極的に取り組み、環境問題の解決に少しでも貢献できればと考えています。本日はどうもありがとうございました。

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